いい兄さんの日
本日は、勤労感謝の日という祝日で、実弟も家に居る。居間のソファで携帯端末を弄くりつつ、あーでもないこーでもない、と、ぶつぶつ文句を吐いているのを、食卓の椅子でカフェオレを飲みつつニールは鑑賞している。
・・・・なんだろ? デートの段取りか? なんで、あんなに暴れてるんだろ?・・・・・・
ずずっとカフェオレボールから、温かい飲み物が嚥下していくのを感じながら、ニールは、その鑑賞を楽しんでいる。せっかくの休日なんだから、デートなら出かけて相手と相談すればいいだろうに、とは考えている。
・・・・・食事だけっていうのもなあ。でも、一緒に出かけると、絶対に日用品のお一人様一点の点数稼ぎにされるし・・・・・・あーもーめんどー・・・・でもなあ、この日は、俺だけが兄さんとできるイベントだし・・・・・映画は趣味が合わないし・・・・あ、冬物バーゲンにつき合わせて、俺の趣味で兄さんを飾るって、どーよ? うん、いいんじゃね? 兄さん、服のセンスとか壊滅的だけど素材はいいんだ。素材は。・・・飾って、食事して酒呑んで・・・・・ちょっと小洒落たレストランとか予約するか・・・・・・いやいやいや、それじゃあ、デートだろ? そこまでしなくてもいいんじゃねーか? 俺・・・・・・・でも、日ごろ、弁当までしてくれてるし、たまには兄さんにも楽させてやったほうが・・・・和食のほうが喜ぶのかな・・・・・
当人は、気付いていないが、ぶつぶつと文句は口から零れている。本日は、11月23日で、「いい兄さんの日」 というものらしい。他のイベントは、余計な生き物たちが兄を独占するので、なかなか二人で楽しめないが、これだけは、ライルが独占できる唯一のイベントだった。ニールが兄なのは、ライルだけだからだ。
おおよその予定を考えて顔を上げたら、食卓の椅子に兄は座っていた。のんびりとオレンジページなんぞ捲っている。
「兄さん、これから付き合ってくれないか? 」
「ん? デートじゃないのか? おまえ。」
「違う。ちょっと冬物を買いたいんだ。荷物持ちをしろ。」
「いいけど。それなら、スーパーに寄ってもいいか? 今日、卵Lサイズパックが、お一人様98円なんだ。あれ、一緒に並んでくれよ。二回ぐらい。」
「・・・・・・うちの家計って、そんな逼迫してないだろ? 」
「いや、カステラを作ろうと思ってさ。あれ、ものすごく卵が必要なんだよ。カステラなら、腹保ちもいいし塾でのおやつに最適だろ? 」
兄の経営する塾では、途中でおやつタイムがある。市販のものが主流だが、たまに手作りもある。それが、子供たちだけでなく親御さんたちにも好評なので、週に一度か二度は作っているのだ。
「わかった、わかった。付き合ってやるからさ。」
「助かる。お礼にメシを奢るよ。」
「うん。」
とりあえず、兄の予定をクリアーしなければ動かない。昼は奢らせて、じゃあ、夜は俺が、という流れなら不審ではない。よしよし、と、考えていたら、玄関が開いて、カランカランとベルの音がした。
そのままトタトタと複数の足音がする。居間に現れたのは、いつも、兄とのスキンシップの邪魔をする邪魔な生き物たちだ。
「すまないな? 休みの日なのに。」
「構わない。」
べしょりとニールの膝に座りこむ無口な子供は刹那と言う。子供向けの学習塾は、すでに卒業している年齢だが、ニールに懐いているので、しょっちゅう、家に出入りしている。
「今日は卵か? 重いものはないのか? ニール。」
背中からしがみつくのは、ハレルヤ。こちらも大学生だが学習塾のOBだ。
「おやつ作るのも手伝うよ? ニール。」
さらに、ハレルヤと同じ顔の双子のアレルヤもいる。こちらは、さらに、あざとくニールの頬にキスをかましていたりする。
「俺も頭数にはなるだろうと、推参した。」
えらそうにふんぞり返っているのがティエリア。こいつは、高校生の年齢でスキップして、すでに博士の資格まで取得している天才さんだが、これもOB。そして、現在はバイトで学習塾の手伝いもしていたりする。
この四人が、ニールにまとわりついて、ライルの兄との距離を遠ざける天敵たちだ。
「ハレルヤ、コメ買いたいんだ。頼むよ。アレルヤ、カステラは体力勝負なんでよろしく。ティエリア、来てくれて助かる。」
で、兄は、とても嬉しそうに礼を言っているが、どう見ても、この四人、兄にディープな感情を抱いているとしか思えない。
・・・・兄さんは、親切だし綺麗だし・・・子供に人気があるけどさ・・・・・・
二人だけで出かけようと思っていたライルは、がっかりだ。だが、ここで退くわけにはいかない。
