新参の苦悩
ばふ、とベッドに身体を投げて、枕に顔をうずめた。
糊のきいたにおいが、鼻腔いっぱいに飛び込んでくる。
疲れた。
久々にパーティーを組んだから、というのも一因だが組んだ相手が悪かったのだ。
おそらく。
扉の向こうで『サティー!ご飯だよー!』という声が聞こえてくるものの行こうという気分にならない。
大体どんな顔をしてあの二人と会えばいいのだ!
「二人でやってくれればいいのに……!」
つい数時間前に言えなかった恨み言を枕に向かって吐き捨てる。
こんこん、とドアがノックされる音がしたが、返事はしなかった。
鍵はかけていない。
きいい、と遠慮がちにドアが開く音がする。
顔は、上げない。
「サティ、具合悪いの?」
「ううん……」
同じギルドに所属しているアーティラリーのクロロが、心配して呼びに来たらしい。
大体同じギルドに所属していると朝食と夕食は一緒にとることが多く、よほど理由がなければ皆談話室に集まるようになっていた。
「具合悪ければ、薬もらってくるよ。ご飯は食べる?」
「薬はいらないけど……ご飯あると嬉しいです……」
それを聞くや否や、クロロはリリー!とギルドメンバーのマジェスティーの名を呼びながら走っていく音が聞こえた。
多分ドアは開けっ放しだろうが、締めに行くのも面倒でごろりとベットの上を転がる。
私はあまり話したことはないのだが、クロロはマジェスティーのリリーフィアさんのことが大好きなようで、談話室でゲームに興じているのをよく見かける。
クロロはアーティラリーなのに何故かアクロバットの弟子が二人いたのだが、片方があっという間に強くなって瞬く間に卒業してしまったとかなんとかぼやいていた。
エルフだからか少し人と感覚はずれているところもあるが、基本的にのんびりしているので私のような新参でも話す機会がある。
そのせいか、最近は随分助けてもらっていた。
最初こそアニサティさん、と呼んでくれていたのだがすっかり打ち解けて、今ではサティ、と呼んでくれるようになっていて少し嬉しい。
「サティ、お邪魔するねー」
カタカタと食器の鳴る音がして、流石に手伝わないとまずいかとベッドから降りる。
ぱっとクロロの持っている盆に目をやるとなぜか二人分の食事。
「……なんで二人分?」
「え?ひとりで食べたかった?……なら私向こうで食べてくる」
「あ、ええと、一緒に食べてください寂しいので」
クロロは目をぱちくりさせたが、ふふっと笑って食事をテーブルの上に並べていった。
「こっちがトカゲの塩焼きね。で、こっちがぺたぺたパスタ。こっちがチキンの香草焼き。こっちがピリピリスープ。あとはチーズとバットの爪があるからそれで味調節して、だって」
「なんか、お酒のつまみみたいなメニューですね……」
「そうだね、まあ……案外お酒好きな人多いみたいだから」
よい匂いが漂い、思わずお腹がぐうと鳴って顔を赤らめる。
「さて、冷めないうちに頂きましょうかね」
椅子にぺたりと座り込んで、今にも鼻歌を歌い出しそうな様子を見るに、何かいいことがあったのかもしれない。
セントヘイブンで好んで食されているらしいハウンドパンを片手に、香草チキンに手をつける。
今日の料理を見る限り、おそらくクレリックかソーサレスが食事当番だろうと察した。
やたら辛いものが多く、逆に言えば体を冷やさないようなもの。
彼らが長く暮らしていたマナレージの気候を考えれば当然のことなのだろうけれど。
どちらかといえばクレリックな気もする。
「今日、当番クレリックでした?」
「ああ、確かにそういえば。ゆきるとクレープとフラネッケルが作ってたのさっき見かけたわ」
ぴく、とあからさまに顔がひきつったのを流石にクロロは見逃してはくれなくて、怪訝な顔をする。
「……どうしたの?」
「えっと、その……」
話してもいいのか迷う。
もっともエルフであるクロロがべらべらと他の人に言いふらす心配もないが、なんとなく言いづらい。
「無理に言わなくてもいいけどね。クレープとフレディアスと一緒に帰ってきてからすぐ部屋にサティが引き上げたから怪我でも隠してるのかと思ったけど違うみたいだし」
透き通った海のような色の瞳はとても真摯で、嘘がつきづらい。
少し逡巡したのち、話してしまおうと腹を決める。
「少し、長くなるんですけど……」
うららかな昼下がり。
田舎町とはいえプレーリーよりは人も多く物流も盛んなキャデラックで、私は武器の修理をしてもらっていた。
私は基本的にパーティーを組むことはないのでのんびり町とダンジョンを行き来するのだが、今日は珍しくギルドメンバーのウォーリアから誘いがあった。
パーティーを組むことになったのがつい先ほど。
金物を打つ音を聞いているのは好きなのだけれど、今日はそれを楽しんでいる時間はあまりない。
