大佐、逮捕される。
「いや、それが近くまで行ったんだが・・・ちょっと近寄れない雰囲気で、会わずに帰った。」
「近寄れない雰囲気?」
「あぁ。見張りの兵と話し込んでて・・・泣いてたんだよ。」
「アルがか!?」
「いや、見張りの兵のおっさんが。」
「・・・・は?」
「なんか、鉄格子越しに泣いている見張りの兵のおっさんの肩をたたいて、親身になって励ましている最中で・・・近寄れなかった。」
アル・・・お前、何してんだ?見張りの兵のおっさんを励ますって・・・一体!?
「とりあえず、拘留中の大佐の心配はいらんということだ。」
アルの姿の大佐が断言する。・・・確かに心配するような状況ではなさそうだ。
「さて、諸君。久々に釣りをするか。
狙うはハクロ将軍――ただ一人だ。」
机に肘をつき、顔の前で両手を組むアルの姿は・・・悪巧みをする大佐そのもの。
だが、悪寒を感じないし、鳥肌も立たない。
ヤベェ・・・だんだん、このアルに慣れてきたかも。
―――――
コン コン
「失礼します。」
「これは、ホークアイ中尉・・・君がこの部屋に来るとは何事かね。今、何かと忙しいのでは?」
「お久しぶりです、ハクロ将軍。お気遣い、ありがとうございます。
実は、コッカー中佐から大佐宛に郵便物が届いているのですが、ご存知のとおり大佐は拘留中です。それで、直属の上司のハクロ将軍にお渡した方がいいかと思いまして。」
そう言って、中尉は茶色の封筒をハクロ将軍に差し出す。
ハクロ将軍は、少し息を飲み、わざとらしいほどの満面の笑顔でそれを受け取った。
「わざわざすまない、ありがとう。・・・中は確認したかい?」
「いえ、コッカー中佐があんなことになったので、中は確認していません。
確認した方がよろしかったでしょうか。」
「いやいや、こちらで確認するよ。」
「では、失礼します。」
きれいに敬礼をして、ホークアイ中尉は無表情に部屋を退出した。
ハクロ将軍は、笑顔でそれを見届けた後、ドアが閉まると同時に急いで封筒の封を切る。
中身は数枚の資料で、――内容は何の変哲もない備品台帳だった。
しかも大した備品ではなく、ヘルメット、土嚢の数などが延々と書いてあるだけの表。
これをコッカーがマスタング大佐に?
・・・しばらく、備品の一覧を見ていたハクロ将軍が気づく。
これがどこの備品台帳か。
―――それは、第13倉庫のものであった。
――真夜中。
軍司令部から少し離れた倉庫街・・・その中でも一番端にある第13倉庫に明かりも付けず、明らかに人目を避けている車が、一台そっと横付けされた。
その車からランプを下げた男が一人、降りてくる。
男が第13倉庫の入口に立った途端、急に真昼のように辺りが明るくなった。
男を中心に、いくつもの明かりが照らされる。
「そこまでだ、ハクロ将軍。」
「誰だっ!!」
そういえば、名乗れないんじゃないか、アルの大佐。
――大佐もそのことに思い至ったらしい。
「中尉、後を頼む。」
「あなたという人は・・・我々です、ハクロ将軍。ロイ・マスタング大佐の部下です。」
ハクロ将軍に当てた照明のそばには、ハボック少尉、ブレダ少尉、ファルマン准尉、フュリー曹長、そしてホークアイ中尉とアルの姿の大佐がいた。
「あぁ、逮捕された大佐の部下か。・・・何の用だ?」
「えぇ、あなたの代わりに逮捕された大佐の部下です。コッカー中佐を殺したのはあなたですね。」
「何を証拠にそんなことを言い出すのかね。」
「証拠ならココにあるぜ。」
ハクロ将軍が大佐たちに気を取られている隙に、俺は将軍の車に近寄った。
