私は君で、君は私のもの
いつもはまとめられていた髪は、今は結ばれておらず、長い髪が肩よりも下に流れていた。それを少しだけ邪魔に思いながら、トウコは息を吐く。
すると、その髪に優しく触れる男性がいた。背が高く、意思の強い瞳。黒いコートを羽織ったその男性は、トウコの髪に触れ、トウコの腰を掴んだ。その姿はまるで恋人同士のように見えたが、トウコは男性の手を払うと、距離をとり、言い放った。
「私が求めるのはあなたではありません。私が触れるのを許したのは一人だけです」
彼の目は意思が強い瞳をしている、と言った。だが、本当は違うのかもしれない。意志が強いのはトウコであり、彼の目は爛々としている、と言ったほうが正しい。
「Mr.インゴ。私に触れないでください」
トウコの目の前にいる男性、インゴは――獲物を追い詰める獣のように、トウコの前に立っている。
トウコという少女と、イッシュのサブウェイマスター・ノボリが付き合い始めたのは何年も前のことだ。挑戦者であるトウコと、ノボリ。その関係が恋人同士になり、そして、トウコが十七歳になった時、二人の関係は『婚約者』へと変化した。
だけど、クダリ曰く、二人の関係は何も変わっていないように見える、とのことだ。挑戦者と地底の王者の頃、恋人同士のころ、婚約者になった時、全部変わっているように見えない。すべてが延長でしかなく、お互いにお互いを尊重するため、変化が見られない。それは、決して悪いことではないが、良い事でもなかった。
トウコはノボリが好きだし、ノボリもトウコが好きだ。
でも、そこで終わってしまっている。それ以上を求めるのは過ぎた事だと思い込み、お互いに深く入り込もうとしない。
二人が恋人同士になれた経緯も、クダリたちのような他人が二人の溝を埋めたことだった。二人はお互いが好きなのに、トウコは『英雄』であることを気にしてノボリは『地下の住人』であることを気にして、深く入り込もうとせず、両片思いを続けた。
太陽の下で笑う彼女と、地下から出ようとしないノボリ。
二人が出会ったのは、トウコが地下に来たからだ。それは偶然かもしれないけれど、その偶然が二人を引き寄せ、二人の心をくっ付けた。
だけど、そんなに時間が必要な二人だから、お互いのことをあまり話さないし、「嫌われたくない」という気持ちから、好きなのに、遠い。近いはずなのに、遠くにいた。
婚約者になったのも、恋人同士の延長でしかないのかもしれない。
そんな時、海外からサブウェイマスターが来た。
正確には『サブウェイボス』と言って、ノボリクダリとよく似ている人である。所々似ているものの、相手は金髪だし、目の色も違う。ただ、ところどころ似ている。
自分たちは一卵性の双子に対して、サブウェイボスの二人は二卵性だった。
サブウェイボスのインゴとエメット。
この二人が、ノボリたちは好きではなかった。小さいころはたまに会って遊ぶことが会ったのだが、インゴはどうしてか『人の好きなもの』を好む傾向があった。
ノボリが大事にしていた模型を壊し、クダリの好きなおやつを奪う。そんなことをされたからか、二人は特にインゴを好んでいなかった。
「インゴ……! 何の御用時でしょうか」
いつも敬語で、婚約者のトウコにも『様』と付ける彼だが、幼いころから知っているインゴとエメットには『様』を付けず、睨みながらインゴに尋ねる。
すると、インゴは笑みを浮かべた。
エメットとクダリは子供のように笑い、ノボリは微笑むならば、インゴはいつだって何か一物があるような含み笑いをする。そして、その目は爛々と輝いている。右手で右耳のピアスを弄りながら、インゴは答える。
「本日来ると連絡があったでしょう?」
「……」
ノボリは口にしないが、内心舌打ちをしていた。
なぜかと言うと、今日来るのがインゴたちとは思っていなかったため、トウコに「サブウェイに来るな」と言っていないのだ。トウコはここの常連なので、絶対に来る。そして、この男、インゴは絶対にトウコに何かをする、と勘が告げていた。例え自分がトウコとの関係を教えなくても、絶対に分かるだろう。
「……では、データを受け取ったらすぐに帰ってください」
「おや、挑戦するのはいけないのですか?」
「貴方が挑戦したら、このバトルサブウェイの規律が乱れます」
サブウェイボスがバトルサブウェイに挑戦なんて、駅員や他の挑戦者が萎縮してしまうだけではないか。そういう意味で言い放つと、ふむ、とインゴは呟き、笑う。
自分と似ているが、全く違う。
「では仕方ありません。挑戦は諦めましょう」
口元に手を当ててインゴは笑った。その時だった。階段のほうから人が降りてくる音がしたので振り向くと、そこにはいつもと同じ格好をしたトウコがいた。
