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Kissing ball

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色とりどりのイルミネーションが街を彩る季節。
寒さの中外に出るのは少し億劫だけれども、この時期の街並みはどこも活気と笑顔に溢れていて、雰囲気だけでも楽しい気持ちになれた。
「すごいな、こんなに人がいるなんて」
大きな荷物を抱えた人たちであふれる道は、少しだけ歩くのが困難だ。だけど、決して嫌だとは思わない。それは街を包む人の陽気のせいだろう。
「ここじゃクリスマスはみんな家族で過ごすんだ。どの店も閉まっちまうから、その前にこうやって買い溜めしておくんだよ」
感心してきょろきょろと視線をさまよわせる恋人を、面映ゆい気持ちで見ながらロックオンが笑う。
「明日の本番は一歩外に出ると、ゴーストタウンなんだぜ?」
そうロックオンがおどけた調子で教えてくれるのを聞きながら、アレルヤは顔が綻ぶのを止められなかった。
そんな大切な日を、彼は一緒に過ごそうと言ってくれたのだ。
何かの会話の拍子でクリスマスを知らないといったアレルヤに、それなら次のクリスマスは一緒に過ごそうと言ったのはロックオンだった。
その会話、というか軽口が交わされたのはクリスマスよりずっと前の季節の頃の話で、まさかアレルヤはロックオンが本気で実行するつもりだとは思っていなかった。
クリスマスというイベントは分からないが、ロックオンと一緒に過ごせたら素晴らしいだろう。そう思ったのは本当だったので「楽しみにしているよ」と応えを返しはしたものの、クリスマスを迎える月になってロックオンが誘うまで、そんな会話があったことすら忘れていたのだ。
だから年末はまとめてあけておけと言われて、すぐには反応出来ずロックオンを大層呆れさせてしまった。驚いたのと嬉しいのとでオーバーロードしてしまったのだ。
「まずはツリーだな。デカイのは無理にしても、あれがなきゃクリスマスが始まらないからな」
「僕はよく分からないから…お供させてもらうよ」
「おう。覚悟しとけよ、これでもかってくらい、買い込んでやる」
とても楽しそうに笑うロックオンに釣られて、アレルヤも浮足立った。陽気に中てられている。これがクリスマスの魔法だろうか。
アレルヤにはクリスマスを過ごす習慣はなかった。だからロックオンに誘われて、クリスマスを一緒に過ごすことになったとき、一般的にはどんな風に過ごすものなのかをこっそりとスメラギに聞いたのだ。
ロックオンが全部教えてやりたいと思っていることは何となく分かってはいたものの、アレルヤだってロックオンを驚かせてみたいし、喜ばせてやりたい。
アレルヤの鞄の中にはこっそりとひそませたロックオンへのプレゼントが潜ませてある。誰かへ贈り物をすることだって初めてだ。
いつ渡そうかとどきどきしているのを隠せているだろうか。本当に、どうしようもないほど浮かれている。



二人だけだというのにずいぶんと買い込んでしまった食料を整理するために、荷物を抱えてキッチンへと向かう。
クリスマスに付き物だというターキーやらクリスマスプディング、それからジャガイモにハム、ソーセージ…。そういえば、料理を選んでいる時のロックオンは随分と楽しそうだった、と思い返して、自然と笑みがこぼれた。
まるで子供のように表情をキラキラさせて。クリスマスを楽しんでいる、と全身で語っていた。
アレルヤ自身は神に祈る言葉なんて持ち合わせていないけれど、楽しそうなロックオンを見ていると、クリスマスというものがどんなに素晴らしい日なのかは分かるような気がした。
新しいものを知る度に、それを与えてくれるのがロックオンであることを幸せだと思う。
ロックオンも、アレルヤと過ごす時間が楽しいと思ってくれているだろうか。だとしたら、とても嬉しい。
こんなふうに、他人との時間を楽しいと感じることさえ、アレルヤは知らなかったのだから。
「アレルヤー」
「ロックオン?」
クリスマスの装飾を抱えたロックオンが向かったリビングから声がかかって、キッチンをそのままに声のしたほうへと向かう。
「ロックオン、どうかしたのかい」
リビングの床の上には、食材と同じようにロックオンが買い求めたクリスマス用の飾りが、おもちゃ箱をひっくりかえしたかのように広がっていたが、呼び付けた当の本人の姿がない。あれ?と、見回してみれば、ロックオンは寝室と繋がる扉の前に立っていた。
「ロックオン」
「アレルヤ、ちょっと来いよ」
「何だい、その上の…」
扉の桟にリースがひっかけられている。なんで居間でなく、わざわざこっちに飾ったのだろう。
リースの枝を長い指でなぞりながらロックオンはどことなく含みのある笑みで、ちらりとアレルヤに視線を向けた。
「ロックオン?」
「これ、ヤドリギって言うんだが、知っているか?」
「……いや、」
「ヨーロッパじゃ、さ」
ぐっと、距離が一気に縮められた。碧い瞳が間近に覗き込んでいる。
「ロック、」
「クリスマスの日にヤドリギの下にいる相手にキスしていいって習慣があるんだ」
触れる寸前の距離で囁いた。
「――っ!」
視界いっぱいに広がった碧色と、囁かれた言葉に顔に熱が集まる。思わずぎゅっと目をつぶったアレルヤの耳に、次の瞬間、ぷっと吹きだす音が聞こえた。
アレルヤは目を開けた。
……ロックオンが人の悪い顔で笑っている。
「……からかったのかい!」
真っ赤な顔で睨んでも迫力はない。ましてや照れ隠しだと分かっているなら尚更だ。ロックオンは時に意地が悪い。
「だからさ、アレルヤ」
してやったりと言わんばかりの笑みをにやにやと張り付けたまま、背を向けようとするアレルヤを捕まえて、ロックオンがちょいちょいと自分の唇を指さす。
「…して?」
視線を据えたままそう強請ると、ただでさえ赤い顔が更に真っ赤になった。
「……また人をばかにして…」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。可愛がっているんだって」
「余計、悪い」
「アレルヤ」
とぼけているが、アレルヤを捕まえている手は離れない。
観念した――勿論、言うほど厭なわけではない――アレルヤがちゅっと唇を押しつけると、満足したのか腕の力がゆるんだ。
「クリスマスの間、宿り木の下にいたら、キスしてくれるか?」
「……そんなこといって、そこら中に飾るつもりじゃないよね」
うそぶくロックオンに、我ながらかわいげがない返事を返す。
アレルヤも別に可愛いなどと思われたい訳ではない。ただロックオンの気を引けるくらいには素直に振る舞いたいのだが、一枚も二枚も上手な彼に振りまわされてばかりで、中々それも難しい。返事を返すのが精いっぱいで、気の利いた事など何も言えやしないのだ。
「それもいいな」
「ばか」
照れて視線を落とすアレルヤの、そんな物慣れない態度こそロックオンは好ましく思っているのだが、本人にそれを伝えるつもりがない以上、アレルヤが気付くことはないのだろう。
少し性格の悪い事を内心考えながら、ロックオンは可愛い恋人をぎゅっと抱きしめた。
作品名:Kissing ball 作家名:紗博