雨風食堂 Episode6
「え、どんな感じって急に言われても……。そうだなぁ、走り込みとか筋トレみたいな体力作りに、最近はとにかく小僧の弾を避けながら一本入れる、って実戦をイメージした修行かな。でもこれが全然上手くいかなくって、すっかり蛍光塗料まみれなんだよなぁ」
蛍光塗料が何のことかはわからなかったが、どうやらそれほど順調というわけでもなさそうだ。だが、あの赤ん坊が山本を相当買っていることは雲雀も承知している。修行についても、きっと何か考えていることがあるのだろう。
「でもまぁ、小僧もスジは悪くねぇって言ってくれてるし、匣の扱い方もだんだん飲み込めてきたし、手応えがないわけじゃねぇんだぜ」
「赤ん坊はいつも君に甘過ぎるんだよ。それに、今は時間がないんだってこと、本当にわかってる?」
自分らしくもない説教じみた台詞だとは思ったが、あまりに呑気で緊張感の見えない様子に、つい口が滑ってしまった。
「わかってるって。大丈夫。ぜってぇ完成させてみせるから!」
そういうところが、本当にわかっているのか疑わしいんだと思ったけれど、山本相手にそれを説明するのは、おそらくかなり骨が折れるだろうと予想された。今さらながらに思うが、単純な性格のくせに、本当に扱いにくいタイプだ。
「………まぁいい。君たちがどうなろうと僕の知ったことじゃないからね。でも、無様な死に様を敵に曝すくらいなら、先に僕が噛み殺してあげる」
間違いようもないはっきりとした殺意をにじませて、雲雀は山本に微笑んだ。これは戦士に対する雲雀なりの挨拶のようなものだった。もちろん、嘘は欠片も含まれていない。そこにあるのは、常に死と隣り合わせで生きる覚悟と、それさえ楽しむことのできる狂気にも似た本能だ。
――――君はそれを知っているだろう? 山本武。
沢田の持つ強さは、それとはまったく異質なものだ。それが果たしてどこからやってくるものなのか、雲雀も未だにつかみかねている。きれいごとばかりを重ねて、どうしてそうやって何もかも拾い上げようとするのか。それを守るだけのために、どうしてそんなにも必死になれるのか。雲雀にとって沢田は、群れることしかできない軟弱な草食動物の典型だけれど、それでは、沢田の秘めた強さの理由がつかない。
それに比べて、山本は沢田よりもこちら側に近い人間だ。本人はあまり自覚していないようだが、少なくとも彼の教師役を買って出た赤ん坊は、そのことに気が付いているはずだ。
山本は雲雀の殺意に対して、何とも複雑な笑みを浮かべた。
「………ったく。ほんとズルイよなぁ、雲雀は」
「ずるい……? 人聞きが悪いことを言うね」
だが、嫌な感じは不思議とない。そう思って雲雀が薄く笑みを浮かべると、山本は頭を抱えるようにして唸った。
「だーから、そーいう余裕綽綽な感じがズルイっての!」
幼い子どもが駄々をこねるみたいな台詞だったが、そこにあるのがただの無邪気さではないことを、雲雀は知っていた。この男は一体いつになった自分の中で飼っている獣の存在に気づくだろうか。それが目を覚まし、牙をむく瞬間を想像し、雲雀は密かに笑った。
――――ほんの少しは、楽しくなってきたかな……?
長居が過ぎたな、と雲雀はようやく寄りかかっていた壁から体を起こし、こちらを見上げる山本の傍らをすり抜ける間際、その耳元に掠めるように低いささやきを残した。
「――――それなら今度は、君が僕に同じ台詞を言わせてみたらいい」
背を向けた雲雀は、そのまま後ろを振り返ることはなかった。誰もいない廊下に響く自分の靴音だけを聞きながら、静かに満ちていく闘争心に、数日後に訪れる決戦の日が待ち遠しい、と唇でゆっくりと弧を描く。
過去から訪れた子どもたちに託すボンゴレの未来は、果たして吉となるか凶となるか。転がり出した賽の目の行方を自分はただ見届けるだけだ。
――――言わせられるものなら、言わせてみればいい。
背後でボンゴレのアジトへの扉が閉ざされる音を聞きながら、雲雀は不敵な笑みを浮かべた。
作品名:雨風食堂 Episode6 作家名:あらた