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雨風食堂 Episode7

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気持ちよく晴れた小春日和の午後、授業中の校舎は静かなものだった。どこからか風に乗って合唱の声が聞こえてくる。馴染みのある旋律に、ふと口許が緩む。サンタ・ルチアだ。
――――それにしてもいい天気だな。
 頭上に広がる青空を仰ぎ、リボーンは目を細めた。身長が低くなって得をしたと思う数少ないことのひとつは、昔に比べて空を広く感じるようになったことだ。
「ちゃおっス」
 屋上の一番陽あたりのいい場所で寝転んでいる少年を見つけ、リボーンはその額をぺしりと小さな手で叩いた。普段寝起きの悪い綱吉を起こすときはこんなものでは絶対に済まさないのだが、やはりどうもこの男にだけは甘くなってしまうな、と心の中でだけ思う。
「んぁ……? あれ、小僧……?」
「いい御身分だな、山本。もう午後の授業はとっくに始まってるぞ」
 寝ぼけた表情の山本は、自分の顔を覗き込んでくるリボーンの顔をまじまじと見ながら、いまいち焦点が合っていない様子だった。だが次第に表情がくっきりとしたものになるにつれ、事態をようやく理解したようだった。
「やっべ〜……、マジで? あれー、おっかしいな、ちゃんと予鈴の音で起きられるはずだったのに」
「そんだけ熟睡してたってこった。いーんじゃねーか、別に。どうせ教室にいたって、やるこた一緒だろ?」
 授業をきちんと聞いていれば、綱吉と違ってそこそこの成績は取れるはずなのに、この少年はどうも授業とは寝る時間だと勘違いしている節がある。リボーンの言葉も嫌味と取らず、山本はけろりとしていた。
「ハハハ! 確かにそれは言えてるかも! そーだなー、もうサボっちまってるんだし、開き直って次の授業までここで寝るか。どうだ、小僧。一緒に昼寝すっか?」
 豪快に笑い飛ばして再び寝転がった山本の隣に、リボーンもちょこんと腰を下ろした。
「昼寝も悪くはねぇが、俺はお前と話をするためにここに来たんだぞ」
「ん? 話?」
「お前、腕の怪我の具合はどうなんだ? 聞けばもう部活にも出てるそうじゃねぇか」
 山本の腕に巻かれた包帯の下は、先日の黒曜中との争いで山本が負った傷の中でも、もっとも酷いものだった。ボンゴレの医療チームによって施された治療は完ぺきだが、医者は魔法使いではない。一日や二日で傷が消えたら世話はないのだ。
 咎めるつもりで言ったわけではないのだが、山本にとっては耳に痛いことのようで、気不味そうに苦笑いを浮かべた。
「実はそれで、医者の先生にも怒られたばっかりなんだよなぁ……。お前はふざけてんのか! てスゲー大声で怒鳴られてさ。待合室までその声が響いて、さすがに恥ずかしかったんだぜ」
 笑い話をするように茶化した言い方だったが、リボーンはそれを聞いてもにこりとも笑わなかった。
「そんだけ怒られるってことは、よくねーってことだな。お前、本当に大会出るって言うなら、もうちょっと自分の体を大切に扱え。自覚が足りてねーぞ」
 いつものように淡々と言っただけだったが、それだけで山本には十分に堪えたようだった。しゅんとしょげたような表情で、傍らのリボーンの方へ寝返りを打った。
「………悪かった。反省してる。小僧の言う通りだよな」
 この素直さは山本の最大の美点の一つであり、同時に、もっとも厄介な部分でもある。だが今はそれについては言及せず、反省している山本を慰めるように、ぽんぽんとその頭を撫でてやった。
「ひどい噛まれ方をしたが、骨までいってなかったのは不幸中の幸いだな。神経も切れてなかったし、そうでなければボールを持つこともできなかったんだ。折角の幸運を自分でふいにするような馬鹿な真似はするんじゃねーぞ」
「わかってる。大会が目の前だってのに、ろくに練習ができなくて、ちっと焦っちまってたんだ。部の皆にもあんまり心配かけたくなかったし、大丈夫だってとこアピールしようかと思ったんだ。……でも、それで大会に出られなくなるんじゃ本末転倒だもんな」
 以前、大会前に無理をして故障した経験を思い出したのだろう。山本の表情に苦いものがかすかに浮かんだ。だがすぐにそれを笑顔で打ち消して、山本は仰向けに寝返りを打った。
「あーあ、俺って成長してねぇのなー」
 からりと乾いた風に、短い山本の髪が揺れる。その下にある黒い双眸は、青空の色をうつして、元よりもやわらかな色を湛えていた。
「そうでもねぇぞ。お前はちゃんと成長してる」
「何だ、小僧。励ましてくれんのか?」
「俺は事実しか言わねぇ。それにな、山本。お前らみてぇな若造は、失敗をしてなんぼなんだ。繰り返してしまうと言うなら、その度に考えろ。なぜ繰り返してしまうのか、本当はどうしなければいけなかったのか、今度はどうしなければならないのか。……お前には、それがちゃんとできるはずだろ?」
 丁寧に諭すように話せば、山本の空を見上げる眼差しは、ひどく静かに微笑した。
「………わかってる。ありがとうな、小僧」
「いちいち礼を言われるようなことじゃねぇさ」
 素っ気なく呟いて、リボーンは帽子を目深に被り直して表情を隠した。本当なら、ひどく詰られこそすれ、礼を言われるようなことなど何一つしていない。野球一筋で将来の夢はプロ野球選手だと公言して憚らないような少年をつかまえて、マフィアと関わり合いを持たせているのだ。
 綱吉は未だに往生際悪く、山本を巻き込むのはやめろと言う。確かに最初に巻き込んだのはこちらの方だ。けれど、先日の六道骸との一件を越えてみて、それはもう誤りなのだとリボーンは知った。
「なぁ、山本。お前、後悔はしてねぇか?」
「んー? 後悔って、何のことだ?」
 脱いだブレザーを畳んで枕代わりにしながら、山本は呑気な笑顔のまま空を見上げていた。リボーンはその横顔を見つめながら、淡々と話を続けた。
「黒曜中との戦いで怪我をして、一歩間違えば野球ができなくなっていた可能性だってある。実際、最悪の事態は回避できたが、お前は大会前だってのに練習もろくにできねぇ状況だ。やっぱあんなもん参加しなけりゃよかった……、とは思わねぇか?」
 ずるい訊き方をしているという自覚はあった。けれど山本はリボーンの質問に、怪我をした自分の腕を空にかざすようにして見上げ、少しだけ目を細めて笑った。
「俺、そういう後悔はしないことにしてんだ。……それに、きっと時間を巻き戻したって、俺はツナについて行くんだろうし、ツナを守るために無茶やって怪我したりするんだと思うぜ。だって、何遍考えたって、他の選択肢なんて出てこねーもん。あんなことが待っているってわかっている今なら尚更、ツナや獄寺だけ行かせるなんてありえねーよ」
 六道骸たちとの死闘を思い出し、わずかに山本の目が険しくなる。山本の答えはリボーンが予想した通りで、自分でそう仕向けたこととはいえ、着実にボンゴレ十代目の片腕として成長してきている事実を、複雑な思いで受け止めた。
――――だが、ここまできたらもう引き返すことはできねぇぜ。
 あの世で同じ蓮の台の上に生まれ変わるまで、山本は綱吉から離れることはできないだろう。他の誰でもない自分自身の意志で、山本がそう望んでその道を歩むのだ。
作品名:雨風食堂 Episode7 作家名:あらた