鍵もかけていない車の助手席の下に手を伸ばす。
――あった。
想像したとおり、そこには茶色の封筒が貼り付けられていた。
勢いよくそれをはがして、車の外へ出す。
中を確認すると・・・ビッシリと数字が書かれた帳簿だった。
「これだろ、あんたが探してたの?コッカー中佐が掴んだ不正の証拠だ。
――あんたが、中佐を殺してまで手に入れたかったな。」
「そんなところにあったのか・・・はっはっは、バカにしやがって。
やはり殺して正解だ。あの男も、お前たちもなっ!!小僧、その封筒をこっちによこせっ!!」
ハクロ将軍が銃を構える。照準が俺に合っているようだが、全く怖くはない。
この人数にその一丁の銃でどうしようと言うのか。
悪あがきをする将軍を見て、いっそ哀れに思える。
そして、こんな小物に殺されたコッカー中佐を、本当に惜しく思う。
バチっ
バンっ
「うわぁぁぁっ!!」
小さく指が鳴った直後、ハクロ将軍が構えた銃が燃えた。
いや、爆発したという方が正しいか。まるで暴発したかのような勢いで銃は燃える。
ハクロ将軍の腕は血だらけで、痛さに転げまわっている。
その姿を、手に発火布の白い手袋をしたアルの姿の大佐が、冷ややかな目で見つめる。
また、大佐が指を構える。
「やめろっ、もう銃は撃てない。」
大佐は、冷ややかな視線を将軍から俺に移した。
「鋼の。貴様も聞いていただろう。コッカー中佐がどのように殺されたか。
・・・こんな痛みではなかったはずだ。彼が味わった苦しみは。」
「だからって、同じ痛みと苦しみを与えて殺す気かっ!?
ここでそいつを殺せば、そいつの狙い通り、大佐は人殺しだ。そんなこと、誰も望んでいない。
第一、今あんたが人を殺したら、アルが逮捕される。そんなことは絶対に許さないっ!!」
大佐はゆっくりと手を下ろした。
「・・・わかっている。――単なる私の感傷だ。
中尉、軍に連絡を。幸い近くだ。すぐ駆けつけて、そこの小物を逮捕してくれるだろう。」
「はっ」
普段は人気のない倉庫街が騒然となって、ようやくコッカー中佐を殺した犯人は逮捕された。
―――――
時は少し遡る。
コッカー中佐が何を調べていたのか。ハクロ将軍が探している証拠をどこに隠したのか。
もしかしたら、大佐に渡したメモにヒントがあるかもしれない可能性に気づいた。
早速、アルの姿の大佐が、大佐の自宅に戻ってそのメモと万年筆を持ち帰った。
メモは確かにコッカー中佐の自宅と電話番号が書かれていたが、他には何もなかった。
裏側とか、隠された文字の跡とか、暗号なのかとか、いろいろ調べたが何も出ない。
「う~ん、コッカー中佐くらい情報通なら、自分の身に危険が迫ったときの保険くらいかけているもんだと思ったんだが。」
ブレダ少尉が残念そうにメモを見る。
「まだ大佐信用されてなかったんっすかね~。」
「ハボック、当たり前だ。私と彼は、昨日会議で会っただけだぞ。信用も何もあるわけがなかろう。」
「そうっすか~。はー、どこにあるんでしょうね、ハクロ将軍が探しているものって・・・ところでその万年筆は?」
「あぁ、これは私のものではない。このメモを貰ったとき、どうやらコッカー中佐から一緒に受け取ってしまったようだ。」
「あ~、そういうこと、よくありますよね。」
フュリー曹長が答える。
「でも、それ、相当年季が入っているもんじゃないのか?」
俺の言葉に、大佐が頷く。
「あぁ、長年愛用している品らしい。これはご家族に返さないといけないな。」
よく万年筆を見ようと大佐が持ち上げた時、万年筆が大佐の手から落ちた。