白の祓魔師
「君が聖人アムロ・レイ?」
寮への渡り廊下を歩くアムロに廊下の両側を彩る庭園から声がかけられたのは、入学して半年ほどを経過した春の事だった。
声のした方を見ると、バラの垣根をバックに背負った藍色の髪の美少女が立っていた。
「えっ? あれ?? ここ・・・・・・男子寮ですよ? 女性は入ってはいけない筈で・・・」
「俺は男だぁっ!!」
響き渡る怒声と共に繰り出された突き手はアムロの鳩尾を捕らえるかに見えた。
が、
二人の間を金色の塊がすり抜け、アムロの身体が不自然に後方へと揺らいで、尻餅をついた。
「「えっ?」」
互いに何が起ったか理解できず、瞬きを繰り返した。
床に座り込むアムロの膝に金色の長毛種の猫が飛び乗り、攻撃を仕掛けた美少女まがいの青年に威嚇を発する。
「しゃ・・・シャア? な、何でここに・・・」
「えっ? これ、君の使い魔・・・なのか? うっわぁ〜。その年で、もう使い魔を有してるのか。流石に聖人って言われるだけあるなぁ」
数瞬前までの怒りが霧散し、座り続けているアムロへと片手が差し出された。
その手に猫パンチを繰り出そうとするシャアを抱きかかえ、アムロは手を借りて立ち上がった。
「ごめんなさい。バラを背負って立っているのを見たら、綺麗な女性にしか見えなくて・・・。失礼な事を口にしました」
アムロは青年に素直に謝罪をした。
すると青年も困ったように視線を彷徨わせると、顔を左右に振った。
「俺の方こそゴメン。いきなり攻撃したりして・・・。女の子って言われるの、一番腹が立つものだから・・・」
「あっ! ってことは、貴方がカミーユ・ビダンさん?」
「えっ? そんなに有名?」
「同級生が噂してるの聞いたんで・・・」
「俺も君の事、噂話に聞いてる。幼くして悪魔を退かせた
少年で、生まれた時に聖人と証明されったって・・・。学力も年齢不相応に高いし、祓魔の能力もかなりなもんだと・・・」
「たいした事・・・・無いです」
「謙遜するなよ。もう使い魔を従えているん!いってぇ〜」
いつまでも手を離そうとしないカミーユに、シャアの鋭利な爪付きの猫パンチが炸裂した。
カミーユが衝撃からアムロの手を離したが、シャアは毛を逆立てて威嚇を止めない。
「駄目だって! シャア!! 悪気は無かったんだから。例えて言うなら出会い頭の衝突みたいなもん・・・・・・って言うか、何でお前がここに居る!!」
アムロはシャアの両前足を纏めて捕まえてそれ以上の攻撃を仕掛けないようにしながら、聖域として結界が張られているはずのこの場所に、何故悪魔であるシャアが侵入しているのか詰問した。
「君の使い魔なら、聖域だろうがなんだろうがフリーパスな筈だよ。使い魔は祓魔師の手足となりうるものだからさ」
「えっ・・・いや・・・その・・・こいつは・・・・・・」
「使い魔なんだろ? 君を俺から守るように動いたんだから」
にゃぁ〜〜ん
シャアが媚びる様にアムロの胸に頭を擦り付けてくる。それは主のご機嫌取りをしているようにしか見えない。
“こいつぅ〜。僕が説明出来ないのを良い事に、ここに居る事を認めさせようとしてぇ〜”
「綺麗な猫じゃないか。入寮する時にも連れて来てたのか?」
「い…いえ・・・。連れて来たわけでは・・・」
「じゃあ、主恋しさに追いかけてきたのか。健気だナァ。寮室に入れてやれよ。個室なんだし、普通の猫と違って人に迷惑かけないだろ?」
“普通の猫の方が迷惑にならないんですよ! こいつは魔界公爵なんだからぁ〜”
アムロは声を大にして言いたいのだが、悪魔憑きと呼ばれるのも恐ろしいだけに、この場でシャアの正体をばらす訳にもいかない。
クスッ
アムロの腕の中で、シャアが小さく笑ったのが分かった。
“ちっくしょう〜!! 尻尾持って振り回してやりたいっ!!”
第三者の視線がある所では何も出来ない苛立ちを一先ず飲み込むと、アムロはシャアを腕から放り出し、その存在を無視するようにカミーユに話しかけた。
「ところで、僕に声をかけられたのは、どのようなご用件でしょう」
「ああ。実は・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・あの・・・さ」
「はい」
「出来たら、堅苦しい敬語とか止めにしてくれないかな」
「はい?」
「俺、君と友達になりたいと思うんだ。何だか、似てるとこありそうだから・・・」
「ビダン先輩と僕が、友達??」
「いや・・・・・・かな」
「えっ?・・・えっと〜」
キッシャ〜〜!
「いだっ!!」
足元から威嚇の声が発せられると同時に、カミーユの苦鳴が上がった。
アムロが足元に視線を送ると、シャアがカミーユの脛に噛み付いている。
それも四肢を絡めて、猫キックまで連発している。
「何してんだ! 馬鹿シャア!!」
アムロはシャアの頭を拳骨で叩くと、カミーユの足から引き剥がした。
「すみません、すみません!」
アムロはシャアを制服の胸元から中に押し込んで攻撃を繰り出せないようにしてから、カミーユに平謝りをした。
「ふいぃぃ〜。結構痛いんだな。猫の爪とか牙」
「ごめんなさい。すぐに追い出しますから!」
「いや。構わないよ。・・・君が俺に取られそうだって嫉妬したんじゃないか? その使い魔」
「嫉妬・・・ですか?」
「ああ。一般的なペットでも、飼い主が他の家のペットを
可愛がると嫉妬するって言うからね。使い魔なら尚更なんじゃないかな。・・・・・・で? 返事は?」
「えっと・・・僕で良ければっ! ギャハハハハハ」
「あ?あむろ・・・くん?」
突然笑い出したアムロにカミーユは驚いたが、よくよく見れば胸元がもそもそと蠕いている。
どうやらシャアがアムロを擽っているらしい。
「返事はよく考えてからで構わないよ。じゃ、又」
カミーユはシャアの嫉妬心を考慮して、返答を保留にしてその場から去って行った。
「すっすみません〜〜」
アムロは笑いすぎによる息切れを起こしながらも、カミーユへと挨拶を返した。
それに片手を挙げるだけで応えたカミーユの姿が渡り廊下の向こうに消えてから、アムロは制服の裾からシャアを引きずり出すと、バラの茂みへと投球よろしく投げ込んだ。
バサッ!バキッ!ズザザ〜!
それなりの重さを持つ物が茂みを落ちていく音がする。
それを完全に無視して、アムロは寮の自室へと足を向けた。