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Kissing ball

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飾りつけと明日の料理の仕込みを終えて、今夜の食事は簡単に済ませると、さてすっかりとすることがなくなってしまった。
昔はもっと、時間がたりないくらいに思えたのだけれど。それは弟妹とけんかしながら、ツリーの飾りつけをしていたからか、料理を作っている母親の手伝い――といいながら、今思えば確実に邪魔をしていた――をしていたからか。
(親戚や友達から来たカードを、壁に張ったりもしていたな)
今、リビングの壁にはカードが2枚だけ。ロックオンとアレルヤがそれぞれ選んだものを張ってある。寂しくも感じるが、それで良かった。
アレルヤにクリスマスを教えてやるなら、もっとにぎやかに、それこそソレスタルビーイングの仲間たちでパーティをやっても良かった。刹那やティエリアは良い顔をしないかもしれないが、彼らにだってクリスマスの恩恵があったっていいはずだ。
だけど、ロックオンはアレルヤをここに連れて来たかった。アイルランド。家族と過ごし、そして失った、この故郷に。
勿論、刹那もティエリアもフェルトも他の皆だって、ロックオンにとって大切な存在だ。家族のようにも思っている。だけど、故郷に連れて来てもいいと、連れて来たいと思えるのはアレルヤだけだった。
結局、他のクルーにはクリスマスカードの手配をして、ロックオンはアレルヤを連れて飛行機へ飛び乗った。
ロックオン・ストラトスの名義で借りている小さなアパートは、ロックオンがふらりと故郷を訪れるときのために用意したもので、普段は何もない殺風景な部屋だ。
それが今だけは、狭くても温かい家庭のように思えるのは、テレビから流れるアットホームなドラマのせいでもなければ、勿論リビングに無理矢理入れたツリーのせいでもない。
ただ隣で、ソファに並んで座っているアレルヤの存在に、ロックオンが安らぎを見出しているからなのだ。
会話もなくそれぞれテレビを眺めているだけでも、特に気まずさは感じない。アレルヤも番組を楽しんでいるのかは分からないが、両手でマグカップを包み、ドラマに耳を傾ける様子はとてもリラックスしているように見えた。
「…なんだい?」
じっと見つめる視線が気になったのか、ちらりと視線を向けてアレルヤが尋ねる。
いつもの困ったような笑みに、すこしだけ恥じらいの色が混ざっているのは、ロックオンを恋人として意識しているからなのだろう。それがたまらなく愛しい。
抱きしめたい、と思ったままに腕を伸ばす。アレルヤは逆らわずに腕の中におさまると、凭れかかるように寄り添った。
「アレルヤ」
「うん?」
しっかりと抱きしめて、その存在を確かめる。自分よりすこしだけ低い体温。ゆっくりと上下する肩。アレルヤの匂い。
ああ、一人じゃないんだと思った。
クリスマスを過ごすのは何年ぶりだったろうか。
またここで、誰かと過ごしたいと、思えるようになるなんて。
「…Hallelujah」
祈りの言葉。昔と同じ神を信じることはできない。それでも。
「ありがとう、アレルヤ」
抱き締められたアレルヤが、こわごわと腕を回す。それが嬉しくで、ぎゅっと力を入れた。
「ぼくのほうこそ…、こんな時間を過ごせるなんて」
遠慮がちに、だけどいつもより柔らかい笑顔を浮かべたアレルヤは知らないだろう。本当に嬉しいのはきっとロックオンの方なのだと。
クリスマスの飾りを選んだり、食材を買い込んだり。こんな当たり前のクリスマスを迎えたのは、家族を亡くして以来だ。
天井まで届くツリーはなくて、母さんの焼いたクリスマスケーキもない。ましてやミサなんて、行けるはずもないけれど。
それでも、大切なひとと過ごすクリスマスだ。
もう二度と、こんな日はこないと思っていたのに。
「ありがとう、ロックオン」
アレルヤの落ち着いた優しい声音は、じわりと、心に沁み込んでくるような気がする。
幸せだと思うのに、切ないような、苦しいような、そんな感覚に胸をぎゅっと掴まれて、ロックオンは自然と恋人の頬へ唇を寄せた。




「ん…」
目が覚めた時、アレルヤはロックオンの長い腕に抱きしめられていた。
「……う、わ」
ぼんやりとした頭が冴えてくるに連れ、羞恥に襲われる。宇宙では抱き合ったまま眠る事がまずないため、余計に恥ずかしい。
勿論、嫌なのではなく嬉しいのだが、だからこそ照れくさい。
「ん……。アレルヤ?」
身じろいだ所為かロックオンを起こしてしまったようだ。気配に敏いのはお互い様で、仕方がないことだが、気持ち良く寝ていたのだから、少しだけ申し訳ない。
「おはよう、ロックオン。まだ早いから、寝ていても大丈夫だよ」
時計を仰いで時間を確認すると、まだ寝ぼけた様子のロックオンの髪にキスを落として、アレルヤはそそくさとベッドを抜け出した。
暖房は入っているはずだが、朝の空気はひんやりとしていて肌寒い。ロックオンが本格的に起きる前に、部屋を温めておいてあげないと。
カーディガンを羽織ると、洗面所より先にキッチンへ向かう。ケトルを火に掛け、リビングの暖房を入れた。
「あれ……? これって」
昨日二人で飾りつけをしたツリーに視線をやり、その下に昨晩はなかった筈の小さな包みに気がついた。
深いグリーンの包みに何種類かのオレンジのリボンが重なって花のように結ばれている。綺麗にラッピングされ、アレルヤへと書かれたシンプルなカードが添えられたそれは、どう考えてもロックオンが用意したプレゼントだ。
「こうやって置いておくものなのかな」
ならば、アレルヤものんびり構えてはいられない。ロックオンが起きてくる前に、プレゼントを並べておかなくては。
なんといったって、今日はクリスマスなのだ。年に一度、アレルヤにとっては初めての。
急いで自分の鞄を取り、ここに来る前に、こっそりと用意してあった贈り物をツリーの下に置いた。
申し訳程度にリボンのシールが付いているものの、ロックオンのプレゼントと並べると何だか見劣りしてしまう。もっと綺麗にしてもらえば良かったのかもしれない。
「ロックオン、なんて言うかな」
驚くだろうか、喜んでくれるだろうか。そう考え始めると、包装のつたなさはどうでも良くなってきた。それよりも、ロックオンが早く起きて来ないかと、わくわくして待ちきれなかった。
作品名:Kissing ball 作家名:紗博