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雨風食堂 Episode5

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 久々に珍しい人物から連絡が入ったのは、三日前のことだった。
 送られてきたメールはあろうことかイタリア語で書かれていて、訳すのに多いに手間取った。そうして確認できた内容はごくごく簡単なもので、近いうちに野暮用で日本に行く予定だ、というものだった。
 平日の昼間とはいえ、東京のど真ん中といってもいい繁華街周辺は、大変な雑踏だった。仮にもマフィアがこんな人目の多いところで堂々と待ち合わせなんてしてもいいのだろうか、と思いつつ、山本はじりじりと焼けつくような日差しに掌をかざした。
 まもなく地区予選が始まり、夏に向けて野球部の練習が本格的に忙しくなるので、そうなる前で助かった。今日は潔く家の用事だと言い訳して学校も休んでしまっている。実際、家の用事ではないけれど、大切な用事であることには違いない。直接顔を合わせるのは、軽く二年ぶりになる。
「お、来たかな?」
 駅方面の人ごみから、妙などよめきが聞こえている。おそらく、あの男が改札から出てきたのだろう、と想像がついた山本は、そちらに走って向かった。結果として予想は大当たりで、これだけ人の多い中、見事に彼の半径三メートルくらいは無人であった。周囲は遠巻きに、ひそひそと囁き合いながら、いかにも物騒な匂いのする外国人を見ていた。
――――あーあ……、相変わらず悪目立ちしてるのな。
 だがそんなことは彼にとっては限りなくどうでもいいことだ。根本的に他人に興味がないし、日本の一般市民ごときに何を思われようと知ったことではない、というところだろう。
「スクアーロ!」
 円の外から大きく手を振って名前を呼ぶと、彼もこちらに気づいて顔を上げた。鋭く釣り上った三白眼は、ともすれば不機嫌そのものにも見えるのだが、なぜか山本には感覚的にそれが誤りだとわかった。今は多分、かなり上機嫌だ。
「ヴおおぉい! 相変わらずへらへらと軟弱な面してんじゃねかよ、クソガキがぁ!」
 どすを利かせた大声に、びりっと空気が震動したように感じたのは、あながち錯覚ではないのかもしれない。近くの者たちが一斉にびくっと体をすくませて耳を押さえたのを見て、山本は思わず苦笑してしまった。だがそれよりも、今は再会の喜びの方が勝った。いつの間にか自然と目の前に道が開けて人垣をかき分ける必要がなくなっていたことにも気付かず、山本は逸る気持ちを抑えきれずにスクアーロへと駆け寄った。
「ひさしぶりだな、スクアーロ! 相変わらず元気そーじゃん!」
「ハッ、日本のせせこましさには昨日からうんざりさせられっぱなしだけどなぁ! ったく、この駅もゴミみてぇに人が多くて腹が立つぜぇ」
「今日は平日だからまだ少ない方のはずなんだけどなー。まぁいいや。立ち話もなんだし、とりあえずどっか店でも入ろーぜ。お前は、もう昼飯食った?」
「まだだな」
「じゃあ、メシ食えるとこな。何か食いたいもんとかある? もっと時間があれば家に呼んでうちの寿司をご馳走したんだけどな〜」
 今回の来日はかなり急な話だったらしく、スケジュールもぎりぎりで設定しているのだそうで、二、三時間程度しか猶予はないと聞いている。この後は空港に直行してそのまま帰国するということなので、郊外の並盛町まで足を運んでもらう時間がない。そのため、やむを得ずこうして街中での約束となったわけだ。
「別に何でもいい。大して腹は減ってねぇし、落ち着いてエスプレッソでも飲めるようなところなら、文句はねぇ。ハナっから、大したもんは期待してねぇしなぁ」
「エスプレッソねぇ……。ああそうだ、この辺りにイタリアンのオープンテラスのカフェがあるって前に教えてもらったっけ。多分、そんな遠くないはずだし、そこに行ってみっか」
 客が多くて騒々しいところはスクアーロが嫌がるだろうし、かといって静かで落ち着けるようなところとなると、スクアーロの大声で店の方に迷惑がかかる。そこで、オープンテラスの端の方にでも座れたら声が無駄に響き渡ることもなさそうだし、そこそこ落ち着いて話もできそうだと考えたのだ。
 スクアーロは特に文句もないようで、さっさと案内をしろと無言で山本をせっついた。そういう我儘で不遜なところは依然と少しも変わらなくて、勝手に顔がにやけてしまうのを止められなかった。
 初めて訪れる店だったが、洒落た雰囲気はいかにも女性好みな感じだった。まもなくランチタイムも終わりにさしかかり、いくらか人の波も引き始めた店内は、見事に女性しかいなかった。
 そんな中で図体のでかい男が二人やってきて、しかもその内一名はあからさまに物騒な目つきをした長髪の外国人だ。一瞬スクアーロを見て硬直したウェイターが、それでもどうにか持っている皿を取り落とさずにテーブルに並べたのは、大変立派だった。
 あまり腹が減っていないと言っていたのは事実のようで、スクアーロは本当にエスプレッソしか注文しなかった。その前で自分だけがっつりと食事をするのはためらわれたのだが、気にするなと言われて、山本はピザとジンジャエールを注文した。
「おいクソガキ。……お前最近、剣は触ってんのかぁ?」
 切り分けたピザから熱くとけたチーズがとろりと落ちそうになるのを慌てて頬張ったところだったので、山本は喋ろうとしたものの、もごもごとなって言葉にならなかった。スクアーロは呆れたように半眼になる。
「アホかてめぇは。口の中のもん片付けてから話しやがれ」
「わ……、わるい」
 グラスの水を飲み干して、どうにか落ち着いてから、改めて山本は口を開いた。
「一応、毎朝毎晩の鍛錬は欠かしてねぇけど、正直最近は野球の方が忙しくて、あんまり時間を割けねぇんだよな。あ、でも、怠けてるつもりはないからな」
「ふぅん………。じゃあ、やめるつもりはねぇんだな」
 テーブルに頬杖をつき、長い足を組んで座る姿は、それだけ見ればモデルのようにはまっている。単純に歳の差や体格の差の問題というだけでもなく、それはスクアーロの積み重ねてきたものが、自ずとにじみ出ているということなのだろう。
「やめるって、俺が剣を? そりゃねぇよ。これでも俺は、時雨蒼燕流の後継者だぜ。やめるなんてありえねぇよ」
 驚いてそう答えると、スクアーロは何を考えているのかよくわからない無表情でまた、ふぅん、と呟いただけだった。
「何でそんなこと訊くのか、逆に訊いていいか?」
「別に意味なんてねぇ。ただ、てめぇにどの程度その気があるのかと思ったから訊いてみただけだぁ! ごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ!」
「あー、ハイハイ。俺が悪かったから、そう怒鳴るなって」
 何となくわかってきたが、スクアーロは自分都合の悪いことを突っ込まれると、こうして大声で怒鳴って相手を威嚇して誤魔化そうとするところがある。
――――でも、今のは訊かなくても、何となく想像できるんだけどな。
 中学生のとき、真夜中の並盛中でボンゴレリングをかけてスクアーロと戦った山本は、満身創痍ながらも、当時すでに圧倒的な剣技を誇っていたスクアーロに勝利した。今振り返ってみても、よく勝てたものだと思う。あまり考えたくはないが、再戦したら九割九分自分の負けだ。
作品名:雨風食堂 Episode5 作家名:あらた