雨風食堂 Episode5
だが、それでも山本は確かにスクアーロを破った。そしてスクアーロが、未熟な自分の中に某かの可能性を見出しているらしいことも、薄々だが気づいている。本人から直接聞かされたことはないけれど、リボーンやディーノなどの口からは、スクアーロがそんなことをこぼしていた、と伝え聞いてもいる。
――――こう見えて意外と、素直で真っ直ぐな性格なんだよな。
スクアーロを知る他の者が聞いたら青ざめて首を振るようなことを、山本は心の中でだけ呟き、ばれないようにこっそり笑った。
最強と呼ばれる存在は唯一人でいい。誰よりも強く、誰にも負けることのない、まさに無敵の言葉を冠するに相応しい存在だ。自分のような存在は、その遙かないただきを目指して進めばいい。これほどはっきりとしている目標があれば、迷うこともない。そうやって自分はこれからも強くなっていける。
だが、最強と呼ばれるそのいただきに立つ者自身はどうだろうか。競う敵がいないという事実。それは戦い続ける者にとって、絶対的な孤独ではないのだろうか。
――――スクアーロは、早く俺に自分のところまで来てほしいんだ。
それができるのは自分だけだ、などと自惚れたことは言わないけれど、心のどこかでは、自分に目をかけてくれたスクアーロを信じたいと思っている。それが間違いだったと思われないためにも、強くなりたいと願う気持ちは、今も変わらない。
だが、山本には幼い頃からプロ野球選手になるという夢がある。それは剣を極める道とはあまりに違うもので、おそらくは並び立つこともないのだろう。だが、今の山本にはどちらかを選ぶことはできない。だから野球に生活の主軸を置きながらも、往生際悪く、剣の鍛錬も欠かすことができないでいる。
それが果たしてスクアーロの目にはどんな風に映っているのかはわからない。きっとスクアーロにしてみたら、たかが球遊びごときという程度のものだろうし、それと剣を天秤にかけること自体が馬鹿げた話に違いない。
――――でも、こいつは何も言わない。
スクアーロは一度でも、野球を馬鹿にするようなことは口にしていない。プロ野球選手になりたいという山本の夢を笑ったこともない。応援してくれたことも一度もないけれど、ただそれだけで、山本には十分すぎるほどだった。
「そーいや、他のヴァリアーの連中は元気にやってるのか? ほら、嵐のナイフのやつとか、雷のおっさんとか」
「そりゃ、ベルとレヴィのことかぁ? どーせ跳ね馬辺りから聞いてんだろうが、いちいち言わせんな、ガキ。相変わらずに決まってんだろうがぁ」
「オカマのおっさんのことは、偶に笹川兄から聞くんだよな」
何でも、それはそれは頻繁に連絡を入れてきているようで、了平が興味を持ちそうな格闘技系の話題をあれこれ持ち出しては気を引いているらしい。その辺りのことはスクアーロも聞き及んでいるらしく、思い出したようにげんなりと溜め息を吐いた。
「………ルッスーリアは、一度気に入るとしつけぇからなぁ」
「でもまぁ、みんな元気そうで安心したよ。ディーノさんも最近は忙しいらしくて、昔ほどはこっちに来なくなったみたいだし、ツナや小僧も、あんまりボンゴレのこととか、話してくれねぇから気になっててさ。今回スクアーロから連絡もらえて、ほんと嬉しかったんだぜ!」
そう言って山本が笑いかけると、スクアーロの表情にほんの一瞬、何かが浮かんで消えた。それが何だったのかわからないまま山本がきょとんとしていると、気付いたスクアーロはまた誤魔化すように大きな声を張り上げた。
「犬ころみてぇに懐いてんじゃねぇよ、ガキがぁ! うぜぇんだよッ!」
犬扱いはさすがにいただけないと思ったが、懐いているのは事実なので反論はしないことにした。山本は笑いながら、残りのピザを頬張り、むすっと不機嫌そうに口を曲げているスクアーロを見た。
初めて会った頃よりもさらに伸びた髪。剣をふるって戦うには邪魔くさそうなのに、括りもせずに背中に流したままの姿を見つめながら、昔、ふと気まぐれに本人が聞かせてくれた話を思い出した。それはスクアーロの髪が、まだ肩にかからないほど短かったころの話だ。
髪を伸ばし始めたのは願かけをしたからだ、とスクアーロは言った。それは一体どんな願いなのかと重ねて訊ねたけれど、そこから先は、結局今に至るまで確かめることができていない。ただ、確かめることはできないものの、ぼんやりと予想をすることはできた。
――――多分、XANXUS絡みの何かなんだろうな。
スクアーロはヴァリアーのボス候補と目されたことのある人間だ。だがXANXUSにその座を譲り、配下となった。彼はプライドの高い男だ。ただ単に相手が自分よりも強いというだけの理由で易々と従うような殊勝な性格ではない。だからきっと、スクアーロが命を懸けるに値すると思うような何かがXANXUSにあったのだろう、と思う。
――――………俺には理解できそうもねぇけど。
XANXUSがしたことは、決して許されるものではない。スクアーロを簡単に切り捨てて高笑いをした姿を、山本は今でも忘れていない。何でも水に流すのは得意な方だが、あのとき焼きついた感情は、ひょっとしたら生まれて初めての殺意だったのかもしれないと思う。
だがそれは、きっと山本の独り善がりなのだろう。スクアーロは今でも、自分のボスとなるのはXANXUSだけだと思っている。そしてその意思の揺るぎなさと同じものを、山本もまた持っているのだ。
リング争奪戦のあと、XANXUSにどのような処罰が言い渡されたのかは未だに聞かせてもらえていない。他のヴァリアーのメンバーたちも、ある時期までは完全監視のもとに行動を制限されていたらしい。だが、危険ではあっても、その才能を埋もれさせておくことを惜しんだのだろう。彼らは再びヴァリアーとして復活を果たした。だが、そのヴァリアーのボスは空席のままで置かれているという。それは他ならぬスクアーロが、断固としてかの人以外を認めなかったからだ。
――――俺にはきっと理解できないけど、それでも知りたいとは思うんだぜ。
自分が綱吉を唯一人と思い剣を持つように、スクアーロはXANXUSのどこに魅かれて、彼を唯一人と願うのか。その想いは白銀の刃に似て、くもりなく輝き続け、自分たちを支える確かな光となる。失ってはもう戦うことなどできないのだ。
ふいに、スクアーロがぽつりと呟いた。
「………てめぇは、後悔してねぇのか」
何を、という問いかけは浮かんだけれど、口にはしなかった。
目を伏せたスクアーロの額から、長い銀髪がさらりと流れ落ちる。それを見た山本は初めて、彼が抱え、背負い続けることを自ら課したものの重さを垣間見たような気がした。
「何ひとつ、なかったことになんてしたくない。……つらくてもな」
そう答えると、スクアーロはハッとしたように顔を上げ、それから山本の顔をまじまじと見つめると、やがてクッと喉の奥を鳴らして笑った。
「あー……、てめぇのそういうとこは、嫌いじゃないぜぇ」
「俺は好きだぜ、スクアーロのこと」
「ヴおぉい! だから懐くんじゃねぇっつってんだろうがぁ!」
作品名:雨風食堂 Episode5 作家名:あらた