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二月某日十六時二十分 世は総てこともなし……たぶん

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二月某日十六時二十分 世は総てこともなし……たぶん


 王子さまだ……! 陳腐すぎるその言葉が思い浮かんだ瞬間、今日であった素敵なレイヤーさまたち――テニスのうまい中学生や、豆粒ドちびの錬金術師の姿が、ぽろぽろと頭の中から転げ落ちていった。
 大丈夫ですか? 怪我はありませんか? と。心配そうな問いに、少女――魔留稚(まるちぃ)は、ただ何度も頷いた。良かった、と。笑みを浮かべるまもなく、銀縁眼鏡の少年は、表情をひきしめ、彼女を背にかばう。いきなり向かってきた刀を紙一重でかわす姿に、少女は息をのんだ。まるで、本当に物語(にじげん)の中に入ったみたいだった。
 二月某日は、久しぶりのとしまえんコスイベントだった。冬コミは諸般の事情で参加できなかったこともあり、久しぶりの相方――瀬莉音(せりおん)と、あわせをしようとやってきたのだ。二月半ばの風は、ミニスカートには辛い。だが、それを補ってあまりあるほどのいい一日だった。コミックスから抜け出してきたみたいなテニスのうまい中学生の集団との出会い。ディテールが細かすぎる豆粒ドちびの錬金術師との名刺交換。洋館の前に佇む黒コートのソルジャーに至っては、ただの古びた事務所であるところの洋館を、原作に出てくる背徳の館へと変えてしまうかのような存在感があった。自分たちの方も、季節に合わせたバレンタインや何かをイメージしたいい絵が撮れたと思う。野外だけあって、としまえんでの写真撮影のコンディションは、天候や何かで大きく変化する。今回は大あたりと言っていい、と。相方と温かいミルクティを手に頷きあっていたとき、その事件は起こったのだった。
 風の冷たさが、ひときわ身にしみた。近くにいたのは、バレンタインのチョコを使った撮影(じゃれあい)で、すっかり仲良くなったテニスのうまい中学生集団、サバゲー風と和装の男子の二人連れ、それに一人できたという同じゲームに出てくる魔法少女だった。
「ホント、遅ればせながらってかんじなんですけどー、もう、どうしても先輩がやりたくて!」
「あー、わかりますわかります! 先輩可愛いですよねー」
 くるりと回って、マントをひらめかせてみせる少女に、魔留稚はぐっと拳を握った。もちろん本命は自分がやっているキャラだが、彼女はいわゆる単一厨ではない。百合もホモもヘテロも、美味しければ何でもいただく雑食派だ。ギャルゲーや乙女げーをやるならば必須の好みだと思っているのだが、世の中そうでない人間も少なからずいるらしい。この子はどうだろう、と。御本尊(げんさく)に関する他愛ない萌え話で盛り上がりつつ、彼女は注意深く相手の地雷を探る。これを怠ると、どこでどんな中傷をうけるかわかったものではないのだ。女は――特に思い込みの激しいヲタク女は怖い。
 コスプレイベント参加者の方は、そろそろ着替えてください、と。そんな放送に、彼女たちは顔をあげた。
「行きますか?」
「そうですねえ」
 まだ話したりないといった表情ながらも放送に従おうとする魔法少女の言葉に、魔留稚は頷いた。そして、相方の姿を探す。確か彼女は、サバゲー男に声をかけていたはずだ。服よりも造形が好きといいながらも、いつも思い通りのものがつくれないと嘆いている彼女は、彼のガスマスクを見た瞬間目を輝かせたものだ。どうにか仲良くなり、ひっぺがして詳細を確認したくて仕方がないという表情で、彼に迫っていたはず、と。
「皆守殿、夷澤殿!」
 男の声が響いた。白髪がなびく。続いて、相方のものと思しき悲鳴。
 先ほどの和装の少年が、刀を抜いていた。集団の中にはいなかった二人の少年に切りかかっている。撮影? と。浮かんだのはそれだけだった。
 続いて、銃声が響き渡った。魔留稚には、それが本物の銃声かどうかはわからない。ただ、ぱらぱらと何かをばら撒くような音が響いたなと思うばかりだった。
「あいつ、真剣持ってる!?」
「うわあ銃だ!」
「誰か警察呼んでー!」
 魔留稚さん! と。魔法少女が焦ったように声をかけてくるも、足が大地にはりついてしまったみたいに動かない。逃げなきゃ! と。言葉ばかりがぐるぐる回る。
 クモの子をちらすみたいに、コスプレイヤーたちが逃げていく。相方は大丈夫だろうか。自分は。
 目の前で繰り広げられる光景は、画面の中でならばおなじみのそれだった。万が一があっても、自分は落ち着いて逃げる。巨大ロボットに踏み潰されるモブにはならない、と。ポテトチップスをくわえてDVDを見ながら、そう考えていたものだ。だが。
 目にも留まらぬ速さで動く白光。そして、意外なほどに軽い音。着実に相手をとらえるべく跳ね上がる長い足。
 彼らの眼中に自分はいない。良い意味でも悪い意味でもいない。それはつまり、いつ彼らの銃弾が、刃が、自らを捕らえてもおかしくはないということだ。彼らが近づいてくる。地面を削る銃弾が近づく。
「ひ……あ……。け、警察……、警察を呼んで!」
 がくがくと足が震える。声は出せるのに。それだけはできるのに、動けなかった。誰か助けて、と。半泣きで叫ぶことしかできないとか、なんて死亡フラグだろう。
 その時。ぼやけた視界の中、紺色のコートが恐怖の対象と彼女の視界をさえぎった。大丈夫ですかと尋ねる声に、浮かんだ言葉はただ一つ。
 王子さまだ――。かっこいいヒーローが出てくる作品は山ほど視聴しているけれど。三次元(リアル)に対し、その言葉がでてきたのは初めてだった。



 おっとりがたなで駆けつけてきたスタッフや警備員によって、騒ぎの元凶が取り押さえられる。へたへたと地面にすわりこみそうになり、魔留稚はあわてて足に力をこめた。
 まったく近頃の若いもんはとぶつぶつ言いながら、彼らは騒ぎの元凶たちをひったてていこうとする。警察を呼んだという言葉が聞いているのだろうか。剣や銃をもっていた連中もおとなしく頭を垂れていた。
「学生か? ちょっと事務所まできなさい。いったいどこの学校だ」
 そう言って警備員が四人の腕を掴んだところで、はっと魔留稚は我に返った。このままでは、助けてくれた王子さままでもが連れていかれてしまう!?
「待ってください、待って!」
 半ば足をもつれさせながら、彼女は警備員に近づいた。そして、その腕を抑える。不愛想な中年男の目線にひるみながらも、彼女は必死で声をあげた。
「違うんです! この人は、わたしを守ってくれたんです!」
 てのひらを祈りの形に組み合わせ、彼女は訴えた。また面倒な、と。そう言いたげに中年男が眉を寄せる。
「あの人たちがおかしいんです! この人は関係ありません」
 いつもの彼女であれば、ごめんなさいと後ずさっていたかもしれない。けれど、今は違った。ここで彼女が訴えなければ、助けてくれた王子さま(おんじん)が連れていかれてしまうのだ。延々と不要な説教をされるだけでなく、学校や何かに連絡がいき何らかの処分をされてしまうかもしれない。もしも隠れヲタクでこのイベントに参加していたとあれば、被害はさらに甚大になってしまう。
 何とかしなければ! 彼女の必死の思いが伝わったのだろうか。警備員は、困惑の表情で少年を見た。