雨風食堂 Episode8
体育館の瓦礫の中でうずくまるようにして倒れている髑髏を抱き起こし、容態を確認する。どうやらデスヒーターの解毒はされているようだ。呼吸は荒いが、熱はかなり引いている。大きな外傷がないのも不幸中の幸いだな、と山本はようやくホッと胸を撫で下ろした。
「おいコラ山本、気ぃ抜いてる場合じゃねぇぞ! ヤツら、XANXUSのところに向かったに違いねぇ。十代目が危険だ!」
見透かしたように獄寺に怒鳴られて、山本もハッと我に返った。確かに、こんなところでホッとしている場合ではない。
「俺はこの娘を抱えて行くから、獄寺たちは先行しててくれ!」
そう叫んで返すと、獄寺と了平は顔を見合せてから、校庭に向かって走り出していた。山本も急いで後を追うため、意識のない髑髏を肩に担いで立ち上がった。
半壊した体育館を見渡す限りでは、とても人間の仕業とは思えない惨状だったが、やったのが笹川了平なのだと思うと何故か納得できそうな気がするから不思議だ。さすがは晴の守護者、というところだろうか。
――――ツナのやつ、無茶してねぇといいけど……。
XANXUSがどんな戦い方をするのかは、まだこの目で見ていないのでわからないけれど、その力が桁外れだということははっきりとしている。そして何より、あの狂気とも呼べる執念。この戦いが始まってから物騒な人間はたくさん見てきたと思ったが、さすがにその親玉だけあって、XANXUSの闇は底が知れない。
気を失っている人間を抱えながらなので走ることができない。自分も腹に負った傷からは出血が続いて、正直に言えば歩くだけでもやっとの状態だ。早く駆けつけたいという思いとは裏腹に、前へ進める足が鉛のように重い。
「……ん…っ」
耳元で、かすかな吐息がもれた。息を吹き返した髑髏が、ゆっくりと目蓋を起こし、焦点の定まらない瞳でぼんやりと山本を見つめた。
「お、目ぇ覚ましたな!」
「ここ……は…、どこ?」
うつろな髑髏の瞳が、辺りを見回す。しかし、その視界に映る景色は見るも無残に破壊された体育館跡地だ。
「あー、ここはお前が捕まってた体育館だ。笹川兄の必殺技で面影はなくなっちまってるけどな。でも、そのおかげで俺たちはどうにか命拾いしたんだぜ!」
覚えていないらしい髑髏にそう言って聞かせたけれど、その辺りの経緯にはあまり関心がないようだった。次第に意識もはっきりしてきたらしく、それと共に、自分の置かれていた状況も思い出したのか、髑髏はハッとして顔を上げた。
「リングは……っ? ボスは無事なの?」
すがりつくような必死さに、山本は少しだけ表情を曇らせた。
「リングは……、ヴァリアーのやつらに全部奪われちまった。多分やつらは、揃ったリングを持ってXANXUSのところに向かったはずだ。ツナたちの戦いが今どうなっているのかはわからないが、まだ決着はついてねぇみたいだ。獄寺と笹川兄は先に行ってる。俺らも今、その後を追っているところだ」
山本の説明を聞いて、髑髏も大体の状況を把握したようだった。愛らしい唇をぎゅっと噛みしめて苦しげな表情で俯くと、消えそうなか細い声でぽつりと呟きを落とした。
「ボス……、無事でいて……」
普通の距離であれば聞こえなかった声だろう。だが今は、まともに歩けない髑髏に肩を貸している状況なので、その小さな呟きも山本の耳に届いていた。
――――………びっくりした。
声にこそ出さなかったけれど、山本は驚きに目を瞠っていた。
確かに彼女は霧の守護者だし、望んで今回の戦いに参加したのだけれど、実際には、あの六道骸の指示に従っているに過ぎないのだと思っていた。綱吉のことをボスと呼んではいるものの、六道骸は綱吉の体を乗っ取ろうと画策した男だし、何よりマフィアというものを心底軽蔑して憎んでいるのだ。
しかし、先ほどの彼女の呟きに嘘はないように思えた。他の誰でもない、綱吉の身を案じているのだ。
「………なぁ、ドクロ」
呼びかけてみたものの、あまりに髑髏の反応がないので、さては聞こえなかったのかと思い、山本はもう一度名前を呼んだ。
「ドクロ、おい、聞こえてるか? あ、もしかしてこの呼び方が気に入らないのか?」
「――――聞こえてる。……なに?」
髑髏の声は、不機嫌とも呼べないほど素っ気ないものだった。女子の考えていることなんて元々わからないものだと思っているが、髑髏の場合はそういう次元の問題ではなさそうだ。
「少しだけさ、質問してもいいか?」
ためらいながら髑髏を窺うと、やはり関心がないらしく無反応だった。聞こえてはいるのだろうが、これは返事を催促していいところだろうか、としばし悩んだ山本の肩口に、はぁ、と小さな吐息が落とされた。
