雨風食堂 Episode3
そう思って一袋だけバッグに残して、他は全部テーブルの上に並べた。かわいらしくラッピングされたマドレーヌに、ランボとイーピンがテーブルの端にへばりつくようにして目を輝かせた。その様子が微笑ましくて、山本は先ほどから緩みっぱなしだろう自分の顔を想像してさらに笑ってしまった。
「さあ、仲良く二人で半分こな」
どれも、調理実習で作ったにしては美味しそうにできている。自分の目では、店先に並んでいたとしてもパッと見ではわからないような気がした。お菓子作りなんて、それこそ家庭科の実習でしかやったことがないけれど、こういうものをまめにやれる女子たちは、本当に尊敬する。
「わーい! マドレーヌ大好きなんだもんね! いっただっきまーす!」
イーピンもその横で何かを言って、両手を合わせている。おそらく、いただきますを言っているのだろう。
ランボが、全部これは自分のものだ言って主張し始めるのではないかと内心で少しだけ危ぶんでもいたのだが、一人に三個の割り当ては幼児の腹には十分だったらしい。怒涛の勢いで食べきったあとは、二人とも満足顔ですっかり大人しくなっていた。
――――あーあ、ぼろぼろクズを落としちまってるなぁ……。
注意しておくのをすっかり忘れていたことに気づいたが、あとの祭だ。綱吉と奈々が戻ってきたら掃除機でも借りて掃除をしよう、と山本は密かに思った。
自分では自分のことをまだまだ落ち着きのない子どもだと思うし、年上ぶって世話を焼くのなんて柄じゃないとも思う。こんな歳の離れた幼い子と接するようになったのも、沢田家のチビたちと遊ぶようになってからだ。それだって、いつも間には綱吉がいたわけで、思えば、こうして自分一人だけでチビたちの面倒をみるというのは初めてだった。
――――ツナはいっつもこんな風にこいつらの世話焼いてんのかな。
何であいつらは次から次へと面倒事を起こすんだろう、と綱吉がうんざりしながら愚痴を言うのは、もはや日常茶飯事だ。だが、口では何を言っていても、結局のところ綱吉はチビたちを放っておくことなんてできない。それは綱吉自身が一番よくわかっているはずだ。
そんな自分を、押しに弱くて流されやすい性格だと綱吉はコンプレックスに感じている節があるが、山本はそうは思わない。
「………だってお前ら、ツナのこと大好きだろ?」
散々はしゃいでいた疲れが出たのか、満腹で落ち着いたランボとイーピンは肩を寄せ合うようにして並び、いつの間にか眠りこけていた。それを見て、山本はくすりと笑う。
腹がいっぱいになると眠くなるのは、大人も子どもも、そう変わらない。ただ、寝たいときに好きなだけ眠ることが許されるのは、間違いなく子どもの特権だ。山本は二人を両腕に抱えると、こちらもすやすやと寝息を立てているフゥ太の隣に寝かせて布団をかけた。
嘘のように静まり返ってしまった部屋の中では、今までまったく聞こえなかった雨音がかすかに届く。そろそろ綱吉たちも帰ってくる頃だろうかと時計を見ようとしたところで、階下で玄関の扉が開く音が聞こえた。そして重なり合う足音と一緒に、綱吉が自分の名前を呼ぶ声が響く。
「すぐ行く」
部屋の扉を開けて、階段の下に返事をしてから、山本は肩越しに振り返り、眠っている子どもたちのあどけない顔を見て、ふわりと小さく微笑んだ。
「………おやすみ」
そっとやさしい魔法をささやくと、山本は音を立てないように静かに扉を閉めて、綱吉の待つ一階へと階段を降り始めた。
作品名:雨風食堂 Episode3 作家名:あらた