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「とこしえの 第一章 初陣(1)」

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「とこしえの 第一章 初陣(1)」


 菜護の国の季節は春だった。
 菜護の国の領民たちは寒い冬を乗り越え、温かくなる空気を感じながら鼻歌まじりに畑を耕し、種を蒔き育てる時期だ。子供は裸足で遊びはじめて、虫も草花も目を覚まして、動物たちも活発に動き始める。
 間もなく、菜護の国の領主である巽家が領土内を馬に乗って回って来る。種まきは順調か、土の具合はどうだ、川の魚の育ちがいいか、病気の者はいないか。事細かにこの国の領主は領民たちを気遣い、領民達はそんな国に生まれたことを誇りに思った。
 菜護の国は山々に囲まれた天然の要害により、小さいながらも独立した豊かな国だ。縁戚である東の大国、松浜の国を背にしてただ穏やかに過ごせる訳ではなかったが、菜護の国の武士たちの士気は高く、常に気概と知恵で乗り越えて来た。
 しかし、このところ、西の大国、間部の国の動きに不穏有りという話しは東方にも聞こえて来ていた。それに呼応するように、そこかしこで国境の小競り合いが群発。とうとうその余波は菜護の国にも及び国境に攻め入らんとする報が菜護の国にもたらされた。
 菜護の国は小さく天然の要害に囲まれた、難攻不落のしかし取るに足らない国である。手間がかかるが特に攻めたとて得する事も無い、そんな国だが、菜護の国は常に狙われ続けて来た。
 東の大国松浜の国を攻めるのに必要な地理的条件を満たしていたからである。
 それ故に、松浜の国はもし菜護の国の危機となれば縁戚を理由に援軍を送って来るだろう。だが、それは、菜護の国の土地を荒らされる事となる。兵の足は田畑を踏み荒らすだろう。兵の死体が土地を汚すだろう。荒らされた畑ではその年作物が育たず、蓄えをすべて出しても領民が飢える事になるのは目に見えていた。だから、領主と武士たちは、なんとしても国に攻め入らせずに独力で国を守る必要があるのだ。
 巽宗一。この菜護の国の嫡男であり、かつての『暴若』吉兆丸である。
 元服して宗一を名乗り、早3年を迎えてとうとう、初陣と相成りその報告と祈願に亡き母親の墓に参りに1人で向かっていた。
 母の名は、巴奈。屋敷で下働きをしていたのを領主である宗仁が見初めてそのまま妻とした女性で、間に二人の男子と1人の女子を生んで嫡男である宗一の元服も見ずに5年前に亡くなった。
 宗一は道すがらに花を摘み、山の中にひっそりと作られた巴奈の墓に近づくと、その異変に直ぐに気がついた。
 花が・・・・命日も、ましてや月命日も近くないのに、新しい花が手向けられている事に気がついた宗一は、その花を見て首をかしげた。
 里の者が誰か手向けてくれたのだろうか、と、宗一は思う。備えられたその花は、巴奈の好んだ白い小菊で、宗一はその花の隣に自分の摘んできた花をそっと置いた。
 巴奈は里の者にも非常に愛されていた。下働きの身分だった自分がたまたま領主の妻になっただけだからと言って畑仕事の後に一休みしている領民に差し入れをしたり、一緒に談笑したりと、大変に朗らかな性格をしていたからだ。特に気に掛けたのは、幼い子を無くした独り身の女性で、ある時突然生まれたばかりの子を連れて現れ里に住み着いたことから里の者も皆素性を疑い敬遠していたが、それも子を失った母の悲しみを思うと放っては置けぬと構わなかった。そう、哲博の母親である。
 巴奈が体を壊して自由に出歩けなくなってからは宗一も気に掛けて哲博の母親を見舞ったものである。しかし宗一は哲博の母親が苦手であった。子を無くした陰鬱さを今でも拭いきれずに15年たった今でも鬱々とひっそりと過ごしている。
 宗一は巴奈の墓の前にしゃがみ、頭を少し垂れて静かに手を合わせた。
 そうしていると、少しの風が、虫の音や鳥のさえずりまでもが巴奈が自分に囁きかけているようで心が和む。 
 『暴若』と言われ、里の子供たちを打ち据えて怒られた事もあった。哲博が居なくなって探すと言って1人で山深くに入り込みすぎて道に迷い二晩迷い歩いてやっと帰り着いたとき頬を打たれて抱きしめられた時を思った。
 そんな自分もとうとう初陣を迎える。とうとう武士として、領主の嫡男として一人前になる報告が出来た事を誇りに思えた。
 そんな母と子の語らいを引き裂く声が、後方から浴びせられたから、宗一は不機嫌に眉間に皺を寄せて後ろを振り向いた。それは屋敷の馬屋の下働きの少年で、右手には宗一の馬を引いて小走りでやってきて、手綱を掴んだまま片膝ついて頭を下げると宗一に言った。
「若様、お屋敷に客人がいらっしゃいました。若様をお迎えに行くようにと」
「間もなく出陣というこの時期に客人だと?」
不機嫌な声でそう答えると、馬屋番の少年はギクリとして硬直した。その様子に宗一はハッとして声を掛けた。この少年は用を言いつかってきただけなのだ。
「帰る」
「は、はい!」
少年から手綱を受け取ると、鐙に足を掛けてスラリと馬上の人となる。馬上より少年を見下ろした。
「大儀だったな」
言うと、少年は慌てて平伏した。
「と、とんでもありません。若様」
その様子に思わず吹き出しそうになった。どことなく少年があの哲博に見えたのだ。あの男も小さいながら懸命に敬語で話そうとしていた。
 宗一が手綱を引き締め、馬の腹を軽く蹴って合図をすると、二歩目で駆け足になった。木の間の道を駆け抜ける。乾いた土は馬の蹄でふわりと土ぼこりを巻き上げた。
 哲博が生きていれば、今頃どうして居るだろう。あの泣き虫は、自分の初陣をどうやって見送っただろうか。あの少年を見て、幼い日に居なくなった哲博の面影を思い出した。
 恐らく、自分の側に居たいと、へっぴり腰で刀を構えたかもしれない。小さい体に甲冑を付けて、自分の後ろに立っていたかもしれない。生きているのか、生きていないのかわからないが、それでも後ろにあの男がいたら心強かった事だろう。前ばかり気に留める事無く、後ろも気にしていなくてはならずに、戦いどころではなかったかもしれない。
 馬上で風を受けながら、想像して口元に笑みが浮かんだ。
 とにかく今は屋敷に急がねばならない。この時期の客とは、恐らく戦と無関係ではあるまい。

 宗一は門の前で馬上より飛び降ると、駆け足をして鼻を大きく開けて息をしている馬の首を二回叩いてねぎらい、出迎えた屋敷のものに任せて屋敷に急いで飛び込んだ。
 待ち構えていたようで、守役の慌てた顔が現れて宗一に駆け寄った。
「若、お客人が・・・」
「知っておる。そう聞いて戻ってきたのではないか」
鬱陶しくて、男を押しのけると廊下を足音を立てて、領主が接客しているだろう居間に急いで渡った。
 外に面したその部屋は、領主が主に外の人間と会う時に使う部屋だ。二間続きで、広さはさほどでもなく畳敷きの質素なものだ。
 宗一が大股でその居間の前の廊下に到着すると、宗一が声をかける前に領主の宗仁が声を掛けてきた。
「宗一、待ちかねたぞ、それ、入って座りなさい」
宗一は宗仁を一瞥して菜護の国の若の到着に慌てて頭を下げた客人と思われる二人連れの方にも目をやった。顔は見えない。