新参の苦悩
理解したくない事態が起こっている気がして思わずスピリットブローで殴りつけて吹っ飛ばそうかとも思ったが、ここは町中、そんなことをしようものなら二人以外の被害の方が大きくなるに違いない。
「いつから知っていた……」
頭がついていかない。
クレープが否定どころか肯定じみた言葉を発するのを聞いて卒倒しないのが精一杯だ。
「見ちゃったんです、俺。あなたが教会で男と二人でいるところ」
まがりなりにも神聖の代名詞である教会で『ナニ』をしていたかなんて知りたくもない。
「あれを見られてしまったとは……じゃあ体で払ってもらおう。ほんとに、いいんだな?」
「僕、得意なんですよ。マッサージ」
フレディアスの『マッサージ』が果たして何のマッサージなのかはきっと訊いてはいけない。
「……行こう」
明らかに私の存在が場違いなこの状態で、私は『そうですね』と返すのが精一杯だった。
そこまで話して、ぺたぺたパスタを口に入れる。
ちら、とクロロに目をやると頭の中を整理しているのかクロロの目が泳いでいた。
「えーっと、つまり? クレープは男色で? フレディアスも男色?」
ずばっと簡潔にまとめたクロロの発言に思わずスープを取り落としそうになった。
「そ、そうですね多分……」
「別に男色でも何色でもいいけど、女の人がいるとこで下世話な話を……」
食事中でもこういった話を平気でできるクロロはやはりエルフだなあと思ったが、よくよく見ると目が笑っている。
「まあ、そりゃ疲れたね……お疲れ様」
「しかも、アビスに入ってるっていうのに蜘蛛と戦いながら『俺は……お前のことが……』とかなんとかクレープが言ってまして、うっかり突き刺してしまうかと」
「プリーストなら死なないんじゃない?」
さらっとこともなげに言うクロロの顔はにこにことやわらかな雰囲気なのに、言っていることがさりげなく酷い。
「ヒールかけるときだって、召集かけた後に『イイコト、してやるよ』って言うから!流石に悪寒が!」
「サティに何かあったら矢鴨にしてあげるから大丈夫よ」
ぷっと笑ってしまい、ふさぎ込んでいた気持ちはいつの間にか重しがとれたように軽くなっていた。
「今度からそうなったら私をなるべく呼ぶとか、他の人を入れるとか、ね?まあ、ネタとして書きためておいてもいいかもしれないし」
私がさんざん思い悩んだことを『ネタ』にしてしまうクロロは最強の天使に見える。
「しっかし意外だわ……人の中でそういうのって結構イレギュラーじゃない?」
「ええ。全くいないわけではないですが、珍しいです」
「ふーむ。プリーストだとそういう趣味になりやすいのかしらね……?」
「それは、どうでしょう……」
クロロを何ともなしに見やれば、チキンの骨と骨の間にある肉を剥がそうと四苦八苦しているところだった。
一見冷たそうな印象さえ受ける顔立ちなのに、こういった幼い所作がそれを打ち消す。
なるほど、ガーディアンのフラネッケルが何かと傍にいるのはこのせいか、と納得できるほどに彼女はまだ幼い面がある。
放っておいても平気だけれど、きっと彼女といると楽なのだ。
もっと厳しい人かと思っていたら部屋は足の踏み場もないくらいごった返していたし、思ったより喜怒哀楽もはっきりしているし、ちょっと難点なのは冗談が通じないことが時折あるくらいで、きっと種族の差なのだろうと思っていた。
「サティ、後で夜の散歩いかない?」
「いいですよー」
「やった」
女の人をよく花に例えるけれど、彼女は寒い日の日だまりのような温かさを感じる笑顔は私のお気に入りだった。
その時はクロロが機転を利かせて私を外に連れ出したなんてことも知らなかったし、もちろん出かけている間にクレープとフレディアスが一悶着起こしていたなんてことも、私は半年くらい経ってから知ったのだった。