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「とこしえの 序章」

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「とこしえの 序章」


 赤子は不思議と、このような状況でもすやすやと母の腕の中で眠っていた。
 暗闇の中に響くのは、3つの息づかいと、足早に進む3つの足音、それに、木をかき分け、落ち葉を踏みしめ、時折泥がざっとはねる、音のみ。
「・・・奥方、休まれますか?」
後方を行く、黒装束の男があまりに疲弊した様子の女性に声を掛けるが、その女性は声が出ない程に息が切れているにも関わらず気丈にも首を横にふり、木の根に足と取られながらも胸の赤子を落とすまいと、踏みとどまった。
 足音の乱れに、前を行くやはり黒装束の男が振り返ると、少しだけ眉をしかめて後ろの男に目配せすると、言った。
「赤子を抱いて差し上げろ、私は奥方を・・」
「はい」
それはこの黒装束の男たちの気遣いであったが、女性は頑としてそれを拒んだ。そして、より強く赤子を胸に抱きしめた。
「・・っそれはなりません!この、子はっ、私が抱いていなければ・・!」
息も絶え絶えいうと、さ、参りましょう、と二人を促した。
 足手まといだ、と言う言葉を先頭を行く男は飲み込み、先頭を行く男は短いため息の後、無理矢理担ぎ上げ、胸の子を取り上げて後ろの男に抱かせた。女性は暴れて拒んだが、仕方が無いと打ち身をして気絶させると、後ろの男にもう一度目配せして、また、その闇夜を駆け出した。
 恨まれる事よりも、母の愛よりも、優先される事があった。それは、この女性とこの赤子は、我が一族は身命を賭して守らねばならぬ、何者にも代え難き尊い存在といことだ。
 なんとしても、この敵陣を抜けこの二人を一族の隠れ里に送り届けねばならない。
 既に何度か襲われ、仲間は次々と倒れて行った。しかし、もうすぐだ。もうすぐそこに行けば二人を安全圏に送り届けられる。それで逃げるのは終わりではないだろうが、少なくとも後は里の長老たちが判断する事だ。
 だが、ことは上手くは運ばない。必死に逃げる程、敵も必死に追いすがって来る。ただ、一矢、この奥方を射て、取るに足らぬ赤子を奪ってしまえばそれで事が済むのだから。
 もうすぐそこまで行けば、里の者の手助けも受けられようというのに、もうすぐそこに敵の追っ手が迫っていた。

