大佐、逮捕される。
「ったく、気をつけろよ、ペン先とか潰れたらどうするんだ。」
「慣れない体で距離感がつかめなかったんだ。」
「お前なぁ、どうしてそうなったかよく考えてから、もの言えよっ。
全部自分がしでかしたことじゃねぇか。」
どうしてこの大佐は、いつも悪びれないんだか。文句を言いつつも、俺は傍に落ちた万年筆を拾った。念のため字が書けるかどうか確認したら・・・全く書けない。紙にはインクの跡がまるでつかない。
「ほら見ろ、落としたから・・・いや・・・なんかこのペン、重心が変だ。」
ペン先を取って分解する。中から紙片が出てきた。
思わず全員で覗き込んで・・・・沈黙する。
『将軍の車の助手席の下』
小さな紙片にはそれだけ書かれていた。
・・・なんだコレ。まさか、将軍の悪事の証拠、そこにあるとか。
普通、悪事の証拠をその人の近くには隠さないだろう。コッカー中佐、結構バクチ打ちだったんだな。・・・本当に、惜しい。生きているうちに会いたかった。こんな大胆な隠し場所を考える人に。きっと、大佐をギャフンって言わせることもできるくらいの人だったろう。
こうして、ハクロ将軍を釣る布石は完璧に揃って・・・あとは釣り上げるだけの話だった。
―――――
無事に真犯人が逮捕されて、俺はすぐに留置場に向かった。
大佐の姿をしたアルを迎えに行くためだ。
地下に降りた俺は、すでに鉄格子の外に出ていたアルを発見する。
「ア・・・大佐っ!!」
「に・・・じゃなかった、エ、エド。大佐の無実、証明できたんだね。」
「あぁ、真犯人を捕まえたからな。・・・大丈夫だったか?」
「うん、心配性だなぁ。牢に居たっていっても1日もなかったじゃないか。
それに取り調べる人も見張りの人も、みんないい人たちだったよ。」
アルらしい意見だが、それを邪気のない笑顔で・・・大佐の顔で報告されると違和感がある。特に、今日は邪悪なアルと一緒だったからか・・・純粋な笑顔が眩しすぎて直視できない。微妙に視線をずらしつつ、同意した。
「・・・そうか。」
廊下を進む大佐姿のアルに、見張りの兵のおっさんが、また来いよ~と手を振る。
笑顔でアルも手を振っているが・・・縁起でもないこと、笑顔で言うなよな。
――――
真夜中の逮捕劇の前に、薬草を取りに行っていたナギとは連絡が取れていた。
セントラルに呼び出されたナギが、大佐とアルの双方を見て、また呆れていた。
「本当にクセになっても知らんからな。」
「僕は巻き込まれたダケですっ!!大佐が・・・」
「今回は、非常事態だったんだ。」
「事故ではなく?故意にしたということかな、それは。」
「うっ・・・そうだ。」
「ふ~ん、知っているか?魂と体を入れ替える錬金術、えらく疲れるんだぞ。記憶の錬金術と同じくらいに。・・・何か言うことは。」
「・・・すまないが、宜しく頼む。」
「北部の軍の説得は?」
「まだだ。・・・必ず近日中に連絡を入れる。」
ジーっとナギがアルの姿の大佐を見つめる。
おぉ、大佐がひるんでいる。すごいぞ、師匠。困っている大佐を見るのは久しぶりだ。
「・・・3日以内だ。」
「ま、それで手を打とう。じゃ、準備するか。」
ナギが適当な広さの場所で剣を投げて錬成陣を描く。相変わらず見事だ。
後は夜明けを待つだけだ。
「あ~まったく、とんでもねぇ一日だった。」
「そうだね、ホテルで電話受けたの、まだ今日の朝のことだったんだ。なんだかすごく前のことみたいだけど。」
「だよなぁ。はぁ、ナギがいないときに限って、いっつもこんな目にあっているような・・・」
っていうか、ナギがいないとき限定で俺たち大佐と関わってエライ目にあっているような・・・はっ!?もしかしたらナギは大佐避けかもしれない。今度から、ナギの薬草取りには絶対に着いていこう、そうしよう。そんでセントラルにいるときは、絶対ナギから離れないでいよう。
「何を考えているんだ、鋼の。」
「いや・・・師匠の偉大さを再確認してたんだ。」
「?――何か良からぬことを企んでいるのかね。」
「大佐にだけは言われたくないセリフだな、おい。」
肩をすくめるアルの姿の大佐に、そういえば言っておきたいことがあることを思い出した。
大佐姿の大佐のとき・・・日本語がおかしいが、とにかく元に戻ったら絶対言えないようなことを、まだアルの姿のときなら言える気がする。
「間に合ったよ。」
「・・・?何がだ?」
「だから・・・その・・・大佐だよ。」
「そうだな、裁判の前に無実が分かって・・・」
「ちがう、そうじゃなくって・・・その・・・不死の軍団に襲われたとき、大佐は間に合った。俺たちが助かったのは、大佐が中尉と一緒に助けにきたからだ。」
大佐が軽く目を見張る。ノックス先生のところで遺体を見たとき・・・あの呟きを聞かれていたのか。
「それだけじゃない。スカーに襲われたときも。あのホムンクルスの親玉が地上に出た時も、大佐たちの援護があったから追い詰めることができた。大佐は・・・その・・・俺らのときはちゃんと間に合ってるから。それだけ、言いたかったんだ。」
ぼそぼそと言ってアルの姿の大佐の顔を見ないように、錬成陣から離れた。
大佐は・・・ちょっと驚いた顔をしていたと思う。
―――らしくないことをした自覚はある。今回のこととヒューズ中佐のことで、大佐が後悔しているんじゃないかと思ったから。一応、事実を伝えたまでだ。
「エドワード、もっと離れろ。お前が巻き込まれたらどうなるかわからん。」
「わかってるよ。」
ナギに注意されて、一層錬成陣から離れることができた。
もう大佐がどんな表情をしているかわからない。
夜明けだ。
この錬成反応を見るのは何度目だろう。
朝日に照らされて、朝焼けのような光に包まれて・・・アルと大佐は元に戻った。
錬成陣の真ん中に立つアルと目が合う。
考えていることは同じだ。
俺もアルもツカツカと錬成陣の中にいる大佐に近寄る。
「「ゴンっっ!!」」
思いっきり、大佐の頭に二人でゲンコツをくらわした。
「ったーーっ!!何をするっ!?」
「それはこっちのセリフだっ!!」
「そうですっ!!代わりに牢屋に入れるなんてヒドすぎますっ!!」
「だから、最初に謝ったではないか。」
「そういう問題かっ!?事件は解決したんだっ、早速借りを返してもらおうか。」
ふっふっふ、何をやらせよう。積年の恨み、今ここで晴らしてやるっ!!
とりあえず、3回、回ってワンって言ってもらおうか。
「あぁ、それなら先ほどの話とチャラということにしてもいい。」
「はぁっ!?」
「私はどうやらキミに貸しがあったみたいだ。さっき気づいた。お互い貸し借りがない方がいいだろう。さっきの話と今回の騒動、それでチャラということで。」
にっこりと大佐が笑う。それはそれは・・・腹黒い笑顔だった。
「こ・ん・の・あ・ほ・大佐ぁぁぁぁーーーー!!」
こんな一方的に巻き込まれて、アルは牢屋にまで入って、それがチャラだなんて。
大人なんか大っ嫌いだ。
「もう、二度と大佐の呼び出しになんか応じるもんかぁぁっ!!」
了