「今日は、俺が兄さんを独占するんだ。買い出しは行けばいいが、そこからは、俺が独占させてもらうぞ。」
「え? 別に一緒でいいだろ? ライル。」
「ダァーメッッ、今日は、『いい兄さんの日』って言って、いい兄さんをお祝いする日なんだ。あんたを兄と呼べるのは、俺だけだ。だから、俺が独占。」
さあ、おまえら、撤退しろ、と、睨んだら、ティエリアがメガネの弦を持ち上げてニヤリと笑った。
「きみは、愚かだな? ライル。本日は、勤労感謝の日で祝日だ。日ごろの勤労に対して感謝するために、わざわざ祝日設定をしている。『いい兄さんの日』などという非公式なイベントよりも、こちらのほうが重要なのは明らかだろう。俺たちが、ニールの勤労に感謝することを拒否する理由にはならない。」
ずばっと論説されると、ライルも反論が思い浮かばない。確かに祝日なのだ。そうでないなら、この四人が集まるはずもない。ちっくしょーとライルは睨むぐらいだ。
「はいはい、喧嘩しない。・・・・・ライル、その『いい兄さんの日』っていうのは、本物か? 」
パンパンと手を叩いて、事態を収拾するのは、ニールだ。膝に載せている刹那を抱えなおして尋ねてくる。うん、と、ライルが頷くと、ふーん、と、微笑んだ。
「じゃあ、買出しして昼飯食ったら、おまえらは解散。どうせ、明日も明後日も休みだから、適当に顔を出して
くれ。アレルヤ、ハレルヤ、カステラは土曜に作成するつもりだけどいいか? 刹那とティエリアは土曜から泊まりに来ていいぞ? で、ライル、午後から付き合ってやるから、それでいいだろ?」
子供たちのぎゃあぎゃあに、普段から付き合っている兄は慣れたものだ。適当に時間配分を発表する。
「別にいいけどよ。俺らも土曜から泊まりにしろ。」
「うん、それなら土曜は、僕らが腕を振るうよ、ニール。」
「了解した。」
「しょうがありませんね。ですが、ニール、あなたは実弟に甘すぎますよ? 双子で同い年の実弟の駄々っ子に付き合わなくてもよいのでは? 」
最後に鋭いツッコミが入っているが、ライルは、そんなことを聞いていない。兄が時間を空けてくれるだけで有頂天だ。
「まあ、そう言うなよ、ティエリア。ライルだって、働いてるんだ。勤労感謝してやってもいいんじゃないか? おまえさんたちは、昼飯奢るから、それでチャラな?」
「俺は、アップルパイ。」
・・・・なんだろ? デートの段取りか? なんで、あんなに暴れてるんだろ?・・・・・・
ずずっとカフェオレボールから、温かい飲み物が嚥下していくのを感じながら、ニールは、その鑑賞を楽しんでいる。せっかくの休日なんだから、デートなら出かけて相手と相談すればいいだろうに、とは考えている。
・・・・・食事だけっていうのもなあ。でも、一緒に出かけると、絶対に日用品のお一人様一点の点数稼ぎにされるし・・・・・・あーもーめんどー・・・・でもなあ、この日は、俺だけが兄さんとできるイベントだし・・・・・映画は趣味が合わないし・・・・あ、冬物バーゲンにつき合わせて、俺の趣味で兄さんを飾るって、どーよ? うん、いいんじゃね? 兄さん、服のセンスとか壊滅的だけど素材はいいんだ。素材は。・・・飾って、食事して酒呑んで・・・・・ちょっと小洒落たレストランとか予約するか・・・・・・いやいやいや、それじゃあ、デートだろ? そこまでしなくてもいいんじゃねーか? 俺・・・・・・・でも、日ごろ、弁当までしてくれてるし、たまには兄さんにも楽させてやったほうが・・・・和食のほうが喜ぶのかな・・・・・
当人は、気付いていないが、ぶつぶつと文句は口から零れている。本日は、11月23日で、「いい兄さんの日」 というものらしい。他のイベントは、余計な生き物たちが兄を独占するので、なかなか二人で楽しめないが、これだけは、ライルが独占できる唯一のイベントだった。ニールが兄なのは、ライルだけだからだ。
おおよその予定を考えて顔を上げたら、食卓の椅子に兄は座っていた。のんびりとオレンジページなんぞ捲っている。
「兄さん、これから付き合ってくれないか? 」
「ん? デートじゃないのか? おまえ。」
「違う。ちょっと冬物を買いたいんだ。荷物持ちをしろ。」
「いいけど。それなら、スーパーに寄ってもいいか? 今日、卵Lサイズパックが、お一人様98円なんだ。あれ、一緒に並んでくれよ。二回ぐらい。」
「・・・・・・うちの家計って、そんな逼迫してないだろ? 」
「いや、カステラを作ろうと思ってさ。あれ、ものすごく卵が必要なんだよ。カステラなら、腹保ちもいいし塾でのおやつに最適だろ? 」