「………別に、構わないけど」
そんなに鬱陶しいと思われるようなことはしていないはずだが、どうも彼女の反応にはいちいちドキリとさせられる。やはり、何を考えているのかが全然見えないからなのだろうか。
とにもかくにも、許可はもらったので、山本は先ほど自分の中に浮かんだ疑問を口にした。
「お前にとっての骸って、何?」
突然骸の名前が出てきたことに驚いたのだろう。反応に乏しかった髑髏が突然ハッとしたように顔を上げたので、山本も驚いてぎょっとなってしまった。
「なんで………、そんなことを訊くの」
俄かに険しくなった表情に、山本はまいったなぁ、と苦笑を浮かべた。
「いや、何でって言われても困るんだけどなぁ……。本当に、ただの好奇心だよ。お前にとっての骸ってどんな存在なんだろう、って考えてみたとき、もしかしたら俺にとってのツナみてぇなもんなのかなーって気がしてさ。だからどうなのかと思って確かめてみたんだよ。ほんとそれだけ!」
嫌なんだったら別に答えなくてもいいから、と付け加えると、警戒心だけはどうにか解いてくれたらしく、こちらを見る視線がいくらか和らいだ。山本もホッとして、思わず自然と口許がほころんでいた。
「本当のことを言えばさ、お前にとって骸がどれだけ大切な存在だとか、そういうのはどうでもいいことなんだ。俺が知ったところで何ができるってわけでもねぇしな。でも、そういう大切な誰かがいるようなやつなら、きっと信じて大丈夫なんじゃねーかな、って思ったんだよ」
「………、信じる……?」
「そ。だってほら、俺らはこの前の霧の守護者戦で初めて顔合わせたばっかだし、ろくに話もしてねーし、ツナが仲間だって認めたんなら間違いないんだろうとは思うけど、やっぱり少し不安になったりもするじゃん?」
獄寺のようにあからさまに警戒する必要はないと思うけれど、それでも山本だって六道骸のしたことを忘れたわけではない。個人的な怒りや恨みはない。だが、彼らに傷つけられた人間が大勢いるという事実は、なかったことにはできないのだ。
傍らの儚げな少女と六道骸がどのような関係なのかはわからない。だが、彼女にとって骸の存在が唯一なのだということは、説明されなくてもわかるような気がした。言葉にしなくても、全身全霊で、彼女は骸のために生きているのだ。その想いの直向きさは、いっそ痛ましいとさえ思うほどだ。
――――でも、そうやって誰かを思う心があるなら、わかりあえる気がするんだ。
「おいコラ山本、気ぃ抜いてる場合じゃねぇぞ! ヤツら、XANXUSのところに向かったに違いねぇ。十代目が危険だ!」
見透かしたように獄寺に怒鳴られて、山本もハッと我に返った。確かに、こんなところでホッとしている場合ではない。
「俺はこの娘を抱えて行くから、獄寺たちは先行しててくれ!」
そう叫んで返すと、獄寺と了平は顔を見合せてから、校庭に向かって走り出していた。山本も急いで後を追うため、意識のない髑髏を肩に担いで立ち上がった。
半壊した体育館を見渡す限りでは、とても人間の仕業とは思えない惨状だったが、やったのが笹川了平なのだと思うと何故か納得できそうな気がするから不思議だ。さすがは晴の守護者、というところだろうか。
――――ツナのやつ、無茶してねぇといいけど……。
XANXUSがどんな戦い方をするのかは、まだこの目で見ていないのでわからないけれど、その力が桁外れだということははっきりとしている。そして何より、あの狂気とも呼べる執念。この戦いが始まってから物騒な人間はたくさん見てきたと思ったが、さすがにその親玉だけあって、XANXUSの闇は底が知れない。
気を失っている人間を抱えながらなので走ることができない。自分も腹に負った傷からは出血が続いて、正直に言えば歩くだけでもやっとの状態だ。早く駆けつけたいという思いとは裏腹に、前へ進める足が鉛のように重い。
「……ん…っ」
耳元で、かすかな吐息がもれた。息を吹き返した髑髏が、ゆっくりと目蓋を起こし、焦点の定まらない瞳でぼんやりと山本を見つめた。
「お、目ぇ覚ましたな!」
「ここ……は…、どこ?」
うつろな髑髏の瞳が、辺りを見回す。しかし、その視界に映る景色は見るも無残に破壊された体育館跡地だ。
「あー、ここはお前が捕まってた体育館だ。笹川兄の必殺技で面影はなくなっちまってるけどな。でも、そのおかげで俺たちはどうにか命拾いしたんだぜ!」
覚えていないらしい髑髏にそう言って聞かせたけれど、その辺りの経緯にはあまり関心がないようだった。次第に意識もはっきりしてきたらしく、それと共に、自分の置かれていた状況も思い出したのか、髑髏はハッとして顔を上げた。
