白の祓魔師
「ったく!何考えてるんだ!!あの悪魔ぁ〜〜!!」
怒り心頭のアムロが自室の扉を勢いよく開くと、そこには優雅にティカップを傾ける金彩の美丈夫が、質素な椅子を豪華なカウチと見間違えるようにして寛いでいた。
「まったく、油断もすきもないな。早速、私以外の者の手を取るなどとは」
「聖職者が悪魔の手を取る方がおかしいだろ?!ってか、どうやってここに入ったんだよ。結界が張られてる筈だろ?」
「あのようなちゃちな結界など、私にとってはティッシュペーパー並みにもならんな。それより、お茶はどうかね?今日の茶葉はファーストリーフなのだよ。スコーンもタルトもキッシュもあるぞ」
シャアことアスタロトがそう言うなり、テーブルの上にティポットにアフタヌーンティのセットが出現した。
「キッシュはほうれん草とベーコンにマッシュルームを入れている。タルトはラズベリーのものと季節のフルーツ盛り合わせの二種類だ。いずれも自信作なのだが・・・」
「はいぃぃ?地震裂く? 磁針柵??」
「何をボケかまし、しているのかな?」
「自信作って・・・あんたが自分で作ったとか、言うんじゃないだろうな」
「作ったが?」
「どうやって!!」
「ハイアットホテルの厨房に入って作ってきたが?」
「厨房に? 入って??」
「シェフに成りすますなど造作もない。ついでに多量に作ってホテルで出せるようにしてきたがね」
「何だって、そんな事・・・」
「ここの食事は質素すぎて、アムロが痩せてきてしまっているからだ。先ほど抱き込まれた時にも感じたが、素肌の艶が落ちている」
「抱き込んだとか言うナァ〜!」
「元々少食気味なのに、栄養価が低いものなど食べさせられるか! 成長期にあるのにこのままでは子供体型のまま・・・」
「どうせチビだよ。元からね!」
「だからこそだ。栄養バランスを考えて行かねば。祓魔師の仕事は気力と霊力だけでこなせるものではない。体力も必要だ。これからは私が君の健康管理を担おうと思う。健やかに大きくなりなさい」
「何を考えて・・・・って! わかった!! 敵となる者を肥えさせて、いずれは食べるつもりだろ」
「肥え太った身体などに食指は動かんな。だが、美しい魂の器は、やはり美しくあって欲しいものだ。さぁ、遠慮せずに食べたまえ。怪しい物を入れるなどと言う卑怯な真似は、魔界公爵の面子にかけてしてはいない」
目の前に差し出されたキッシュからは美味しそうな香りが漂ってくる。アムロのお腹が小さく啼いた。
「ほらっ、お腹が欲しがっている。素直に食べなさい」
優しく諭す声に、アムロはおずおずと皿に手を出し、食べ始めるなり一心不乱の様相を呈した。
「ああ。そんなに慌てて摂っては身体に悪い。落ち着いて。紅茶も飲みながらゆっくり食べなさい。誰も取り上げたりしないから」
シャアは甲斐甲斐しくアムロの世話を焼き、口元についたカスを指で取ると、そのまま食べてしまった。
「ちょっ! 恥ずかしい事するなよ」
「食べ零しを付けている方がよほど恥ずかしいと思うのだがね。まぁ、それも可愛らしいから良しとするが?」
「僕は可愛くなんかない!」
文句を言いつつも、アムロの手と口は食べる事を止めなかった。
「口に合ったようで何よりだ」
「残したら食べ物に申し訳ないから、綺麗に食べきってるだけだよ!」
反論を返しはしたが、正直、シャアのお手製の菓子や料理はとても美味しかったのだ。自然と顔が綻ぶのを止める術は無かった。
そして、ご機嫌で食べているアムロを見つめるシャアも、仄かな笑みを浮かべていた。
そのとき以降、シャアはほぼ毎日食料を持参し、それはアムロが神学校を卒業するまで続いた。
また、シャアお手製の品は、寮生仲間との懇親にも役立った。育ち盛りの集団は、いつでも空腹児童状態だったからだ。
週に一度のアムロ主催のお茶会は順番性で参加が組まれるまでになり、不本意ながらもシャアは毎回料理や菓子を充分に行き渡る様に作って来たのだった。
シャアのお陰でアムロの身長はすくすくと伸びたが、それでも一般男性よりはやや低い状態で停止したのだった。
†
「シャアを追い越すぐらいに大きくなっても良かったのにな。カミーユ先輩より低いだなんて・・・。せめて、カミーユ先輩と肩を並べる位になれたら・・・」
「人種的に致し方なかろう。それでも大きくなったと思うがね」
「悪魔に慰められるだなんて、祓魔師にあるまじき事だな。考えてみたら、神学校在籍中の僕の生活管理は、シャアが全てやっていたって事なんじゃ・・・」
「何を今更。気に入った対象に手をかけるのを、我々悪魔は厭いはせんぞ。健康で美しい肉体こそ、我々が好むところだからな」
「うっわぁ〜。やっぱり喰う気満々じゃ・・・」
「・・・・・・何時になったら本当の意味を理解するのやら・・・。純粋培養にも程がありはせんか? 私はどこかで育て間違いを犯したのだろうか・・・」
「なにぶつぶつ言ってるんだよ」
神学校を卒業し、元の町へ戻ってきたアムロは、教会の手伝いをしつつ祓魔の仕事もこなしている。
今日も依頼を果たすべく出かけるところだった。
そこへシャアがキッシュ片手に訪問してきたので、つい昔を思い出してしまっていたのだった。
もう16にもなると言うのに・・・だとか、筆下ろしをどうすべきか・・・だとか、腕を胸の前で組みながらぶつくさ言う悪魔をアムロは自室から素気無く追い出しつつ、司祭館を後にした。
「シャアも自分の仕事をしに行けよ。じゃあな」
祓魔の道具をいれたバッグを片手に、アムロは街中へと走り出す。
伸びやかな肢体は白いオーラに包まれ、銀色の光線を放ちながら辺りの闇を無自覚に払っていく。
「私以外の者に目を付けられるのも時間の問題か・・・。警戒レベルを上げざるを得んな」
シャアはアムロの後姿を見やりながらフッと姿を消した。
同時に金色の身体に紅い嘴の小鳥がアムロの上空に現れ、アムロと一緒に飛んでいった。
2012/02/16