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マドンナの涙~if~

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「さあ、前を向こうじゃないか」

右目に眼帯をした姿で京楽春水はいう。
その姿は今までのふらふらと蝶のように舞い、どこに行きつくのか見当もつかないような姿はなく。強い光を宿した瞳を持っていた。

その姿に今まで言い争いをしていた隊長達も口をつぐむ。

今までのいい加減な姿が嘘のように京楽春水は隊長然としていた。
いままで、京楽春水のことを見区切っていたのかもしれない。その姿は、正しく長年護廷の隊長を務めてきたものに相応しい思慮深いものであった。まさに今はなき山本元柳斎重國総隊長の遺志を継いでいるのはこの京楽春水であるとかんじさせる。

そう隊首会議場の空気が引き締まった中開け放たれていた会議場の扉の外でカタリと音が鳴った。
その音にすべての隊長が振り返った。そこには顔がガーゼで覆われ、体中に傷を追った黒崎四席が扉に縋るように立っていた。その瞳は会議場内にいるどの隊長達にも視線をやってはいなかった。その視線はただ一点を見つめていた。
ばらばらに立っている隊長達のずっと奥。白い布に横たえられるバラバラになっている一振りの斬魄刀にその視線は注がれていた。
その瞳は見開かれ顔色は青白いを通り越して紙の様に白い。

その様子に浮竹が声をかけた。
しかし、聞こえていないようで視線を逸らさない。
一護には何も聞こえてはいないようであった。

そこにいる隊長達はそんな一護に痛ましげに顔をゆがめた。

誰も声をかけることが出来ない中で漸く黒崎四席は縋っていた扉から手を放し、一歩一歩たどたどしい足取りで歩みを進める。
隊長達の合間をすり抜けたどり着いたのは一番奥の台の前。

「流刃若火・・・?」

その台の上に横たえられた斬魄刀の名をただただ呆然と見下ろしながらつぶやく。

再び沈黙が落ちた。

目の前の彼女は1000年以上ただ一人の為に存在し続けている女性であった。ここにいる誰よりも彼の人と共にいた女性である。
若輩のわれらに何が言えようと、その場にいる誰もが彼女にかける言葉を持ち合わせてはいなかった。

しばらくして彼女の口から重國様…とつぶやかれた。
いま、漸くその言葉を思い出したかという様にたどたどしく紡ぐ。

瞬きもせずに一点を見つめていた黒崎四席の視線は一番近くにいた浮竹に向けられた。
その瞳に光はなく、涙もなかった。ただ暗くすべてが理解できないというようにただ視覚情報を手に入れるための器官としてしか存在しないというようなものであった。

「重國様は…?十四郎…。重國様は…?」
そういいながら一護は浮竹の方に向きながら近づく。普段であれば呼ばない浮竹の名を呼んでいることからも一護の動揺ぶりがうかがえた。
「重國様は…?!」
もう一度、今度は一護は浮竹の羽織に縋りながら血を吐くように尋ねた。
その姿を痛ましげに見ながら、眉間にしわを寄せて首を横に振る。

「先生は…もう…。先生の遺体は敵に…焼き尽くされたっ」
浮竹はいうのもつらいという様に声を振り絞っていう。

その言葉を聞き、信じられないという様に今まで縋っていた浮竹の羽織から手を離し、首を横に弱弱しく振りながら一歩一歩あとずさる。
「嘘だ・・・」

「嘘じゃない…」

「嘘をつくな!十四郎!!!!!!」

そういい、一護は普段抑えている霊圧を威嚇するように解放する。建物がびりびりと揺れきしむ。さすがにその場にいるのは隊長であるためその霊圧に押されることはないが、さすがとしか言いようのない霊圧であった。
一護の理性の箍が外れそうになっている状況でこのままでは暴走でもしてしまいそうであると判断し隊長達はどうにかこの状況を収束させようと思ったその時。

カタリ

一護の後ろから大きな音ではなかったが一護の耳にその音が届いた。
その瞬間、ピタリと霊圧を押さえ一護は後ろを振り向いた。
背にしていたのは流刃若火だけである。
その音の正体はこの元柳斎の斬魄刀であることを一護はすぐに分かった。

己をいさめたのだろうか。

あの厳格で厳しい、規律を重んじる方が今の己を諌めたのだろうか。

一護の中にありとあらゆる感情が渦巻いた。
愛しさも、悲しさも、悔しさも、怒りも、恨みも、憎しみもありとあらゆる感情が一瞬にして激流の様に流れ込み一護の心を支配し何も考えることはできなかった。
無意識に一護の瞳からは涙が出てきた。
どんな感情から起因するものか一切わからない。
只々その瞳からは滂沱の涙があふれ出す。

一護は流刃若火の前に膝をつき、体を前に倒してうずくまった。

「ああああああああああぁぁぁぁあああぁぁああぁぁ!!!!!」

そして一護の口から慟哭がもれる。
重國様重國様重國様しげくにさましげくにさま
一護の口からもれる言葉には総隊長の名を寄る辺の無い子供の様に呼ぶものが含まれていた。いや、寄る辺の無い子供であればあれ程の愛しさを含んで人の名を呼ぶことはないだろう。
その姿は愛しいものを失ったただただ一人の女としての黒崎一護があった。
その姿をその場にいる隊長達はただ黙してその姿を見守るしかなかった。


しばらくすると、声を漏らしながらゆっくりと体をおこした。
呆然と、一護は流刃若火を見つめている。
泣きじゃくり、酸欠になって意識がはっきりしていないのだろうか。
ぼーっと流刃若火を見つめ、微動だにしない。

一護は流刃若火を見つめながら己の懐に手をやり、そこにある斬月に触れる。一護の斬月は常時解放型の斬魄刀であるが一護は普段は封印を施し、懐刀程度の大きさにして懐に忍ばせていた。

瞬間、一護は斬月の鞘を抜き喉元にその白刃を突き立てようとした。

その様子に気が付いた浮竹と日番谷に手を押さえつける。
その為、斬月が己の主人の血で汚れることはなかった。

「何をしようというんだっ!一護!!!!」
「離せっ!!!!重國様がいなければ生きている意味なんてない!ずっとあの方のためにあったのにっ!!!!あの方が先にいなくなるなんてないんだ!俺より、あの方が先になんてっそんな訳あるわけないんだ!」
一護は獣が唸るように叫ぶ。
その力は隊長二人が押さえつけているのにもかかわらず、すごい力であった。
「あの方がいないのにどうやって生きて行けというんだ?!あの方のために死ぬはずたったのに!そんなの無意味だ!生きている意味なんてない!離せっ!十四郎!冬獅郎!!死なせてくれ!」


ぱん


次の瞬間、京楽が一護の頬を叩いた。
その場の空気が一瞬にして固まった。


「それを山じいが許すと思ってるの?喜ぶとでも?」


しゅんすいと一護がいった。
静かに京楽は静かな瞳でいう。


「君の知っている山じいはそんな人間かい?」


一護はゆっくりと京楽を見返す。
その静かな瞳をみて、一護の瞳にすっと理性が戻る。
重國の弟子の瞳を見る。
あの重國の頭痛の種であった弟子は今、とても静かな瞳をしていた。
それが一護の心を凪いだ。
作品名:マドンナの涙~if~ 作家名:アズ