ピコ、とささやきの音がして、腕を見る。
どうやら、更に珍しいことに同じギルドメンバーのクレープも加わりたいというささやきが来た、とウォーリアことフレディアスからささやきが来た。
最近加わったばかりの私は挨拶こそすれ、あまりギルドメンバーとは関わっていない。
他のメンバーもそうしたお世話にはなっているのだが、やはり古参の雰囲気には入れず落ち着かないままだった。
チョリをとファンを強化して、倉庫前の噴水のところへ戻ると既にクレープが姿を見せていた。
「こんにちは」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
板についた踊り子スマイルならぬ営業スマイルで応対する。
大体これだけ露出の激しい衣装を纏えば多少顔を赤らめたりだとか目を逸らしたりだとかする反応があるのたが、ごく自然にクレープは視線を外し、ワンドをくるりと弄んだ。
「クレープ、さっそくで悪いんですけどサイレンス修道院いきたいんですが」
フレディアスがにこにこと告げた場所にうわ、と顔が引きつる。
蜘蛛がいる場所は基本的に嫌いで、砂漠の蜘蛛は猛毒を持つ変わり鋭い見た目をしているが、粘着質な蜘蛛はどうにも生理的に嫌いだった。
逆に言えば一人で行くのを避けていた分、今回はよかったのかもしれない。
「いいだろう、報酬はいくらだ」
台詞はまるで悪代官だが、顔が笑っているのでいつもの戯れのようだった。
クレープは恐ろしく容姿が整っていて、元貴族というのも相俟って気品も滲み出る、巷の言葉を借りるなら「イケメン」だ。
踊り子を生業とする中で目が肥えている私ですら、これだけのイケメンなら大方の女は惚れるかな、と思ったのだから相当美形なのだと思う。
「愛……もしくは、体で払います」
そりゃ、女なら愛するだけで幸せだろうし体で払うにしてもこのくらいのイケメンならば……とそこまで考えて思考が止まった。
待て。その言葉を発したのは男であるフレディアスではないのか。
「おい、お前……俺は男だぞ」
まるで私の心を代弁するようにクレープが言葉を紡いだ。
「でもそういうのも、嫌いじゃないんでしょう?」
畳みかけるようなフレディアスの言葉にクレープがくっ…と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
糊のきいたにおいが、鼻腔いっぱいに飛び込んでくる。
疲れた。
久々にパーティーを組んだから、というのも一因だが組んだ相手が悪かったのだ。
おそらく。
扉の向こうで『サティー!ご飯だよー!』という声が聞こえてくるものの行こうという気分にならない。
大体どんな顔をしてあの二人と会えばいいのだ!
「二人でやってくれればいいのに……!」
つい数時間前に言えなかった恨み言を枕に向かって吐き捨てる。
こんこん、とドアがノックされる音がしたが、返事はしなかった。
鍵はかけていない。
きいい、と遠慮がちにドアが開く音がする。
顔は、上げない。
「サティ、具合悪いの?」
「ううん……」
同じギルドに所属しているアーティラリーのクロロが、心配して呼びに来たらしい。
大体同じギルドに所属していると朝食と夕食は一緒にとることが多く、よほど理由がなければ皆談話室に集まるようになっていた。
「具合悪ければ、薬もらってくるよ。ご飯は食べる?」
「薬はいらないけど……ご飯あると嬉しいです……」
それを聞くや否や、クロロはリリー!とギルドメンバーのマジェスティーの名を呼びながら走っていく音が聞こえた。
多分ドアは開けっ放しだろうが、締めに行くのも面倒でごろりとベットの上を転がる。
私はあまり話したことはないのだが、クロロはマジェスティーのリリーフィアさんのことが大好きなようで、談話室でゲームに興じているのをよく見かける。
クロロはアーティラリーなのに何故かアクロバットの弟子が二人いたのだが、片方があっという間に強くなって瞬く間に卒業してしまったとかなんとかぼやいていた。
エルフだからか少し人と感覚はずれているところもあるが、基本的にのんびりしているので私のような新参でも話す機会がある。
そのせいか、最近は随分助けてもらっていた。
最初こそアニサティさん、と呼んでくれていたのだがすっかり打ち解けて、今ではサティ、と呼んでくれるようになっていて少し嬉しい。
「サティ、お邪魔するねー」
カタカタと食器の鳴る音がして、流石に手伝わないとまずいかとベッドから降りる。
ぱっとクロロの持っている盆に目をやるとなぜか二人分の食事。
「……なんで二人分?」
「え?ひとりで食べたかった?……なら私向こうで食べてくる」
「あ、ええと、一緒に食べてください寂しいので」
