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【C83】新刊サンプル「別れの雨」【腐・西ロマ】

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 その化け物に会ったのは、雨の夜だった。
 兄弟の保護者であった祖父・ローマの死去。稀代のエクソシストであった祖父が、天寿を全うしたとたんに毟り取られる財産。会った事も無い親戚と名乗る連中に三人の家は荒らされ、ついに幼い兄弟は身一つで追い出される羽目になる。
 木の実や施しで飢えをしのいできたものの子供の体力は限界を迎え、ロマーノは弟を連れ人の居ない教会へ入り込んだ。自分の隣には空腹と疲れで眠る弟。ここで死ぬのかと、ぼんやり考え天井を空虚な瞳で見つめる。
 卑劣な大人に傷つけられ、もう昔はどうやって明るい未来を信じていたのか思い出せない。たった一人失っただけで全てを失い、こうして荒れた教会で死を待つ状態。
 それもいい。自分一人なら。
 ただ死が忍び寄るのを感じるようになると、ロマーノの脳裏に祖父の言葉が何度も蘇った。
『ロマーノはお兄ちゃんだからな。弟を守るんだぞ』
 暖かい大きな手が自分の頭をゆるりと撫で、そう約束させられる。偉大な祖父に任された誇らしさ、家族への愛情。全てがロマーノの体に満ち幸せだった頃の言葉。
(じいちゃん、ごめん……)
 教会の天井を見上げ、祖父に謝罪する。このまま弟を守れずに逝くのか。だが動きたくとも疲れは体を重くし、空腹は音を奏でることすら諦めたようだ。眠るヴェネチアーノの体温だけが、ロマーノの意識を辛うじて繋ぎとめている。
 仕返しをしたいと憎めば、泥でも啜れるのかもしれない。だが弟を連れ必死に逃げていたロマーノには祖父を失った悲しみが胸を塞ぎ、他人をどうこう思う余裕など無かった。
(ヴェネチアーノ……)
 視線を動かし、眠る弟を見つめる。寝ながら泣いていたのか目元に涙が浮かんでいて、思わず胸が締め付けられた。重たい腕を何とか動かし、涙を拭ってやろうとする。
「!」
 しかし朦朧とし始めた意識は腕を上手く動かせず、近くの釘にぶつけてしまう。引っかいたのか皮膚が切れ、冷えた体にひとかけらの熱を生み出した。
 手の甲に滲む血を無視し、もう一度腕を動かす。ぎこちない動きで涙を拭い、大きな息を吐くと共に腕を床に落とした。
 腕を落としたと同時に、ガタンと大きな音が響く。ぼんやりと視線を教会の扉に動かせば、そこには雨に濡れた男が立っていた。
「こんな所で何しとるん?」
 明かりの無い暗い教会内。外は雨で月の光も無い。こちらに近付く男の顔は見えず、大人に深い恐怖心と憤りを抱えていたロマーノは、自然とヴェネチアーノを庇うように重い体を動かし問いで返した。
「……お前、『何』?」
 男から伝わる違和感は鈍くこちらの肌を刺す。祖父の血を色濃く引くロマーノには、才能もまた引き継がれていた。
「へぇ」
 目の前にまで迫った男が、飄々とした動きでこちらを観察する。すんすんと鼻を鳴らす仕草を繰り返し、やがてロマーノの傍に膝をついた。
 雨に体温を奪われた手がロマーノの小さい手を持ち上げ、先程ついた傷口に唇を寄せる。ぺろりと舐められた驚きで目を見開く姿を見て、男は面白そうに笑った。
「ヴァンパイアや」
「『ヴァンパイア』?」
 二人同時に同じ言葉を吐く。ロマーノの言葉に男は更に笑い、暗い部屋で美しい緑の瞳を光らせた。
「お前、美味い血しとるな」
「……」
「しかも、闇に対する知識がある」
「……」
 祖父は今まで戦ってきた闇の生き物の話をかっこいい武勇伝として話しており、孫のロマーノ達には彼等の生態や弱点の知識がある。
 だが、目の前の化け物にそれを話せば。
 祖父が彼等の敵であるエクソシストだと話したら。
(殺される……?)
 ぞくりと背筋に悪寒が走る。先程まで感じていた死の気配が形を変え、より色濃く迫ってきているようだった。
 恐怖に揺れる瞳を覗き込み、男は喉の奥で笑う。
 もう一度傷口を舐め血を味わうと、まるで酔ったような顔でロマーノに問いかけた。
「お前、名前は?」