疼くくらいなら知りたくもなかった -1-
とりあえず人見知りである挙句、人混みもはっきり言って苦手な僕は、どうにかこの波を切り抜けたかったが、卒なく退散出来るようなスキルを僕が持ち合わせているはずもなく。僕の耳に飛び込んでくる多くの声にちょっと視界がクラッとした時に、救いを差し伸べてくれたのは彼だった。
「悪ぃな、ちょっとこいつ借りてくわ」
無理やり腕を引っ張られた、と思えば人混みの中をどんどん進んでいく。周囲から僅かに上がった不満の声も、彼が笑顔を撒けばすぐになくなった。次の演奏が始まろうとしている。その前にバーから出る。さっきまでの熱気や汗が急速に冷やされる気分だった。しかしそれも表面上の話であって、中に溜められた熱は全く持って収まらない。
頭はまだ、暑さでボーッとしている。空は快晴で星も見えた。呼吸する息が熱い。そんな僕の目の前にペットボトルの天然水が現われた。
「喉渇いたろ」
見ると、彼もまた同じモノを飲んでいる。
どこか変に顔に熱が宿ったのが分かった。どうしてこんなにも妙に恥ずかしいのか、と思ったが。そもそも僕はそういうタイプの人間であったことを思い出した。変な話だ、僕は僕のことを良く分かっているはずなのに。
「お前、あんな才能隠し持ってたんだな」
喉で笑う彼に、僕は上手く反応が出来ず、ただ「あ」とも「う」とも付かない言葉を返す。けれど、それに何も嫌な顔をしないで彼はずっと話掛けてくれた。そうしていると単語を返せるようになって、ちょっとした文章を返せるようになって。いつのまにか、僕と彼の間には立派に会話が成立していた。どこからこんなにも言葉が出てくるのか分からないくらい、僕の口からも滝のように流れ出てくる。
自分で自分の喋りっぷりに驚いていると、彼はどこかニヤニヤしている口調で見て来た。
「なんだよ。喋るんじゃん」
いっつも部室じゃぁ一人なクセに、とある意味で馬鹿にされているとも取れる発言が、僕にとっては全くそうは感じず、逆にポカンッとしてしまう。そもそも、彼の視界に僕が入っていることから驚きだ。基本的に、部員からは無視される存在だったし、積極的に誰かと喋ろうとも思っていなかったから。おそらく、僕の先ほどの演奏だって本当は、皆からすればスルーの対象であったと思う。僕の存在を認識していた部員がどれほどいたかも疑わしい。
それなのに、彼はしっかり僕のことを見ていたらしい。
「あのさ、一つ提案があんだけど」
スッ――と変わった空気に、僕は疑問符を浮かべた。
先ほどまで笑顔だった顔が、真剣になっている。それに少し心臓が高鳴って、慌てて無視をした。そんな様子の僕などお構いなく、彼はとんでもないことを告げて来た。
「お前、俺と同棲しねぇ?」
そうして、このイベントが行われた次の月から。
彼との同棲が始まったのだ。
<続く>
作品名:疼くくらいなら知りたくもなかった -1- 作家名:Cloe