クロロは目をぱちくりさせたが、ふふっと笑って食事をテーブルの上に並べていった。
「こっちがトカゲの塩焼きね。で、こっちがぺたぺたパスタ。こっちがチキンの香草焼き。こっちがピリピリスープ。あとはチーズとバットの爪があるからそれで味調節して、だって」
「なんか、お酒のつまみみたいなメニューですね……」
「そうだね、まあ……案外お酒好きな人多いみたいだから」
よい匂いが漂い、思わずお腹がぐうと鳴って顔を赤らめる。
「さて、冷めないうちに頂きましょうかね」
椅子にぺたりと座り込んで、今にも鼻歌を歌い出しそうな様子を見るに、何かいいことがあったのかもしれない。
セントヘイブンで好んで食されているらしいハウンドパンを片手に、香草チキンに手をつける。
今日の料理を見る限り、おそらくクレリックかソーサレスが食事当番だろうと察した。
やたら辛いものが多く、逆に言えば体を冷やさないようなもの。
彼らが長く暮らしていたマナレージの気候を考えれば当然のことなのだろうけれど。
どちらかといえばクレリックな気もする。
「今日、当番クレリックでした?」
「ああ、確かにそういえば。ゆきるとクレープとフラネッケルが作ってたのさっき見かけたわ」
ぴく、とあからさまに顔がひきつったのを流石にクロロは見逃してはくれなくて、怪訝な顔をする。
「……どうしたの?」
「えっと、その……」
話してもいいのか迷う。
もっともエルフであるクロロがべらべらと他の人に言いふらす心配もないが、なんとなく言いづらい。
「無理に言わなくてもいいけどね。クレープとフレディアスと一緒に帰ってきてからすぐ部屋にサティが引き上げたから怪我でも隠してるのかと思ったけど違うみたいだし」
透き通った海のような色の瞳はとても真摯で、嘘がつきづらい。
少し逡巡したのち、話してしまおうと腹を決める。
「少し、長くなるんですけど……」
うららかな昼下がり。
田舎町とはいえプレーリーよりは人も多く物流も盛んなキャデラックで、私は武器の修理をしてもらっていた。
私は基本的にパーティーを組むことはないのでのんびり町とダンジョンを行き来するのだが、今日は珍しくギルドメンバーのウォーリアから誘いがあった。
パーティーを組むことになったのがつい先ほど。
金物を打つ音を聞いているのは好きなのだけれど、今日はそれを楽しんでいる時間はあまりない。
ピコ、とささやきの音がして、腕を見る。
どうやら、更に珍しいことに同じギルドメンバーのクレープも加わりたいというささやきが来た、とウォーリアことフレディアスからささやきが来た。
最近加わったばかりの私は挨拶こそすれ、あまりギルドメンバーとは関わっていない。
他のメンバーもそうしたお世話にはなっているのだが、やはり古参の雰囲気には入れず落ち着かないままだった。
チョリをとファンを強化して、倉庫前の噴水のところへ戻ると既にクレープが姿を見せていた。
「こんにちは」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
板についた踊り子スマイルならぬ営業スマイルで応対する。
大体これだけ露出の激しい衣装を纏えば多少顔を赤らめたりだとか目を逸らしたりだとかする反応があるのたが、ごく自然にクレープは視線を外し、ワンドをくるりと弄んだ。
「クレープ、さっそくで悪いんですけどサイレンス修道院いきたいんですが」
フレディアスがにこにこと告げた場所にうわ、と顔が引きつる。
蜘蛛がいる場所は基本的に嫌いで、砂漠の蜘蛛は猛毒を持つ変わり鋭い見た目をしているが、粘着質な蜘蛛はどうにも生理的に嫌いだった。
逆に言えば一人で行くのを避けていた分、今回はよかったのかもしれない。
「いいだろう、報酬はいくらだ」
台詞はまるで悪代官だが、顔が笑っているのでいつもの戯れのようだった。
クレープは恐ろしく容姿が整っていて、元貴族というのも相俟って気品も滲み出る、巷の言葉を借りるなら「イケメン」だ。
踊り子を生業とする中で目が肥えている私ですら、これだけのイケメンなら大方の女は惚れるかな、と思ったのだから相当美形なのだと思う。
「愛……もしくは、体で払います」
そりゃ、女なら愛するだけで幸せだろうし体で払うにしてもこのくらいのイケメンならば……とそこまで考えて思考が止まった。
待て。その言葉を発したのは男であるフレディアスではないのか。
「おい、お前……俺は男だぞ」
まるで私の心を代弁するようにクレープが言葉を紡いだ。
「でもそういうのも、嫌いじゃないんでしょう?」
畳みかけるようなフレディアスの言葉にクレープがくっ…と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。