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ゆらのと

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「あ」
しばらく歩いていて、ふいに、桂が声をあげた。
その足は止まっている。
ついつられて銀時も立ち止まり、桂が見ているほうを見る。
猫がいた。
以前にも何度か見かけたことのある茶トラの野良猫だ。
その猫を桂はじっと見ている。
「……あのやわらかそうな毛皮をなでたい。ふっくらした肉球をさわりたい、頬ずりしたい」
独り言のように桂はぶつぶつと言った。
銀時は眼を細める。
「おーい、気持ち悪ィ欲望が口から垂れ流し状態になってんぞ」
桂は犬や猫が好きなのだ。
「てゆーか、アイツがてめーにさわらせるわけねーだろ。近づいただけで逃げていくんだからな」
「いや、それはどうかわからん。我に策あり、だ」
「はぁ?」
銀時は眉根を寄せた。
すると、桂は得意げな様子でなにかを取り出した。
その手にあるのは、煮干し、だ。
「……なんだって、テメー、そんなもん」
「こういうときのために決まってるだろうが」
「いや、決まってねーよ。てゆーか、こーゆーときのために常時持ち歩いてんのか、ソレ」
「もちろんだ」
真顔で桂はうなずいた。
銀時はポカンと口を開けた。
しかし、桂はそんな銀時の様子をまったく気にせず、ふたたび茶トラ猫のほうを向き、道に腰をおろした。
そして。
「ほーら煮干したぞー、あげるからこっちにおいでー」
煮干しを振って、誘う。
しかし、猫は近づいてはこない。
銀時はため息をついた。
桂の肩に手を置く。
「あきらめろ。そんなことやってたって、ヤツぁ、テメーに近づいてこねーよ。ホラ、あの眼を見てみろ。テメーのことなんざこれっぽっちも信じちゃいねーって眼だ」
「そんなことはない。それは貴様の心の眼がゆがんでいるからそう見えるんだ。本当は素直になりたくてもなかなか素直になれないだけだ。俺にはそれがわかる」
「そりゃテメーの願望だろ。そのうちヤツは近づいてくるどころか逃げちまうんじゃねーか」
「……」
桂は言い返してこなかった。
煮干しを道に置き、立ちあがる。
それでも未練がましく茶トラ猫のほうをじっと見ていたが、やがて、しぶしぶといった様子で塾の方角へと歩き出した。
だが、しばらく進んだところで足を止め、振り返る。
茶トラ猫は煮干しを食べていたが、ビクッとして、動きを止めた。
警戒しきった眼を桂に向ける。
桂は悲しそうな表情になり、猫から眼をそらし、ふたたび歩き始める。
その足取りはいつものようにきびきびとはしていない。
落ちこんでいるようだ。
バカだ。
銀時はあきれる。
バカで、石頭で、クソがつくほど真面目で融通が利かない。
桂には短所がいくつもあり、それを幼なじみの銀時はよく知っている。
けれど。
情に厚く、優しい。
長所もよく知っている。
短所も長所もよく知った上で、一緒にいたいと思う。
一緒にいると、心の中の空いているところになにかが満ちていく気がする。
自分にとって、たったひとり。
特別な。
バカバカしい。
桂は男だ。
ありえない。
そう否定する。
考えることも、思うことすら、拒否する。
だが。
夜、夢をみる。
桂を抱く夢をみる。
作品名:ゆらのと 作家名:hujio