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【C83】新刊サンプル「別れの雨」【腐・西ロマ】

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激しい雨が降り続く中、スペインは走って現場へ向かう。教えられた廃墟はもうすぐだが、耳を澄ましても雨の音しか聞こえない。
 ……戦闘はもう終わったのだろうか。
 肩で息をしつつ、扉に手をかける。軋む木の扉が少し開くと同時に、嗅ぎなれた匂いがスペインの鼻に届いた。
 雨で冷えた筈の額に汗が浮かび、手が震えてくる。声を出すことも出来ず立ち竦んでしまったが、すぐに気合を入れなおし思い切り扉を開けた。古い扉は勢いに負けて蝶番が外れ、部屋の内側へ耳障りな音を立てながら大きく倒れる。
「ロマーノ」
 全身に浴びせられる、襲い掛かるような血の臭い。一つは誰とも知れぬ生臭いもの。そしてもう一つ。
 スペインは堪らず叫んだ。
「ロマーノ!」
 戦闘の跡が色濃く残る部屋は、あちこちに机の破片や壁の素材がばら撒かれている。そこかしこにぬるりとした液体が散乱し、漆黒の沼を作っていた。
 物音がしない室内。開け放たれた入り口からは雨の音が響き、吹き込む雨が部屋の湿度を上げていく。纏わり付く匂いと湿気を掻き分けるように腕を動かし、重い足を一歩一歩動かしていった。
 一番破壊されている奥に存在するのは、壁に埋もれ絶命している肉の固まり。その横の壁に叩きつけられたように寄りかかる人物を見つけ、スペインは走り寄った。
「……ロマーノ」
 彼の足元に広がる赤い液体。
 その量と手で押さえた下にある腹部の激しい損傷を視界に入れ、スペインは悟った。

 もう、彼は死ぬ。

 絶望に立ち竦んでいると、小さく掠れた声がする。慌てて膝をつき彼の口元に耳を寄せれば、囁かれた音は自分の名前をかたどった。
「……スペ、イン」
「ロマーノ!」
 混乱する頭で呼ぶのは彼の名前。
 ロマーノの作った血溜まりに膝を濡らし、彼の血の臭いの中次の声を待つ。全身を蝕む香りはスペインの本能を揺らすが、ただひたすらに唇を噛んで我慢した。
「ごめん。あんまり……、残ってねーけど」
 肺をやられているのか、時折ヒューヒューという音がする。視線はさ迷っており、視力も既に奪われているようだ。出血を押さえていた彼の手から最後の魔力が消え、溢れた鮮血が床に流れていく。
「ぜんぶ、のんで、くれ」
 囁くような懇願。
 ロマーノの言葉に、スペインの喉がごくりと上下する。ドアを開けた時から感じていた空腹感。引きつるような渇きと芳醇な香り。ぐらぐらと頭の中が揺れながら、それでもスペインは躊躇した。
 そんな姿に口の端を少しだけ上げ、ロマーノは再度懇願する。初めて聞いた心震える言葉に理性は消え、スペインは彼の喉に自身の牙を深くつきたてた。
「おまえと、……ひとつに、なり、たい……」
 優しい声がスペインの耳に悲しく響く。

「あい、し、てるよ」

 外で降り注ぐ雨は強まったようで、以降の言葉は嵐で掻き消えた。