ゆらのと
絶対に別れたくない。
そう思う、けれど、護りたいものを護るためにはそうするしかないならば。
どうしても切り捨てられないのなら、そちらを選んで、こちらをあきらめるしかない。
たとえ、どんなに嫌でも、どれだけ苦しくても。
どれほど胸が痛くても。
心が引き裂かれる。
顔を歪め、歯を食いしばる。
それから、桂を抱く。
求める気持ちが強くて、強すぎて、性急で、激しいものとなる。
桂も、強く求めるように動く。
ますます、身体が熱くなる。
想いが湧きあがり、高波のようになって押し寄せてくる。
「愛してる」
間近にある身体にささやいた。
だが、これぐらいでは足りない。
自分の中にある想いはこんなぐらいでは伝えきれない。
全然、足りない。
ぎんとき、と名をつむいだ唇を奪う。
いとしい。
その髪の一房でさえ、いとしい。
ここまで想う相手は、たったひとり。
その想いを、ぶつけた。
意識は冴えて、あたりはまだ暗いものの、朝が来たのを感じる。
来るな、と思っていたのだが。
ほんの少し、布団から身体を起こす。
隣で桂が眠っている。
いや。
「……起きてんのか」
そっと声をかけた。
桂がまぶたを開く。
「ああ」
そう答えた。
いつから眼がさめていたのだろう。
もしかしたら、まぶたは閉じていたものの、眠ることはなかったのかもしれない。
朝が来るな、来るな、と思い続けているうちに、朝が来た、そんな自分と同じように。
今、双方ともに眼がさめている。
けれども、布団からは出ない。
この布団から出たら、そして、この家から出たら。
自分はもうこの家に通うことはないだろう。
これまで通ったときのことが、いくつか、脳裏によみがえった。
天候がひどく荒れたときもあったなァ、と思い出した。
そんなことは万事屋を出るまえからわかっていた。
だが、それでも外へ出た。
桂に会うために、外へ出た。
それすらも、今となっては楽しかった出来事のように感じられた。
悲しい。
やりきれない思いが胸に広がった。
「……なァ、桂」
呼びかけ、そして、頭に浮かんだことを口にする。
「なんか、故郷に帰りたくなってきた」
思いつくままに喋る。
「おまえと一緒に帰りたくなってきた」
故郷と言って思い浮かべたのは、生まれ故郷ではなく、松陽に拾われてから住んだ場所のほうだ。
あそこが、自分の故郷だ。
しかし、今は昔とずいぶん違っているだろう。
自分が桂と一緒に故郷を出たときは、まだ藩があった。
それがなくなったのだから、かなり様変わりしているに違いない。
それに、親しくしていた者たちの何人かが、姿を消している。
自分たちのように戦うために故郷を離れた者や、松陽のように亡くなった者が、数多くいる。
みんながいた、あの頃からは、はるかに遠く。
もどったところで、元のようには暮らせない。
それでも、帰りたくなった。
あの懐かしい場所に、帰りたくなった。
故郷から出たときと同じように、桂とふたりで。
そして、自分にとってはもう優しい場所ではなくなっているかもしれないが、かつて暮らしていたあの場所で、だれよりも大切な人とともに暮らすことができれば。