 女性が目を覚ました時には、黒装束の二人は居なかった。辺りは既に明るいが、それほど日は高くなかった。
 薄明るい中で、まず慌てて赤子の姿を探したがすぐ脇に寝かされているのを見つけて女性はほっと胸を撫で下ろした。その時、むずっと赤子が表情を歪めたので、女性は慌てて赤子を抱き上げ、乳房を取り出すとその口に含ませた。
 逃げはじめてから、物をろくに食べていないから乳が出るかが心配だったが、もにもにと赤子が口を動かして飲んでいる様子にほっと胸をなで下ろす。
 赤子は腹ごしらえを終えると、満足そうにまた眠りについた。
 なぜ、このような運命を背負って生まれて来てしまったのか。母は名をつける暇も無かった我が子を眺め、目が涙で曇るのがわかったが、慌てて顔を振った。鳴いている場合ではない。逃げなくてはならない。この赤子を守るために。
 自分を守ってくれていたあの二人は何処に行ってしまったのか。どうしようか、待つべきなのか、行くべきなのか。しかし、あの二人が居なければ道がわからない。
 女性が悩んでいると、がさりと音がして低い木立の影からよろめきながら黒装束の男が現れたので思わずびっくりして身をこわばらせたが、それがすぐに自分の後ろを走っていた男だと気がついた。
「あ、あの・・」
声を掛けると、黒装束の男はぐらりと片膝をついて、女性の前で倒れた。
「も、もし!」
赤子を一度おろし、女性は黒装束の男に寄って揺すったが、直ぐにそれがただ事でない事に気がついた。男に触れた手が真っ赤に染まったのだ。黒い装束は、全身が血に濡れていた。
 女性は慌てて男を抱き起こした。
「・・奥方、もう、お連れできません・・・」
「そんな・・何を・・・」
何度も首を振ったが、男の命が尽きようとしているのがわかった。
「・・・昼の時は太陽に向かって行ってください・・・もうすぐ川に着くでしょう。その川を超え・・・草原を抜けて・・・」
そこまで行って、男は咳き込み、血を吐き、苦しそうに喘いだ。
「何か、何か誰かに、伝えたい事はないのですか?」
女性は背中を擦ってやりながら静かに聞いてみる。この分ではこの男はもう助からないだろう。
 男は荒々しい息を整えて目を上げた。もう余り見えていないのか、あまりにうつろな色で、焦点も定かでなかった。
「里に、里の妻に子が・・もし、男なら、てつ、・・ひろ・・と」
「必ず、伝えましょう」
静かに伝えると、男は満足げに口角を微かに引き上げて目を瞑った。
 時が近い。
「そなたの忠勤、しかと胸に刻みました。我が子も永劫に忘れないでしょう」
その言葉を聞く事が出来たのか、男の力は徐々に弛緩し、熱を失って行った。
 女はその場に男を残して行く事をためらったが、赤子の笑い声にハッとし表情を引き締めた。女は小袖を脱ぐと男に掛けてやり、赤子を抱き上げて男の言われた通り太陽に向かって歩き出した。

 男がその場所を訪れたのは、ほんの偶然に過ぎなかった。
 ここはもう国境が近くて、普段なら滅多に来る事は無い。ただ、この日は里を歩き回っているとき珍しい蝶を見つけて追いかけて行くうちに、連れともはぐれてこの場所に行き着いた。
 男は、川沿いに出て汗をかいた顔を洗おうと水辺に近づいて、はじめは川音がそう聞こえたのかと思ったが顔を洗って手ぬぐいで水を拭っているとき、やはりどこかで赤子が鳴いている声がするのを確信した。
 聞こえるような距離に村は無い。誰か、里の女でも来ているのか。そう考えたが、男はすぐに自分の考えを否定する。このような国境に気軽に赤子を連れてこれる訳が無い。
 男はそっと立ち上がり、音を立てないよう耳を澄ませながら赤子の声を辿って歩きはじめた。
 声が岩にこだまして、方向を見失わせかけたが、男は無事に赤子を見つけ、同時にその傍らに女が川に足を浸したまま倒れているのも見つけ、慌てて駆け寄った。
 男はすぐに女の息があるか確かめ、ほうっと息を着いて、女を川から引きずりだして自分の着ていた上着を掛けた。
 薄汚れて疲弊しきっているようだったが、実に高貴そうな美しい女だった。
 さてどうるか、何か赤子を背負えるものはないか、男は辺りを見回していると、すっかり泣き止んだ赤子が目に入った。生まれて間もないだろうその赤子が、母を助けようと懸命に声を上げたのだといじらしく思い、胸に抱き上げた。
「ようやったぞ、そなたの母は私が助けるからな」
そう宣言したとき、遠くからはぐれた連れの慌てた声が聞こえて来て、男は、ここだ!と返事をした。すると間もなく、数人の男たちが到着して女を見ると、一度男に目を向けて命令される前にテキパキと女を運ぶ段取りを整え、あっという間に運んで行った。
 男は赤子を抱いて歩き出した。
 そして、ふと、赤子の顔を見る。
 あの女はどうしてこんなところで生まれたばかりの赤子と居たのか。明らかに逃げて来たという風だ。そして、それによってこの子は、どういう運命を背負っているのか。
「そなたは、吉兆か、凶兆か」
作品名:「とこしえの 序章」 作家名:のんびり