「あ、ノボリ――」
手を自分に向けて振っている姿を見て、ダメだ、と思った。
「エメット!」
「Galvantula」
デンチュラのかなしばりがトウコの動きを止めた。
「トウコ様!」
急いで走ったけれど、先に走っていたインゴがトウコを抱き上げるほうが速かった。にやり、と笑みを浮かべ、インゴは言う。
「この子が大事なら俺を追いかけてくるのですね? ノボリ」
そんな経緯で誘拐されたトウコは、いつもなら結んでいた髪をインゴに「気に食わない」と言われ髪ゴムを没収され、いつもの服ではなく、薄いながらもドレスを着せられていた。
「Missトウコ。一つ賭けをしませんか?」
「……賭け?」
「ええ。もし、ノボリが助けに来なかったら――」
その言葉にトウコは目を吊り上げて一言、ありえない、と言う。
「あの人が来ないなんてありえないから、その賭けは成立しません」
強い瞳、それにノボリも惹かれたのだろう。
でも、だからこそ、奪いたくなるのだ。
「では――――。夕方の五時までに、ノボリがこの場所を特定できなかったら、俺のものになってください」
奪いたい。
ノボリのもの、クダリのもの、人のものを奪いたくして仕方がないのだ。
一人ギアステーションに残されたエメットはノボリに押し倒され、殴られながら、頭の片隅で楽しんでいる自分に気づいた。
昔からインゴはノボリクダリのものを奪う傾向があり、それの片棒を担いでいたエメットだが、どんなに壊され、奪われても、クダリと違ってノボリは感情を見せなかった。おもちゃを壊されても、無表情に残骸を片付け、アイスクリームを奪われてもただ見ているだけ。そんな彼がやっと感情を見せたのは、あの少女を誘拐されてからだ。
インゴに追いつけなかった途端、ノボリはエメットを殴り、押し倒し、さらに殴った。その目は血走っており、やっと見せた怒りの感情だった。
「エメット……ッ!」
「ボス、それ以上やったら死んでしまうやろ!」
クラウドが止めるが、ノボリはもう一度殴る。
周りには乗客がいて、騒いでいたが、それはクダリたちが鎮めていた。だけど、サブウェイマスターが公衆の面前で人を殴っている、という事実は消えない。
「インゴはどこ行った? 言わなければ本当に殺しますよ」
その声はいつも以上に低く、殺意をこめていた。
すると、その髪に優しく触れる男性がいた。背が高く、意思の強い瞳。黒いコートを羽織ったその男性は、トウコの髪に触れ、トウコの腰を掴んだ。その姿はまるで恋人同士のように見えたが、トウコは男性の手を払うと、距離をとり、言い放った。
「私が求めるのはあなたではありません。私が触れるのを許したのは一人だけです」
彼の目は意思が強い瞳をしている、と言った。だが、本当は違うのかもしれない。意志が強いのはトウコであり、彼の目は爛々としている、と言ったほうが正しい。
「Mr.インゴ。私に触れないでください」
トウコの目の前にいる男性、インゴは――獲物を追い詰める獣のように、トウコの前に立っている。
トウコという少女と、イッシュのサブウェイマスター・ノボリが付き合い始めたのは何年も前のことだ。挑戦者であるトウコと、ノボリ。その関係が恋人同士になり、そして、トウコが十七歳になった時、二人の関係は『婚約者』へと変化した。
だけど、クダリ曰く、二人の関係は何も変わっていないように見える、とのことだ。挑戦者と地底の王者の頃、恋人同士のころ、婚約者になった時、全部変わっているように見えない。すべてが延長でしかなく、お互いにお互いを尊重するため、変化が見られない。それは、決して悪いことではないが、良い事でもなかった。
トウコはノボリが好きだし、ノボリもトウコが好きだ。
でも、そこで終わってしまっている。それ以上を求めるのは過ぎた事だと思い込み、お互いに深く入り込もうとしない。
二人が恋人同士になれた経緯も、クダリたちのような他人が二人の溝を埋めたことだった。二人はお互いが好きなのに、トウコは『英雄』であることを気にしてノボリは『地下の住人』であることを気にして、深く入り込もうとせず、両片思いを続けた。
太陽の下で笑う彼女と、地下から出ようとしないノボリ。
二人が出会ったのは、トウコが地下に来たからだ。それは偶然かもしれないけれど、その偶然が二人を引き寄せ、二人の心をくっ付けた。
だけど、そんなに時間が必要な二人だから、お互いのことをあまり話さないし、「嫌われたくない」という気持ちから、好きなのに、遠い。近いはずなのに、遠くにいた。
婚約者になったのも、恋人同士の延長でしかないのかもしれない。
