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4月1日

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安眠地帯




 誰かに【鉢屋三郎】という個を認めてもらいたいという欲求は、水を欲しがる草木のようなもの。
 与えられなければ涸れてしまうし、かといって与えられすぎても腐ってしまう。
 それは分かってはいるけれど、一度覚えた蜜の味を忘れぬように、つい欲しがってしまう。情けない話だと溜息が出るのは、大抵口から言葉が滑り落ちたあとだ。

 皆が自分を誉めそやす。
 優秀な三郎。すばらしい三郎。何でも出来る三郎。
 しかし、本当にそうなのだろうか。普段見せる己の顔で判断する輩は、三郎の本質を決して見抜けない。

 世の中が簡単に整理できないように、人間の中身だって複雑怪奇。いくつもの説明できない感情と理性を共有しながら生きている。
 忍たまとして己を律することを学ぶ一方で、仲間だとか友愛だとかを学ばせるこの忍術学園だって、ある意味いかがなものだろう。
 校庭から離れ、人気のないお気に入りの木陰に座ると、足を伸ばして目を閉じる。

 遠くから、子供たちの歓声が風に乗って伝わってくる。一方で、火縄銃の破裂音が響く。
 矛盾に包まれたこの箱庭の中。それでも月日は流れ、人は成長していく。それを嫌だと思わないけれど、時にこのまま時間が凍りついてしまえばいいとも思う。
 そんな風に思うときは、大抵疲れている証拠。何もかも放り出して、こうして目を閉じていたくなるい。同級生達に囲まれて馬鹿みたいに騒ぐのも好きだけれど、それが酷く辛くなることもある。
 だから八左ヱ門をからかい、兵助の前で豆腐を握りつぶして逃げてきた。そうしたい日なのだ。


 いくつもの音に紛れ、砂利を踏む音が聞こえる。
 近づいてくるそれは、こんな場所で寝ている人間を確かめに来たものだろう。気晴らしは先ほど済ませたばかり。相手をしたくないから、目を閉じたまま寝たふりを通す。
 人気はないとはいえ、近くには図書室へと続く渡り廊下がある。外を見て歩いていればこの木は目に入るし、地面に伸びる足にも気づくだろう。もっとも、わざわざ見に来るなんて面倒なことをする忍たまは、好奇心旺盛な一年は組の良い子ならばともかく、そういない。
 それでも一握りの物好きは存在する。自然と消え気味のこの足音からして、高学年の忍たまに違いないだろう。
 その音がぴたりとやんだかと思うと、木々の梢が風に揺らされたのかというぐらいの声が降ってくる。
「三郎」
 それは決して大きくはないけれど、低く、優しい声。もう一度呼んで欲しくても、つい緩んだ頬は注がれる視線が捕らえているに違いない。
「なにを、しているんだい?」
「……見ての通り、居眠り中だよ」
 ゆっくりと顔をあげて見上げれば、幹に手をかけ見下ろしている人と目が合う。
 穏やかに微笑んで、自分の勝手を許す大事な片割れ。彼はこういうときの自分の扱いを間違えない。
「風邪をひくよ」
「大丈夫さ。そこまでやわじゃない」
 投げ出していた膝を抱えると、すいと立ち上がる。じっと見つめる視線がこちらを案じているように見えるから、なんでもないと頭を振る。
「私だってたまには休みたいのさ」
 そういえば、そう、と頷くのにまだもの言いたげな視線が注がれる。
 あれこれと言葉を紡ぐのは億劫で、かといって雷蔵に説明を省くのは嫌で。極端すぎるなと頭をかく。

 不意に手が伸びてきて、作り物の頬に触れたかと思うと、抱き寄せられる。
 雷蔵から野外で仕掛けてくるのは、珍しい。
「……もう少し、木陰に寄ったほうがいいかな?」
 いたずらっぽく告げて、背に腕を回す。すると不意に抱きついていた人の身体が沈んで、つられるようにこちらもまた地面に座り込む。
「……雷蔵?」
「…僕も昼寝がしたい気分なんだ」
 ぽんぽんと太股を叩いて見せる。つまり、寝ていて良いということらしい。
 居眠りを邪魔して悪いと思ったのだろうか。こんなに甘やかしてどうする気なのだろうか。でも、だけど。
「ありがとう」
 やわらかくもない太股に頭を預け、目を閉じる。
 風の音、遠くで聞こえる子供達の声。それに混じって、優しい音色が聞こえた。


作品名:4月1日 作家名:架白ぐら