覚えていますか
「ぁ……の……」
掠れる声を搾り出して発された言葉は
羞恥に塗れていて、それでいて可愛らしく
本当に、彼には”女性”という性が似合うなぁ……と思いつつも
彼女の言葉を聞く。
マシューは何度か空中に視線を彷徨わせた後、
意を決したように深く息を吸い込み、
「フランシスさん……っぼ、僕……マシューれす……っ」
盛大にかんだ。
その姿が妙に間抜けで、妙に可愛らしくて
羞恥に顔を染めるマシューの頭をわしわしとかき混ぜて
「知ってた、」
そう言って笑う。
もうちょっとだけ、意地悪してやろうかなとか思ったけれども
そんなことを思う余裕さえ突き崩すのは、君。
ああ。そうだ。
お前はいつでも、俺の考えていることとは違う方向で危なっかしいんだったな、
と思い出して苦笑して、
「もう、一目見たときから、お兄さんは知ってたよ。」
安心させるように笑うと、
「えっ、えええ……!?」と
慌てふためいておろおろするマシュー。
「だって、な。お兄さんが間違うわけ無いじゃないか。俺が育てた、大切な大切なお前を。」
そういって、もう一度安心させるように笑うと、
それだけで。
「…………卑怯です。」
拗ねたように俯いて、プルプルと肩を震わせる。
あ、まずかったか、と覗き込もうとすれば、イヤイヤと頭を振って
嗚咽を漏らす。
「じゃ、じゃあ、……っ折角、違う人になった……のに、意味、無いじゃないですかぁ……っ」
ポカポカと軽く拳を握ってお兄さんの胸を叩きだす。
力は加減しているのだろう。ポスポスというふにゃけた音が似合いそうなくらい軽い力で
胸板を叩かれ、痛いというよりは寧ろくすぐったい。
最後にがりっと爪を立ててそのまま下におりていく。
けれども、傷はつかない。あくまでも爪を立てているというだけの印象しかもたない行為だけれども
マシューにとってはそれで寄りかかっているつもりなのだろう。
言葉にならない言葉を呟き続ける彼女に、少し溜息を吐き
「違う人って……どういう意味?」
なだめるような口調で、訊ねる。
すると途端にしまったという顔つきになり、百面相をしたかと思えば
また耳まで茹蛸のようになって、思いっきり頭を服に埋めてくる。
そして、そのままもふもふと口を動かして言葉を発するマシューに
行儀悪いぞ、と頭にチョップを入れれば、
チョップの当たった所を軽くおさえながら、ようやく身体を引き離し
そっぽを向いたまま、消え入りそうな声を発した。
「………フランシスさん、に…恋愛対象として……見てもらいたかったん……です」
聞き取るのもやっとな声から拾ったのは、そんな愛の告白。
へ?と間抜けな声を上げれば、マシューは半ばやけくそ気味に叫び出す。
「僕は……っフランシスさんが、好き、なんです!家族としても……恋愛として、も!」
だから、ちょっとの間でいいから、恋愛対象に入る、女性になりたいと、心の隅で思ったんですよ。
そしたらまさかこんなことになるなんて……と零すマシューの身体を引き寄せて
ぎゅっと包み込むように抱き締める。
小さな悲鳴を発するマシューの唇をぎゅっと固定して唇を重ねれば
それだけで、ピタリと静止するマシュー。
そんな彼が可愛くて愛しくて、緩んだ笑顔でもう一度抱き締める。
「ずっとずっと愛してたよ、いや、愛してる、マシュー。」
耳元でそう甘く囁けば、「でも、僕、男だし……ってえええ……!?」と状況を飲み込めてない彼(彼女)の叫び声が耳朶を打つ。
そんなところもやっぱりマシューらしいと苦笑しながら、ゆっくりと抱き締めている腕を解放し、ふわふわの巻き髪を撫でる。
「男だとか女だとか、関係無いんだよ。ずっとずっと大切に大切に育ててきて
あいつに渡したくなんかなかったんだけどしょうがなくて。
お前が真っ当な道に進んでくれることを願ってずっと我慢していたのに
あんな可愛い告白されて、お兄さんもう嬉しくて嬉しくて。」
溜まっていた思いを吐き出すかのように一息で言うと驚いているマシューの身体を横から抱き上げて歩き出す。
「今も昔も……お前が女じゃなくても、お前は俺の大切な人なんだよ、マシュー。」
飾らない言葉で、素のままの自分で。
真っ直ぐに想いをぶつけてきてくれた純粋で純真な君の想いに
単純で、使い古された。でも、飾らない素の自分で応えよう。
小さな頃から変わらない真っ直ぐで可愛い俺の愛しい人に
小さな頃から憧れつづけて愛しつづけた僕の愛しい人に
昔のようで、昔とは違う形の愛を与え合おう。