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【サンプル】健やかな調べ

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 オーブンを開けると熱気と共に甘い香りが室内に広がった。熱気に眉をしかめつつ、中に並べられたカップケーキの生地をパレットごと取り出して調理台の上に置く。生地からはおいしそうな湯気が立ち上っている。
「うん、いい焼き色」
 こんがりとキツネ色に焼き上がったカップケーキの生地を見て私、南野奏は思わず頬を緩めた。
 このままじゃ熱すぎるから生地が冷めるまでしばらく待って。
 あとはその上にクリームやフルーツをトッピングして、っと。
「完成!」
 南野奏プレゼンツ、新作カップケーキ! 真っ白なクリームの上に各種フルーツがてんこ盛りで見ても楽しい一品!
 うんうん、我ながらいい出来じゃない。早速響たちに味わってもらおう。みんなも外でお腹を空かせてるだろうし、早く持っていってあげよっと。
 パレットからトレイに新作カップケーキを七つ移す。普通なら一人一個だけど、響ならきっと一人で三個は食べちゃうもんね。
 調理室からカウンターに出て、それから外のテラス席へ。そこにはエレンとアコ、足下にハミィ、そしてテーブルの上にある紙をにらんでいる響がいた。
「みんな、おまたせー」
 私の声にみんなが振り向き、トレイに載ったカップケーキを見て顔がパアッと明るくなった。
「やったー! 奏のカップケーキ!」
 響がトレイに手を伸ばしてカップケーキを掴もうとしてきたけど。
「その前に」
 私はそれを避けるようにトレイを頭上に持ち上げた。
「進路希望、もう書いた?」
「う……まだ……」
 響の目の前に置かれている紙、その一番上には『進路希望調査書』と書かれている。一週間も前に出された宿題だけど、響は未だに一文字も書けていなかった。
「んもう、響ったら。ちゃんと真面目に考えなさいよ」
「むー、考えてるよー……でも全然思い浮かばないんだもん!」
 頭を抱えて、再び進路希望調査書をにらみつける響。
 やれやれ、これは長期戦になりそうね。
「ハミィもおあずけかニャ?」
 不安そうな目でこちらを見上げるハミィ。その目からは今にも涙がこぼれそうだった。
「ああ、ごめんごめん。それじゃ、はい、これはハミィの分」
 まずはハミィにカップケーキを一つ。
「わーい! ありがとニャ!」
「それと、これはエレンとアコの分ね」
 次に響の正面に座っているエレンとその隣に座るアコの目の前にカップケーキを一つずつ置く。
「わあ、おいしそう!」
「いただきまーす!」
「ああっ! 先に食べるなんてずるい!」
「ずるくなんてないわよ。エレンはもう提出したし、アコは進路希望調査書なんて書かなくていいんだから」
「ぐぬぬぬぬ……えいっ!」
 響は一瞬の隙を突いてトレイからカップケーキを奪い取った。
「ちょっと響!」
「へへーん、いっただっきまーす」
 そして大きく口を開けて、なんとカップケーキを丸ごと食べてしまった。
「んもう! ちゃんと進路希望書いてからじゃなきゃダメ!」
「いいじゃん別に、進路なんてさ。私たちまだ中二じゃん。受験までまだ一年もあるんだよ?」
「まだ一年じゃなくて、もう一年しかないのよ? ちゃんと考えなさい!」
「イヤ! 考えない!」
「子供みたいなだだこねない!」
「カップケーキ食べさせてくれたら考えるんだけどなー?」
「ダーメ! 絶対ダメ!」
「なによ、奏のケチ!」
「響のわからずや!」
 まったく響ったら、私は響のためを思って言ってるのに、なんでわかってくれないのよ!
「あーあ、また始まっちゃった……どうする?」
「ほっとけば? いつものことじゃない」
 エレンとアコもこっちを助けてくれればいいのに、もう!
 ――と思ったそのときだった。
「ママ」
 誰かが私の服をつまんで引っ張っている。
「ママー」
 んもう、誰よ! 私はいま忙しいのに!
 引っ張られた方向に振り返ってみると、そこには見覚えのない女の子がいた。
「ねえ、ママー」
 それもずいぶん小さな子だ。まだ三才くらいかな。
「えーっと……どうしよう?」
 とりあえず響に聞いてみる。
「いや、私に聞かれても……」
「ねーえー」
 そんなことをしている間にも、女の子は何故か急かしてくる。
 ああもう、いったいなんなのよ!
 とりあえずトレイをテーブルの上に置いて、かがんで女の子と目線を合わせる。
「いったいどうしたの? ママに何かあったの?」
「ママー!」
 女の子はいきなり私に抱きついてきた。
「ええっ、ちょ、なに!?」
「も、もしかして……」
 ガタッと椅子から立ち上がって、エレン。
「本当に奏の子供なの!?」
「んなわけないでしょ!」
 私に子供を産んだ覚えはないわよ!
「え、違うの? なんだ、コウノトリさんが子供を運んできてくれたんじゃないのね」
「そんなこと……」
 あるわけない、と言おうとしたときに、私は気づいてしまった。エレンの目に。
 あの澄み切った目……子供はコウノトリさんが運んできてくれると、本気で信じている目だ!
 私は思わず響に視線を向けてしまった。響も私の方を見ていた。一瞬だけ見つめ合ってから、私たちは同時にうなずいた。
「……そうね! きっとコウノトリさんが届け先を間違えちゃったのね!」
「ちゃんと元の人に返してあげないとね! うん!」
 真実を知るにはまだ早い。それが私と響が出した結論だった。
 身勝手な願いかもしれないけど……でも、エレンには純粋なままでいてほしいの。
「バカねーエレン、知らないの? 子供を作るにはセッ」
「このカップケーキ自信作だから早く食べてみてよアコオオオオオオオオ!」
「もがっ!?」
 空気の読めないお子様にカップケーキを無理やりねじ込む。
 まったく、いったいどこでそんな知識を仕入れてくるのよ。あなたにもまだ早いわよ!
「ママー?」
 そんな私たちのドタバタなどまるでなかったかのように、相変わらず女の子は私に抱きついている。
 辺りを見回してみてもこの子の親御さんらしき人は見当たらない。
「うーん……」
 まいったわね。私、まだ店の手伝いをしなきゃいけないんだけど……でもこのままほっとくわけにはいかないわよね。
「とにかく、この子、迷子みたいだし、交番に送り届けてあげましょう」
「うん、そうだね」
「親御さんたちもきっと待ってるわよね!」
「もがもぐもぐ……今日のはイマイチね」
 マイペースか!