白の祓魔師
序章
「御前の天使にして破壊の天使ウリエルの名の下に、滅せよ! 妄想と発狂の悪魔、マゴット!」
聖別されたクリスタルの小瓶から、聖水で五芒星を描く様に男に振り掛けた。途端に寝台の上に正体不明で仰臥していた男の身体から黒い影が噴出し、硫黄臭が充満する。
黒い影は悶え抗う様に蠕き、断末魔の奇声とともに床へと消えていった。
俺は肺の中身を全て吐き出すようにして溜息をつくと、背後で身体を硬くして震えていた女性に声をかけた。
「悪魔は払いました。もう安心して下さって大丈夫ですよ」
俺の声に、女性の両目から涙が溢れ出てきた。
「あ・・・がとう、ござい・・・す。祓魔師様」
「後は、暫くの間ミサに参加されるように。一度取り付かれた肉体には、魔の道筋が出来てしまっています。奴らはそれを辿って幾度も彼に憑依しようとするでしょう。聖体を拝領して聖なる言葉を耳にする事で、内からその道筋を消していく事が肝心です。よろしいですね?」
俺は女性の肩に手を添えて、宥めるようにそう告げた。
「必ず! 必ず連れて行きます」
「お願いしますね。神の子を悪魔の宿主になど、もってのほかですから。では、私はこれで」
傍らにおいていた退魔用の諸々が治められたバッグを持つと、俺はそのまま女性の部屋をあとにした。
†††††††
「あのような輩。我に任せれば瞬殺であったに」
依頼主の部屋を出るなり足元から発せられた声を、俺は完全に無視した。
「まったく! どうしてこの主は、こうも強情なのだろうな。霊力の消耗をせずとも、我が退治てやると常々言うておるに、何故疲れる様な事を毎回毎回繰り返すのか。もしや!・・・馬鹿・・・なのか? 本当は、主は大馬鹿なのか!?」
延々と続く声に、俺の怒りのボルテージが上がってくる。
“相手にするな! 相手をしたら又こいつの思うツボだっ! 無視だ! 無視しろ、俺!!”
少しでも怒りを下げようと聖典の一文でも思い出そうとした矢先
「ああ、嘆かわしい。我の様な高貴なる者が、このような愚か者に手を貸さねばならぬとはっ!ああ〜情けない」
ブツンッ
頭の片隅で、何かがぶちきれた。
「喧しい!! 誰も貴様に手伝えとは言っていない!」
俺は足元へと視線を向けると一息で怒鳴った。
足元に居る者
それは、一匹の長毛種の猫。
金色のふわふわした毛並みをして、目の覚めるような青い瞳をした猫が、生意気にも二足歩行をしているのだ。
前足の爪をチマッと出して顎に添えているという、気障ったらしい仕草付きで
「そもそも呼び出してもいないだろうがっ!! 勝手な事を言い連ねるな。この化け猫(ケットシー)!」
フンッとばかりに俺は顔を背けると、早歩きでそいつから離れようとした。
と、
フワンと肩に柔らかい物が乗る。
「つれない事を言うな、わが愛しの君。我は何時でもそなたを助けたいと思うておるのだ。それに、我は化け猫(ケットシー)ではないぞ。初めて会うた折りにも言うたであろう?」
「ああ。あんたが魔界公爵アスタロトだってな。だったら魔界での公爵業に精出せよ。大体、怠惰と不精を推奨する悪魔なんだろ? お前。俺なんかに構ってる立場じゃないだろうが」
「公爵業などつまらぬよ。そなたのもとに居た方がどれだけ楽しいか。それと、アスタロトと呼ばないでくれと幾度も言っておろう? シャアと呼んでくれ」
そう言うと、肩に乗った化け猫が俺の耳を舐めてきた。
「ひゃうわっ!」
俺は全身がカッと熱くなり、素っ頓狂な声を発してしまった。
「よせっ! シャア!!」
遅ればせながらも俺は肩の上の猫を払い落とした。
猫・・・シャアはふわりと飛び上がると、くるりと一回転して優雅に着地した。そして、瞬きひとつもしないうちに、そこには漆黒の衣装を纏った美丈夫が現れた。
光を弾くプラチナブロンドに透けるような白皙の肌
目の覚めるような青い瞳とそれを縁取るゴールドの長い睫
紅でも塗ったかのような唇は艶やかで、面白げに口角を扇げている。
「我なら指を動かすまでも無く、下級の悪魔など消滅させてやると幾度も言うておるだろう? 何故そうまでして我が手を払い続ける」
「親切そうに言っているが、代価を要求しないわけじゃないだろう!?」
「当然であろう? ただで動いているのは地球だけだ。どんな物でも、それには代価が必要だ」
「それが嫌だと言っている!」
「何故? 金銭を要求しているのでは無いのだぞ」
「金なら、まだマシだろうが!」
そう
こいつは出会った当初から要求して来る。
『そなたの身体が欲しい』と