MuV-LuV 一羽の鴉
そう言いつつ、香月の後ろに控えている二人の女性に目を向ける。
赤色の髪の女性と金髪の女性だ。
「気にしなくていいわよ。私の部下だから」
手のひらをひらひらと揺らしながらそう答えてきた。
後ろにいる二人の服装からして軍人で間違いはないようだが…規律などが嫌いな人間なのだろう。と、勝手に自分の中で解釈する。
「…分かった。それなら」
「待って。まさか此処で説明させる気?」
…先程俺は此処が何処かの基地と言ったが、具体的にいえばその基地の格納庫の中だ。
確かに此処で説明しろと言うのは…俺が悪いか。
「すまない。頭の中が混乱していてな…許して欲しい」
俺がそう言うと香月は目を大きく開き、驚いたかのような表情をとる。
「へぇ…意外ね。まぁいいわ。付いてきなさい」
何が意外なのかは理解出来なかったが…大人しく香月の後に付いていく。
最後に自らの愛機であるACを傍目で見てから、格納庫を後にした。
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「此処とは違う世界…これしかないんじゃない?」
香月から告げられた結果は自分の耳を疑ってしまうような言葉だった。
此処とは違う世界。
そんな存在は考えもしなかったし、あるとも思っていなかった。
だが香月からそう言われた事で、内面納得している自分もいる。
見たこともない構造物に空模様。そしてBETAと言う外来生物。その全てが俺の知りえないものだった。
「…なら俺はどうすればいい?」
俺の疑問は最もなことだろう。
既に前の世界と呼べる世界では、俺の居場所は既に消えた。
そこで追い討ちをかけるかのように送り込まれた異なる世界。
俺の居場所はどこにある?否、異なる世界に俺の居場所などあるわけがない。自分の知らない人間に知らない土地。どう生きればいいかなど俺にはわからない。
…一人で生きようと思えばできないことはない。前の世界でもそうして生きてきた時はあったのだから。
「切り替えが早いわね。…そうね、私の下で働く?」
「あんたの下で?…俺にとっては好都合だが、それでも条件がある」
「何よ、言ってごらんなさい」
不敵に笑う香月。
「衣食住の確保。俺の身の保証。そしてACの整備態勢を整えてもらいたい。ACの構造を調べるのは構わないが、お前らには使えないだろう」
「そのくらいなら構わないわ」
案外すんなり了承してくれたことに安堵の息を零す。
…この女性は予想以上に上の立場の人間なのだろう。
軍属に所属する人間がこうも簡単に一人の人間の生活を確保できる訳がない。
この世界の情勢は知らないが、香月から簡単に聞いた話だけでもかなりきついと言う事だけは俺にも理解出来た。
「で、あのACって言う機体だけど、何故私達には使えないのかしら?」
「簡単な話だ。生身の人間でACの機動についていくのには無理がある」
「…確かにそうね。レーダーで捉えたあの機体の速度は異常なものだったし。でも、それが使えるってことわ」
「ああ。あんたの思っている通り、俺は肉体の改造を施している」
ACには誰もが乗れる訳ではない。
あの機動についていくだけの反射能力と操作適正が基準値を超え、更に肉体改造に耐えうるだけの肉体を持つ人間だけが乗る事ができる。
「そ、ならあの機体はどうでもいいわ。使えない物には興味ないし」
普通の人間に使えないと分かった瞬間に興味をなくす香月。割り切りの早い人間だ。
興味のないものには興味を向けない。使えない物は使えない物と直ぐ様切り捨てる。軍の人間に向いている性格だろう。
「だが本当にACのバックアップは可能なのか?あんたらの言う戦術機とはかなり構造が異なる筈だが」
この世界にもACと似た機体はあるようあが…その性能はACと比べて天と地程の差がある。
そんな機体がACと同じ構造とは、とてもじゃないが思えない。
「まだ分からない、とだけ言っておくわ。何しろ違う世界の機械なんですもの。貴方もそのくらいは覚悟してるでしょ?」
「一応はな」
「まぁ出来うる限りの整備はするつもりだけど…」
そう言ってもらえるのはありがたいが…一つだけ無理だ、と思える物がACには積まれている。
コジマ粒子と呼ばれるエネルギーであり、ACを動かすのに必要なエネルギーだ。
当然あの速度を生み出すエネルギーなのだから、その密度は膨大なものであり、従来のエネルギーとは比べ物にならないだろう。
もし、この世界でコジマ粒子を見つけれる事が出来たのならばBETAにも勝てるだろう。そう言わせてしまう程にコジマ粒子は巨大な力を秘めている。
が、その変わりにコジマ粒子には最悪の欠点がある。
メリットにはデメリットがあるように、コジマ粒子にもそれは存在する。それは地表の汚染だ。
使えば使うほどに汚染されてゆく地球の地表。前の世界が腐っていったのもコジマ粒子の存在が大きい。
そんなコジマ粒子に変わるエネルギーを香月は用意できるのだろうか?当然そんな疑問が湧き出てくるが…今は任せるしかないだろう。
「まぁ話としてはこんなもんね。貴方の異世界云々については私の方で調べておくから心配しなくていいわ」
「…その必要はない」
「あら、どうして?もしかしたら前の世界に帰れるかもしれないのよ?」
先も言ったが…前の世界に俺の居場所はない。
もし前の世界に帰れたとしても、そこに有るのは逃亡の日々だ。唯一の心残りとしてはスミカの事があるが…あいつなら俺がいなくても生きていける。寧ろスミカの足を引っ張っていたのは俺の存在なのだから。
「俺は既にこの世界の人間だ。この世界で生きていく事だけを考えればいい」
「へえ、いい心がけじゃない。でも異世界云々の話はこっちで調べさせてもらうわ。私も興味がない訳じゃないからね」
結局は自分の興味、か。
まぁ香月の興味の範囲で調べるなら俺には関係ない。勝手にやってくれればいい。
そう思っていると香月は座っていた椅子から腰を上げ、近くにあった機械の電源を入れる。形から察するに通信機の類だろう。
「伊隅、私の部屋に来て頂戴」
「了解しました!」
案の定通信機だったものからは女性の声が聞こえ、返事が返ってきた所で通信は途絶えた。
伊隅?先程香月の後ろに控えていたあの女性か?
「今のは?」
「気にする事じゃないわ。貴方の部屋に案内させるだけ」
…もう俺の部屋が確保されているのか。いつの間に…。
そんな香月の手際の良さに思わず感心してしまう。俺と言う異世界の人間がいるにも関わらず冷静でいられるのは俺からすれば異常だ。
「じゃ、話も終わったしくつろいでいいわよ。あ、そうだ、コーヒー淹れてもらえる?」
何故俺が…。
そう反論しておきたい所だったが…この女性には逆らわない方がいいだろう。俺を拾ってくれた事にも感謝しないといけない。
「機械は何処にある?」
「あぁーそっちにあるわ。不味いのしかないけど」
重かった空気も一変し、くつろぎムードに変わる。
作品名:MuV-LuV 一羽の鴉 作家名:コロン