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謀(はかりごと)

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紅茶カップを手に立つその男は、細長いシルエットのまるで貴公子のようだ。黒のタキシードにグレーのベスト、ウイングカラーの喉元に灰色のアスコットタイを結び目を見せ締めている。それは無造作に肩にかかる黒髪と相まって、正装から少し外した感じが返って慣れているようで様になっていた。
蜜に群がる蜜蜂の如く、周りには自然と着飾った女性達が集まりそれとなくダンスの誘いを待っている。何処か気怠げな喋り方でそれらと適当に会話を楽しみながらも、しかし男からダンスに誘う気配はなかった。
長い前髪の間から濃い緑と青の混じった瞳が見詰めるのは、離れたところに居る一人の人物。
薄い紫のドレスに金色の巻き髪。彼女には、先ほどまではこの城の宰相が熱心に話しかけていた。そして今は遊園地のチェシャ猫と侯爵が親しそうに談笑中である。
その存在に最初に気付いたのは、隣のテーブルで時計屋と一緒に居た騎士が無理矢理に勧めるカクテルを固辞しているのを見たからだ。役持ちが顔無しに執拗にちょっかいを掛けるなど非常に珍しいことだと思って見ていれば、今度は時計屋が二人の間に割って入り騎士を窘ているようだった。
(庇ったのか? 時計屋が?)
その隙に逃げ出そうと振り向いた女の顔が鮮明に視界に入る。

――― 顔がある。

この世界でそれは重要なことだ。顔がはっきりしているのは十二人の筈だが、もしかするとあれが噂に聞く『余所者』なのか。


夕暮れのバラ園で、向かい側に座り紅茶を飲む姉が急にニヤニヤと笑い出す。

「何だ、気持ち悪いな。」
「ふふ・・ お前、余所者を知っておるか?」
「聞いたことはある。それが如何したんだ。」

それ以上は何も言わない意地悪な姉に、せっかく用意した極上の紅茶を楽しむ気分が台無しになったのはいつのことだったか。自分の耳に姉の言った『余所者』の噂が飛び込んできたのは、その直後だった。
腹心と門番たちが、時計塔に余所者が居るらしいと聞きつけた話をしてくれたのだ。年齢不詳の少女との情報に、門番共の目が光っていた。


今、目に映す彼女が件の余所者ならば、自分が想像していたよりも遥かに大人だ。遊園地に行くにも時計屋が同行するという下りからてっきりツインズと同じくらいかそれよりも年下の子供だと思い込み、子供には興味もなかったので詳しく調べもさせなかったのが悔やまれる。遅蒔きながら今からご挨拶でもと思い立つと、自分の周りに集まってきていた蜜蜂達に直ぐに戻ってくるからと言いながらその場を後にした。
ゆっくりと大勢の人の波を掻き分け、時々見失う細い影を追う。何処に向かうのか、様子をみながら声を掛けるタイミングを狙っていたが、如何やら舞踏会の会場の外に出るつもりらしい。
(好都合だ。)
自然笑みが零れる。それは貴公子然とした彼には似合わない類のものを垣間見せた。急に歩幅が大きくなる。先に人ごみを抜けた彼女が、小走りに庭への階段を下りてゆくのが見えたからだ。ドレスの裾を持ち何処へ急ぐのか、誰かと待ち合わせているのならばその前に引き止めなければ厄介なことになる。

「お嬢さん。随分とお急ぎのご様子だが、貴女の落とし物ではありませんか?」

そう声を掛け、先を行く彼女の足を止めた。ポケットから小振りの扇子を取り出すと彼女に見せる。勿論違うと言われるのは承知の上だ。振り向いた彼女にゆっくりと近寄り手に握った小道具を見せる。それを注視する彼女。それは、先ほど近くに居たグラマラスな女が秘かに握らせてきたものだった。言葉ではなく小道具で誘う。それに乗るのならば、何気なくテーブルの上に置き、取りに来た女が落とした振りで礼を言い、会話の切っ掛けにする。今は、その逆をしようというわけだ。

「何処に落ちていました?」
「そこの階段を降りたところに。」
「そう・・ ありがとう。」

彼女は自分の物でもない扇子を受け取ると、礼もそこそこにまた先を急ぐ。女の気を引く容姿には自信がある此方の顔さえも見ようとはしなかった。取りつく島もない。他者に全く興味を持たない程に彼女の心を掴んだと思われる相手の顔を思い浮かべ殺意が湧いてきた。
(私を凌ぐなど気分が悪い。)
気分は最悪だが、相手を知らねば獲物は手に入れられない。そう思いながら後を尾ける。後ろを振り返り確認すらしない彼女を追尾するのは簡単だ。彼女は城の喧騒が届かなくなる頃に垣根の一角を曲がり消えた。


照明の少ないこのあたりの薔薇は赤を闇に溶かし、鮮やかなはずの緑の垣根はしっとりと夜露に濡れ、精彩を欠いて夜に佇んでいる。その中で低い声が二つ何を話しているのかは聞こえないが、会話をしていた。
暫くするとそれは会話の声ではなく甘えるような喘ぐ声に変わる。自分が出させる声ならば気分も良いが、他人の手によりよがる声など気分が悪いだけだ。さっさと踏み込むに限る。

「お楽しみのところを失礼。」

邪魔者の声に、エメラルドの酔ったような瞳がこちらを見上げた。その瞳に一瞬で酔いが醒め理性の光が宿る。驚愕と酷い羞恥だ。

「・・先・・・せ・い・・?」

一度合った視線は直ぐに逸らされ、彼女は俯き、此方に背を向ける逢瀬の相手から身を離し狼狽えていた。既にドレスの両肩がだらしなく腕の方へ落ちているのを手で押さえながら、俯き震えている。露出した肌のそこ此処に赤い口紅が付いて、先ほどの喘ぎ声の主を教えていた。この手から持ち去った赤い扇子が草の上に落ちている。

「如何して此処に!? 嫌!嫌っ!! 見ないで!」

その声を無視して近づく闖入者。パニックになり逃げ出そうとする彼女の薄紫のドレスを抱き止めて宥めながら振り返った声が咎める。

「貴様、無礼であろう。何ゆえこのようなところにおるのじゃ!」
「これは心外なことを仰る。私は此処へ招待され来たまでのこと。」

低く抑えられたそれは何者も逆らえない支配者の響きを備えているのだが、無礼な男は動じることも怯えすら見せずに立っていた。立って、支配者を見下ろしている。その顔には酷薄な笑みがあった。
無礼なと言ったその声の主が意図的にこの私を誘ったのだ。そう言い返すと、真っ赤な唇の両端が吊り上がる。哂いを含む声が空と惚ける。

「何のことじゃ、わらわにはわからぬ。それより早う立ち去らぬか、無粋であろうが。」
「無粋も何も、貴方が許可しなければ、私のような者などこの一帯には近寄れもしないでしょう? ねえ、女王陛下。」

そう言うと無遠慮に真っ赤なドレスの側に屈み込んだ男は、余所者の耳元に囁いた。

「君に会いに来たんだ。アリス。」



二人の領主の気が済むまで夜は続けられ、長い長い舞踏会に招待客は疲れ果てるまで踊り、酔い潰れるまで飲み明かし、秘め事を貪った。秘密の絆により結ばれた存在に存分に嬲られたか弱き者は、赤の領主の膝に安らかにな寝息を立て眠る。



作品名:謀(はかりごと) 作家名:沙羅紅月