そんな時、海外からサブウェイマスターが来た。
正確には『サブウェイボス』と言って、ノボリクダリとよく似ている人である。所々似ているものの、相手は金髪だし、目の色も違う。ただ、ところどころ似ている。
自分たちは一卵性の双子に対して、サブウェイボスの二人は二卵性だった。
サブウェイボスのインゴとエメット。
この二人が、ノボリたちは好きではなかった。小さいころはたまに会って遊ぶことが会ったのだが、インゴはどうしてか『人の好きなもの』を好む傾向があった。
ノボリが大事にしていた模型を壊し、クダリの好きなおやつを奪う。そんなことをされたからか、二人は特にインゴを好んでいなかった。
「インゴ……! 何の御用時でしょうか」
いつも敬語で、婚約者のトウコにも『様』と付ける彼だが、幼いころから知っているインゴとエメットには『様』を付けず、睨みながらインゴに尋ねる。
すると、インゴは笑みを浮かべた。
エメットとクダリは子供のように笑い、ノボリは微笑むならば、インゴはいつだって何か一物があるような含み笑いをする。そして、その目は爛々と輝いている。右手で右耳のピアスを弄りながら、インゴは答える。
「本日来ると連絡があったでしょう?」
「……」
ノボリは口にしないが、内心舌打ちをしていた。
なぜかと言うと、今日来るのがインゴたちとは思っていなかったため、トウコに「サブウェイに来るな」と言っていないのだ。トウコはここの常連なので、絶対に来る。そして、この男、インゴは絶対にトウコに何かをする、と勘が告げていた。例え自分がトウコとの関係を教えなくても、絶対に分かるだろう。
「……では、データを受け取ったらすぐに帰ってください」
「おや、挑戦するのはいけないのですか?」
「貴方が挑戦したら、このバトルサブウェイの規律が乱れます」
サブウェイボスがバトルサブウェイに挑戦なんて、駅員や他の挑戦者が萎縮してしまうだけではないか。そういう意味で言い放つと、ふむ、とインゴは呟き、笑う。
自分と似ているが、全く違う。
「では仕方ありません。挑戦は諦めましょう」
口元に手を当ててインゴは笑った。その時だった。階段のほうから人が降りてくる音がしたので振り向くと、そこにはいつもと同じ格好をしたトウコがいた。
「あ、ノボリ――」
手を自分に向けて振っている姿を見て、ダメだ、と思った。
「エメット!」
「Galvantula」
デンチュラのかなしばりがトウコの動きを止めた。
「トウコ様!」
急いで走ったけれど、先に走っていたインゴがトウコを抱き上げるほうが速かった。にやり、と笑みを浮かべ、インゴは言う。
「この子が大事なら俺を追いかけてくるのですね? ノボリ」
そんな経緯で誘拐されたトウコは、いつもなら結んでいた髪をインゴに「気に食わない」と言われ髪ゴムを没収され、いつもの服ではなく、薄いながらもドレスを着せられていた。
「Missトウコ。一つ賭けをしませんか?」
「……賭け?」
「ええ。もし、ノボリが助けに来なかったら――」
その言葉にトウコは目を吊り上げて一言、ありえない、と言う。
「あの人が来ないなんてありえないから、その賭けは成立しません」
強い瞳、それにノボリも惹かれたのだろう。
でも、だからこそ、奪いたくなるのだ。
「では――――。夕方の五時までに、ノボリがこの場所を特定できなかったら、俺のものになってください」
奪いたい。
ノボリのもの、クダリのもの、人のものを奪いたくして仕方がないのだ。
一人ギアステーションに残されたエメットはノボリに押し倒され、殴られながら、頭の片隅で楽しんでいる自分に気づいた。
昔からインゴはノボリクダリのものを奪う傾向があり、それの片棒を担いでいたエメットだが、どんなに壊され、奪われても、クダリと違ってノボリは感情を見せなかった。おもちゃを壊されても、無表情に残骸を片付け、アイスクリームを奪われてもただ見ているだけ。そんな彼がやっと感情を見せたのは、あの少女を誘拐されてからだ。
インゴに追いつけなかった途端、ノボリはエメットを殴り、押し倒し、さらに殴った。その目は血走っており、やっと見せた怒りの感情だった。
「エメット……ッ!」
「ボス、それ以上やったら死んでしまうやろ!」
クラウドが止めるが、ノボリはもう一度殴る。
周りには乗客がいて、騒いでいたが、それはクダリたちが鎮めていた。だけど、サブウェイマスターが公衆の面前で人を殴っている、という事実は消えない。
「インゴはどこ行った? 言わなければ本当に殺しますよ」
その声はいつも以上に低く、殺意をこめていた。
作品名:私は君で、君は私のもの 作家名:津波