「リングは……っ? ボスは無事なの?」
すがりつくような必死さに、山本は少しだけ表情を曇らせた。
「リングは……、ヴァリアーのやつらに全部奪われちまった。多分やつらは、揃ったリングを持ってXANXUSのところに向かったはずだ。ツナたちの戦いが今どうなっているのかはわからないが、まだ決着はついてねぇみたいだ。獄寺と笹川兄は先に行ってる。俺らも今、その後を追っているところだ」
山本の説明を聞いて、髑髏も大体の状況を把握したようだった。愛らしい唇をぎゅっと噛みしめて苦しげな表情で俯くと、消えそうなか細い声でぽつりと呟きを落とした。
「ボス……、無事でいて……」
普通の距離であれば聞こえなかった声だろう。だが今は、まともに歩けない髑髏に肩を貸している状況なので、その小さな呟きも山本の耳に届いていた。
――――………びっくりした。
声にこそ出さなかったけれど、山本は驚きに目を瞠っていた。
確かに彼女は霧の守護者だし、望んで今回の戦いに参加したのだけれど、実際には、あの六道骸の指示に従っているに過ぎないのだと思っていた。綱吉のことをボスと呼んではいるものの、六道骸は綱吉の体を乗っ取ろうと画策した男だし、何よりマフィアというものを心底軽蔑して憎んでいるのだ。
しかし、先ほどの彼女の呟きに嘘はないように思えた。他の誰でもない、綱吉の身を案じているのだ。
「………なぁ、ドクロ」
呼びかけてみたものの、あまりに髑髏の反応がないので、さては聞こえなかったのかと思い、山本はもう一度名前を呼んだ。
「ドクロ、おい、聞こえてるか? あ、もしかしてこの呼び方が気に入らないのか?」
「――――聞こえてる。……なに?」
髑髏の声は、不機嫌とも呼べないほど素っ気ないものだった。女子の考えていることなんて元々わからないものだと思っているが、髑髏の場合はそういう次元の問題ではなさそうだ。
「少しだけさ、質問してもいいか?」
ためらいながら髑髏を窺うと、やはり関心がないらしく無反応だった。聞こえてはいるのだろうが、これは返事を催促していいところだろうか、としばし悩んだ山本の肩口に、はぁ、と小さな吐息が落とされた。
「………別に、構わないけど」
そんなに鬱陶しいと思われるようなことはしていないはずだが、どうも彼女の反応にはいちいちドキリとさせられる。やはり、何を考えているのかが全然見えないからなのだろうか。
とにもかくにも、許可はもらったので、山本は先ほど自分の中に浮かんだ疑問を口にした。
「お前にとっての骸って、何?」
突然骸の名前が出てきたことに驚いたのだろう。反応に乏しかった髑髏が突然ハッとしたように顔を上げたので、山本も驚いてぎょっとなってしまった。
「なんで………、そんなことを訊くの」
俄かに険しくなった表情に、山本はまいったなぁ、と苦笑を浮かべた。
「いや、何でって言われても困るんだけどなぁ……。本当に、ただの好奇心だよ。お前にとっての骸ってどんな存在なんだろう、って考えてみたとき、もしかしたら俺にとってのツナみてぇなもんなのかなーって気がしてさ。だからどうなのかと思って確かめてみたんだよ。ほんとそれだけ!」
嫌なんだったら別に答えなくてもいいから、と付け加えると、警戒心だけはどうにか解いてくれたらしく、こちらを見る視線がいくらか和らいだ。山本もホッとして、思わず自然と口許がほころんでいた。
「本当のことを言えばさ、お前にとって骸がどれだけ大切な存在だとか、そういうのはどうでもいいことなんだ。俺が知ったところで何ができるってわけでもねぇしな。でも、そういう大切な誰かがいるようなやつなら、きっと信じて大丈夫なんじゃねーかな、って思ったんだよ」
「………、信じる……?」
「そ。だってほら、俺らはこの前の霧の守護者戦で初めて顔合わせたばっかだし、ろくに話もしてねーし、ツナが仲間だって認めたんなら間違いないんだろうとは思うけど、やっぱり少し不安になったりもするじゃん?」
獄寺のようにあからさまに警戒する必要はないと思うけれど、それでも山本だって六道骸のしたことを忘れたわけではない。個人的な怒りや恨みはない。だが、彼らに傷つけられた人間が大勢いるという事実は、なかったことにはできないのだ。
傍らの儚げな少女と六道骸がどのような関係なのかはわからない。だが、彼女にとって骸の存在が唯一なのだということは、説明されなくてもわかるような気がした。言葉にしなくても、全身全霊で、彼女は骸のために生きているのだ。その想いの直向きさは、いっそ痛ましいとさえ思うほどだ。
――――でも、そうやって誰かを思う心があるなら、わかりあえる気がするんだ。
作品名:雨風食堂 Episode8 作家名:あらた