白の祓魔師
グゥゥ!!
目の前の男から苦鳴があがった。
霞む目で見ると、俺の血が当たった所から白煙が上がり、
焼灼臭が漂い始めている。そして、その範囲はじわじわと広がっているのだ。
“勝てる!!”
俺は動けなくなった身体を、そのまま黒衣の男へと倒した。
『グワァッ!・・・おのれぇ〜。貴様、私に何をした!!』
俺の身体に接した所から、男の身体が純白の焔に包まれだしたのだ。
締め付けていた力が緩んだ。
「今です!!」
俺は力の限りに叫んで、ブライトさん達に好機を告げた。
一斉に攻撃が再開される。
聖水が浴びせられた黒衣の男の額に逆五芒星が浮き上がり、額からヤギの角が現れる。
「見えた!! 父なる神の名の下に、滅せよ!バフォメット!!」
パオロ司祭が五芒星を描くように聖水を振りかける。
真の姿と真名を知られては悪魔も太刀打ち出来なくなったらしい。輪郭が崩れると、黒い煙となり、床へと吸い込まれていった。
『覚えておけよ。小僧!!』
怨嗟の声を最後に、悪魔の襲撃は終焉を見た。
「アムロ? アムロ!? しっかりしろ!! 今、救急車を呼んでくるからな!!」
俺は手足と肋骨を骨折し、床に倒れ臥しているしか出来なくなっていた。
“こんなに苦しいのに、気を失う事も出来ないなんて・・・”
痛みが強すぎて失神する事すら出来ず、俺は教会のステンドグラスをぼんやりと眺めていた。
その霞む視線を金色の髪が遮った。
『わが身を犠牲にしても仲間を守ろうてか? 見上げた根性だ。うむ。気に入った。その姿勢が何時まで続くか、見せてもらうとしよう』
耳に心地よいバリトンがそう告げた次の瞬間、俺の身体を苛んでいた痛みが全て消えうせた。
楽に息が出来る。
俺はゆっくりと身体を起こしてみた。
「う・・・ごける」
『当たり前であろう? 我が魔力で全ての傷を癒したのだから』
傍らから発せられた声に驚き、そちらを見ると
光を弾くプラチナブロンドに透けるような白皙の肌
目の覚めるような青い瞳とそれを縁取るゴールドの長い睫
すっと通った鼻筋と高い鼻稜
唇は紅でも塗ったかのような艶やかさ
人在らざる美貌が俺を覗き込んできていた。
「あなた・・・誰です? さっきの奴のお仲間さん・・・で間違いはないですよね」
俺は警戒しつつそう訊ねた。すると、漆黒の衣装を纏った美丈夫は何かに驚いたように目を見張った。
『ほほぅ。我が何者かを知った上で、そのような問いかけを致すとは・・・。益々気に入った。いつかそなたの身を貰い受ける。我のものになるまで、そなたの身を我が直々に守って遣わそう。感謝せよ』
「ふざけた事を言わないでくれませんか! 貴方が悪魔である限り、僕は貴方のものになんてなりませんよ。貴方は僕にとって、そして世界にとって敵なんだから!!」
『そうさな。教会と信者にとっては敵であろうな。したが、そなたにとって我は協力者だ。我が名は魔界公爵アスタロト。だが、そなたにはシャアと呼ぶ権利を与えよう。神の愛し子にして戦士、アムロ・レイ』
「はぁ!? そんなに簡単に名前を教えて良いんですか?
祓われてしまいますよ」
『そこらの雑魚と一緒にするでない。我が司祭や教皇ごときに祓われるわけがなかろう? ああ、そうか。心配してくれるのだな? そうかそうか。その身を我に差し出す気分になったのか。いやはや、ちと早熟過ぎよう』
「はいぃぃ!? 何、変な事口走ってるんです?早く消えないと、司祭様達にさっきのバフォメットのように滅せられますよ?」
『つれない素振りも我を篭絡する手管か? 侮れぬのぉ。ん?アムロ・レイ』
「・・・もういいっ! 知らない!」
俺は、こちらの言い分を全く聞き入れない美丈夫とのそれ以上の会話を打ち切り、教会の入り口へと歩き始めた。
すると、外から駆け込んできたブライトさんが歩いている俺に驚いて立ち止まった。
「ア・・・ムロ? ・・・お前・・・だいじょうぶ・・・なのか?」
「あっ! 何だか、すっかり治ってしまったみたいで・・・。悪魔が付けた傷だから、その悪魔が送還された事で治った・・・のかも」
「おおっ!! 奇跡じゃ! 神の奇跡が聖人アムロに齎されたのじゃ!」
ブライトさんの後ろに立ったパオロ司祭が感嘆の叫びを上げ、その声に他の助祭達も俺を拝まんばかりになった。
「やっ、止めて下さい!! 僕は拝まれる対象じゃないっ!」
俺は逃げ出す勢いでそこから走り出した。
足元を柔らかな風が駆け抜ける。
なんだろうと視線を向けると、金色の長毛種の猫が並走していた。
えっ!? と目を見張ると、金色の猫は目の覚めるような青い瞳を器用にも片方瞑って、ウインクをしてきたのだ。
「化け猫(ケットシー)!!」
『失礼な!化け猫(ケットシー) などではないわ。我が直々に守ると言うたであろう。この姿でそなたの傍にいてやろう。安心致せ』
「安心なんか、出来るもんかぁ〜〜!!」
俺の空しい叫びは、道草が聞いただけだった。
こうして、俺とシャアことアスタロトとの長い付き合いが始まったのだった。
2011/10/06