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ゆらのと

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「……そんなこと、できるわけがないだろう」
桂が穏やかに言う。
「おまえは、この江戸に護りたいものがあるんだろう」
そのとおりだ。
もう自分の帰る場所は故郷ではなく、この江戸なのかもしれない。
だが、そうだとしても。
故郷で暮らすにしても、この江戸で暮らすにしても、どこで暮らすにしても、同じ望みがある。
歴史に名を刻むような偉大な人物になりたいわけではない。
だれよりも大切な人がそばにいてくれて、自分の護りたいものを護れたらいい。
それで、自分は、充分だ。
充分、幸せだ。
大それた願いを抱いているわけではなく、ささやかな望みがあるだけだ。
しかし、ささやかなはずなのだが、片方はあきらめなければならないようだ。
護りたいものを護るため、だれよりも大切な人から離れなければならないらしい。
胸が、痛い。
けれども、どうしようもない。
身体を起こし、布団から出る。
「……もう行くのか」
「ああ」
すると、桂も起きようとした。
その身体を押しもどす。
「まだ起きなくてもいいだろ」
見送りはいらない。
そんなことをされたら、離れがたくなって、余計つらい。
それがわかったのか、桂はおとなしく身を横たえたままでいる。
眼をそらし、背を向けた。
無言で身支度をして、部屋を出る。
やがて玄関につく。
ブーツをはき終わって、そういえばと思い出す。
合鍵を取り出した。
手のひらを開いて、それを見る。
そして、ふたたび、手のひらを閉じた。
その手を下駄箱のほうにやる。
下駄箱の上に合鍵を置いた。
それから、桂の家を出た。
外は薄暗い。
雪は降っていないものの、寒い。
冷気がまとわりついてきて、肌を刺す。
身を堅くしながら歩く。
歩き慣れた道だ。
それを歩いているだけだ。
しかし、ふいに。
自分は桂と別れたのだ。
その事実が胸に強く迫ったきた。
家に通うようになるまでが長かったのと比べれば、別れはあっけないほどだった。
まるで嘘のようだ。
だが、嘘ではない。
別れたのは現実だ。
別れたくなかった。
別れたくなんか、なかった。
でも、どうしようもなかった。
何度も通った道を歩いていると、これまでのいろいろなことが否応なしに頭に浮かんでくる。
幼い頃に出会い、だれよりも大切に想う相手とともに過ごした日々の記憶が、鮮明によみがえり、それが心に迫ってくる。
楽しいことばかりではなかった。
つらいこともあった。
心が折れそうになるぐらいにつらいこともあった。
それをお互い支え合うようにして乗り越えたこともあった。
生真面目で、堅い表情をしていることが多いが、内面は情が深く、優しい。
ともにあって、その温もりを感じていると、心が満たされた。
その人と別れた。
自分から離れた。
手を拳にして、強く握る。
胸が、ひどく痛んでいた。

















作品名:ゆらのと 作家名:hujio