兄の経営する塾では、途中でおやつタイムがある。市販のものが主流だが、たまに手作りもある。それが、子供たちだけでなく親御さんたちにも好評なので、週に一度か二度は作っているのだ。
「わかった、わかった。付き合ってやるからさ。」
「助かる。お礼にメシを奢るよ。」
「うん。」
とりあえず、兄の予定をクリアーしなければ動かない。昼は奢らせて、じゃあ、夜は俺が、という流れなら不審ではない。よしよし、と、考えていたら、玄関が開いて、カランカランとベルの音がした。
そのままトタトタと複数の足音がする。居間に現れたのは、いつも、兄とのスキンシップの邪魔をする邪魔な生き物たちだ。
「すまないな? 休みの日なのに。」
「構わない。」
べしょりとニールの膝に座りこむ無口な子供は刹那と言う。子供向けの学習塾は、すでに卒業している年齢だが、ニールに懐いているので、しょっちゅう、家に出入りしている。
「今日は卵か? 重いものはないのか? ニール。」
背中からしがみつくのは、ハレルヤ。こちらも大学生だが学習塾のOBだ。
「おやつ作るのも手伝うよ? ニール。」
さらに、ハレルヤと同じ顔の双子のアレルヤもいる。こちらは、さらに、あざとくニールの頬にキスをかましていたりする。
「俺も頭数にはなるだろうと、推参した。」
えらそうにふんぞり返っているのがティエリア。こいつは、高校生の年齢でスキップして、すでに博士の資格まで取得している天才さんだが、これもOB。そして、現在はバイトで学習塾の手伝いもしていたりする。
この四人が、ニールにまとわりついて、ライルの兄との距離を遠ざける天敵たちだ。
「ハレルヤ、コメ買いたいんだ。頼むよ。アレルヤ、カステラは体力勝負なんでよろしく。ティエリア、来てくれて助かる。」
で、兄は、とても嬉しそうに礼を言っているが、どう見ても、この四人、兄にディープな感情を抱いているとしか思えない。
・・・・兄さんは、親切だし綺麗だし・・・子供に人気があるけどさ・・・・・・
二人だけで出かけようと思っていたライルは、がっかりだ。だが、ここで退くわけにはいかない。
「今日は、俺が兄さんを独占するんだ。買い出しは行けばいいが、そこからは、俺が独占させてもらうぞ。」
「え? 別に一緒でいいだろ? ライル。」
「ダァーメッッ、今日は、『いい兄さんの日』って言って、いい兄さんをお祝いする日なんだ。あんたを兄と呼べるのは、俺だけだ。だから、俺が独占。」
さあ、おまえら、撤退しろ、と、睨んだら、ティエリアがメガネの弦を持ち上げてニヤリと笑った。
「きみは、愚かだな? ライル。本日は、勤労感謝の日で祝日だ。日ごろの勤労に対して感謝するために、わざわざ祝日設定をしている。『いい兄さんの日』などという非公式なイベントよりも、こちらのほうが重要なのは明らかだろう。俺たちが、ニールの勤労に感謝することを拒否する理由にはならない。」
ずばっと論説されると、ライルも反論が思い浮かばない。確かに祝日なのだ。そうでないなら、この四人が集まるはずもない。ちっくしょーとライルは睨むぐらいだ。
「はいはい、喧嘩しない。・・・・・ライル、その『いい兄さんの日』っていうのは、本物か? 」
パンパンと手を叩いて、事態を収拾するのは、ニールだ。膝に載せている刹那を抱えなおして尋ねてくる。うん、と、ライルが頷くと、ふーん、と、微笑んだ。
「じゃあ、買出しして昼飯食ったら、おまえらは解散。どうせ、明日も明後日も休みだから、適当に顔を出して
くれ。アレルヤ、ハレルヤ、カステラは土曜に作成するつもりだけどいいか? 刹那とティエリアは土曜から泊まりに来ていいぞ? で、ライル、午後から付き合ってやるから、それでいいだろ?」
子供たちのぎゃあぎゃあに、普段から付き合っている兄は慣れたものだ。適当に時間配分を発表する。
「別にいいけどよ。俺らも土曜から泊まりにしろ。」
「うん、それなら土曜は、僕らが腕を振るうよ、ニール。」
「了解した。」
「しょうがありませんね。ですが、ニール、あなたは実弟に甘すぎますよ? 双子で同い年の実弟の駄々っ子に付き合わなくてもよいのでは? 」
最後に鋭いツッコミが入っているが、ライルは、そんなことを聞いていない。兄が時間を空けてくれるだけで有頂天だ。
「まあ、そう言うなよ、ティエリア。ライルだって、働いてるんだ。勤労感謝してやってもいいんじゃないか? おまえさんたちは、昼飯奢るから、それでチャラな?」
「俺は、アップルパイ。」