覚えていますか
覚えていますか?
貴方が、あの日から、僕の大切な人なんです。
部屋の中一杯に広がる甘い香りを嗅ぎながら、マシューはティーポットを傾け、カップに紅茶をたっぷりと注ぐ。
軽い音と共に焼きあがった焼き菓子を器に移すと、小さな白いテーブルの上にそっと置き
片側にカップを一つ、もう片方にもう一つ、と茶の注がれた紅茶を置くと
白いテーブルと対になっているであろう白い椅子を引き、ゆっくりとそこに腰掛ける。
チラリと時計に視線を走らせれば、そろそろあの人がやってくる時間だった。
時計がカチリカチリと時を刻む。
その音を聞きながら、ゆっくりとカップを傾け、紅茶を嚥下すると
程よいまどろみがマシューを襲った。
そろそろ彼がやってくるというのに、ダメだな……
意識の上では理解しているのに、対する身体は言うことを聞かない。
まどろみに負けるように瞼を閉じると、マシューは心地よい夢の中へと意識を落としていった。
ぼんやりと霞がかった瞳に映るのは、今もなお衰えない、昔の光景。
双子の兄弟と引き離され、一人残されて捨てられていた自分を拾ってくれた親代わりに近いフランシスの面影が、今もなお自分の心に深く刻まれている。
毎日毎食、時には会議や用事で遅くなったとしても、彼は必ず早めに帰ってきては料理を作って出してくれた。
自分が苦手としているものさえも、彼の手にかかれば、それこそ魔法にかかったかのように美味しくなる。
ご飯を食べて、要領が悪くて食べ物を取り落とせば、怒られる、と身をすくめた僕の頭をかき混ぜて
マシューはおっちょこちょいだな、とクスリと笑って。
まどろみの中に落ちそうになれば、優しく抱き締めてくれた。
そう、無償の愛とはこういうものなのだ、と今なら思う。
昔は素直に好きだと、大好きだと精一杯伝えて、抱き締めて、キスをして。
暖かい胸の中で、ぬくぬくと育ててもらって。
だから、いつ好きになったかなんて本当に覚えていない。
いつ家族としての愛情が、恋愛の情に変わったかなんて。
気付いたら、僕の全ては彼だった。
彼の知り合いに引き取られ、彼と離れても
双子の弟であるアルを愛でる彼の知り合いは、僕のことなど見ては居なかった。
時々アルの親代わりの人伝手に彼に会うことがあり
そのときも変わらない彼の態度に、抱きついて離れず、彼を困らせることもこともしばしばあった。
幼いがゆえにできた、こと。
独立してからはもうそんなことはできないけれど、
それでも、独立してもなお、彼は僕の一番大切な人だった。
誰よりも、誰よりも大切で
誰よりも、誰よりも慈しんでくれた、大切な大切な人。
昔のように彼に抱きついて甘えられたら、と思うこともあるけれど。
気付いたこの心は、甘えることを許さない。
嗚呼……彼に純粋に愛すことのできたあの頃に戻れたならどんなにいいことだろうか。
でも、僕は知っている。純粋に愛していたあの頃は、本当に幸せだったけれども
その幸せは、決して恋愛の類ではないということを。
家族の情ではなく、一人の人間として僕を愛してもらいたいだなんて
そんなことを彼に告げたら彼はどんな顔をするだろうか。
でも……それでも彼の愛を願うのことは、許されないことなんだろうか……
せめて、僕が女であったならば……
それならば、彼に愛してもらうことが、恋愛対象として見てもらうことができるんだろうな……
真っ白な世界の中、ぼんやりとそう思う。
それは叶わない願いだと知りつつも、願ってしまう。
どうか、少しの間だけでいい……
彼に恋愛対象してみてもらえるように……
夢を見させてください……
貴方が、あの日から、僕の大切な人なんです。
部屋の中一杯に広がる甘い香りを嗅ぎながら、マシューはティーポットを傾け、カップに紅茶をたっぷりと注ぐ。
軽い音と共に焼きあがった焼き菓子を器に移すと、小さな白いテーブルの上にそっと置き
片側にカップを一つ、もう片方にもう一つ、と茶の注がれた紅茶を置くと
白いテーブルと対になっているであろう白い椅子を引き、ゆっくりとそこに腰掛ける。
チラリと時計に視線を走らせれば、そろそろあの人がやってくる時間だった。
時計がカチリカチリと時を刻む。
その音を聞きながら、ゆっくりとカップを傾け、紅茶を嚥下すると
程よいまどろみがマシューを襲った。
そろそろ彼がやってくるというのに、ダメだな……
意識の上では理解しているのに、対する身体は言うことを聞かない。
まどろみに負けるように瞼を閉じると、マシューは心地よい夢の中へと意識を落としていった。
ぼんやりと霞がかった瞳に映るのは、今もなお衰えない、昔の光景。
双子の兄弟と引き離され、一人残されて捨てられていた自分を拾ってくれた親代わりに近いフランシスの面影が、今もなお自分の心に深く刻まれている。
毎日毎食、時には会議や用事で遅くなったとしても、彼は必ず早めに帰ってきては料理を作って出してくれた。
自分が苦手としているものさえも、彼の手にかかれば、それこそ魔法にかかったかのように美味しくなる。
ご飯を食べて、要領が悪くて食べ物を取り落とせば、怒られる、と身をすくめた僕の頭をかき混ぜて
マシューはおっちょこちょいだな、とクスリと笑って。
まどろみの中に落ちそうになれば、優しく抱き締めてくれた。
そう、無償の愛とはこういうものなのだ、と今なら思う。
昔は素直に好きだと、大好きだと精一杯伝えて、抱き締めて、キスをして。
暖かい胸の中で、ぬくぬくと育ててもらって。
だから、いつ好きになったかなんて本当に覚えていない。
いつ家族としての愛情が、恋愛の情に変わったかなんて。
気付いたら、僕の全ては彼だった。
彼の知り合いに引き取られ、彼と離れても
双子の弟であるアルを愛でる彼の知り合いは、僕のことなど見ては居なかった。
時々アルの親代わりの人伝手に彼に会うことがあり
そのときも変わらない彼の態度に、抱きついて離れず、彼を困らせることもこともしばしばあった。
幼いがゆえにできた、こと。
独立してからはもうそんなことはできないけれど、
それでも、独立してもなお、彼は僕の一番大切な人だった。
誰よりも、誰よりも大切で
誰よりも、誰よりも慈しんでくれた、大切な大切な人。
昔のように彼に抱きついて甘えられたら、と思うこともあるけれど。
気付いたこの心は、甘えることを許さない。
嗚呼……彼に純粋に愛すことのできたあの頃に戻れたならどんなにいいことだろうか。
でも、僕は知っている。純粋に愛していたあの頃は、本当に幸せだったけれども
その幸せは、決して恋愛の類ではないということを。
家族の情ではなく、一人の人間として僕を愛してもらいたいだなんて
そんなことを彼に告げたら彼はどんな顔をするだろうか。
でも……それでも彼の愛を願うのことは、許されないことなんだろうか……
せめて、僕が女であったならば……
それならば、彼に愛してもらうことが、恋愛対象として見てもらうことができるんだろうな……
真っ白な世界の中、ぼんやりとそう思う。
それは叶わない願いだと知りつつも、願ってしまう。
どうか、少しの間だけでいい……
彼に恋愛対象してみてもらえるように……
夢を見させてください……