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雨風食堂 Episode7

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 そこでリボーンは、ようやく一つの事実に辿り着き、口の中に広がった言いようのない苦々しさに、自嘲を浮かべた。
――――後悔をしているのは、俺の方か………?
 黒曜中の城島犬との一戦を見て、それまで漠然と抱いていた山本の才能を、リボーンは確信した。そして、同じ「殺し屋」としての血がざわりと騒いだのだ。あの原石を見出すことができた奇跡を、今更ながらに強く感じた。それもこれも、その運命を引き寄せた綱吉のボスとしての引きの強さということになるのかもしれない。
 手放してはならないと思うのは、自分の立場からは当然のことだ。では、手に入れてしまったことを悔やむのは、果たしてどの自分だろうか。ボンゴレ十代目の家庭教師としてではない。死線をいくつもくぐり抜けてきた殺し屋としてでもない。
――――こんなガキ相手に、俺は何を考えているんだかな。
 こんな迷い自体が馬鹿馬鹿しい。山本は何があっても手放せない逸材だ。それだけはっきりしていれば、後のことはどうでもいい。
「どうかしたのか? 小僧」
 急に押し黙ってしまったリボーンを心配するように、山本が首をひねってこちらを見ていた。そのあどけなさが罪だなと思い、リボーンはかすかに笑みを浮かべた。
「お前はいつか、ツナのために大切なものを何もかも失うことになるかもしれねぇぞ」
 山本は一瞬驚いたようにきょとんとして瞬きをした。だがやがて、それも何かの冗談だと思ったのか、驚かすなよ、と言って破顔した。
「なんだそりゃ、随分たちの悪い予言だな? 何かの占いにでも載ってたのかぁ? 悪ぃけど、俺、そういうのはあんまり信じねーことにしてんだ」
「予言でも占いでもねぇよ。俺の経験と勘から弾き出された、最も可能性の高い未来の一つだ」
 きっぱりと言い切ると、山本の顔から笑みが消えた。リボーンが本気で言っているのだと理解したのだ。
――――あれが終わりではない。
 それは山本もどこかで抱いている予感なのだろう。リボーンは、それよりももっと確かな形で近い未来に起こる戦いの匂いを捉えている。必ず、また戦わなければならなくなる。そしてそれは、これまでよりもずっと危険で、悲惨な戦いとなるだろう。まだ、幕は上がったばかりなのだ。
 山本はしばらく考え込むように沈黙したあと、徐に口を開いた。
「………俺は欲張りだから、どれかを諦めるつもりなんてねぇよ。だから俺は、小僧の言うような未来は選ばない」
 はっきりと断言した山本の言葉を聞き、リボーンは小さくため息を吐いた。そう、きっとこの男ならそう答えるだろうという予想はできていたのだ。そして本人も疑いなく口にしたその言葉が本当は真実ではないということも、リボーンにはわかっていた。
 犬との戦いで見せた山本のとっさの判断は、文字通り肉を切らせて骨を断つものだった。あの瞬間、山本は綱吉と野球を天秤にかけて、綱吉をとった。確かに山本は、失う未来を選ばないようにと最後まで最善を尽くすはずだ。だが、それでも駄目だと悟ったとき、山本は容赦なく唯一つ以外を切り捨ててしまえるだろう。
 山本が天秤にかけたのは、ダチと野球ではない。綱吉と野球だ。その二つは似ているようで、決定的に違う。だがそのことを、山本はまだ本当には理解していない。
――――残酷なもんだよな、まったく。
 綱吉が一番大事と日頃から公言している獄寺の方が、よほど情に深い男だろうと思う。わけ隔てのないやさしさや、屈託のない笑顔が山本の本質ではない。それはマフィアとしての天賦の才と言っても構わないだろう。
「――――…妬けるな」
 ぽつりとリボーンが呟くと、山本が欠伸を噛み殺しながら、何か言ったか、と訊いてきた。腹の立つくらい呑気な口調に、リボーンは無防備な山本の額を指でピンと弾いて、不敵に笑った。
「お前がいい男すぎるのが悪いってことだ」
 赤くなった額を手で押さえながら、訳も分からず困惑する山本を見て、ああ本当にこんな可愛い顔をして厄介な野郎だと、リボーンはこみ上げてくる笑いを噛み殺し、秋風の中に溶けて聞こえるサンタ・ルチアを、そっと口ずさんだ。
作品名:雨風食堂 Episode7 作家名:あらた