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不随意な感情

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12月。日曜の昼過ぎ。
俺は一人で歩いていた。天気は曇り。少し肌寒くて、雪でも降るんじゃないかと思われる。
さっき本屋で買った参考書の入った袋が、凍りそうな指に食い込む。
数学公式辞典が重いんだよ。まったく。
早くタクって帰りてえ。
こんな時に限って空車が来ない。と思ったら向こうからやっと空タクが走ってきた。
俺は手を挙げて止める。車は中途半端に手前で止まり、別の客を乗せて走り去った。

「ちくしょう! ついてねえ」

上げた手を収めながら俺は小さく呟いた。

「カッコ悪っ・・」

後方からの女子の声、いらっとして振り向く。なんだよ、一発いってやろうか?
でも、そこにいたのは、気合を入れた分だけ気が抜ける相手だった。

「なんだ、水谷さんか・・」

いつもの、服装なんて気にしてませんが何か?的な彼女が立っている。
何度か見かけたコートにマフラー。それしかないのかよって口から出そうになってやめた。
そんなことよりも、ああ、正直見られたくなかった。今のは格好悪いよな、俺。
水谷さんに指摘されるまでもない。なんかすっげ気まずい。
偶然とはいえ会えたのは嬉しいが、何もこんな状況じゃなくったって・・タイミング悪すぎだろ。

「ねえ、ヤマケンくん、数学の公式辞典買ってたよね?」
「あ、ああ」

俺は空タクを逃したことにばかり気を取られていた。その間に、彼女の視線は俺の持っているビニールの袋に釘付けになっていたようだ。それにようやく気づいた俺は、これ幸いと話題転換を図る。

「何? あんたもこれ買いに来てたわけ?」

んな偶然が重なることあるわけないかと思いながら言ってみる。
俺は本の入った袋を彼女の目の高さまで持ち上げた。彼女の視線も一緒に持ち上がる。
そんなに興味あるのかよ、この辞典に。どうせならその視線を俺に向けてくれればいいのに。
そんな乙女的なことを考える。一瞬だけど。
そういえば、こんなオタク的な本だからな、これ一冊しかなかったはず。
マジで俺の方が先に買ってしまったのか?

「ん~、そういうわけじゃないんだけどね。ちょっと興味はある」

なんだ? 何か引っかかりを感じながら、俺はこのまま話のネタが尽きて直ぐに別れるのが惜しくなってきた。
今日は俺のツレもいないし、水谷さんも一人だ。せっかくだから、あの邪魔な吉田が居ないところでゆっくり話してみたい。そのくらいなら許されるよな。幸いにも、俺の手には絶好の餌があるようだし。
ただ、そんなに難しくないセリフがなかなか口から出てこない。

「あのさ、俺、どっかで暖かい物飲みたいんだけど、付き合う?」

これだけ言うのに、どんだけ心臓バクってるんだよ。情けねえ。思ったよりぶっきらぼうになってしまった言葉。本当はもっと優しげに、スマートに言いたいのに。上手くいかねえ。
顔が赤くなっていないか気にしながら、俺は直ぐにでも歩き出せるように身体の向きを変えた。
心の中で、断るなよと何度も念じながら返事を待つ。つーか、早く返事しろよ。焦らすな。

「どーすんだよっ!」
「行く」

俺が振り向いて返事を急かせたのと、水谷さんが返事をしたのは同時だった。

「返事遅っせえーんだよ、バーカ」

にやける顔を見られないように前を行く。駄目だ顔の筋肉が言う事を聞かない。
この俺が、だっさい女連れて歩いて、嬉しくてにやけるって有り得なくね。逆だろ普通。

近くの、ス●バでカフェオレとココアをそれぞれ頼んで席に着く。
座ってマフラーとコートを取った水谷さんに、俺は再び驚かされた。
いつ買ったんだよ!? ってなブラウスとカーディガンにダッサダサなプリーツのスカート。マジで?
やっぱ、誰がこんな女って思うよな。俺も否定できない。でもな・・・

「こんな物に興味があるなんて、あんたやっぱ変わってるよな」

そんなことを言いながら、書店の袋から本を取り出し気づいた。

「なんで透明でもない袋の中身が判ったんだよ?」
「え、だって本屋に居たもの。私」
「尾けてたのか!?」
「はぁ? 何言ってるの? バス停に向かう私の前をあなたが歩いていただけですけど」

これ以上ないくらい淡々と言ってくれる。そうだよな、水谷さんの心の中には吉田春しかいないよな。だから、あいつの前ではあんな表情するんだな。図書館の帰りにシャーペン返そうとした時の、あんな顔を見たらショックだった。
ま、成り行きっていうか。その直後に吉田に宣戦布告したんだけどな。あんたのお仲間とクリスマスパーティーした時に冗談だっつったのは嘘だから。
なんか嫌なんだよ。周りに茶化されたりすんの。
目の前で数学の辞典のページを繰りながら、文字を睨むあんたに気持ちを伝えたら、どんな顔をするんだろうか。きっと泡食ったようになって、速攻断られるんだろうな。
いや待て、無表情かもしれない。は?何言ってるの?で一蹴される可能性のほうが大きいか。
なんか報われねえな。
俺だけがこんな気持ちをひとりで抱えてるのは不公平だよな。だったらいっそのこと言っちまうか。
不意にパーティー後の非常階段での吉田の顔が浮かぶ。
あいつマジでやばい目してたな。俺がちょっかい出したってわかったら、今度こそ殺す勢いだろうな。
そんなことを思ったら緊張してきた。一気にカフェオレを飲み込む。
でもな、気持ちは止められねーんだよ、吉田。

「み、み・・・」

声が上手く出ない。口の中が乾く。
それまで無言で辞典を読み耽っていたあいつが顔を上げた。

「み、見たいんなら貸してやる」

違うだろ俺 ―― そんなことを言いたいわけじゃないだろうぅぅ。

「え? ヤマケンくん使うんでしょ?」
「別に、冬休みの間貸したからって困らねえよ」

だって、30分以上も無言でその本睨んでるじゃないか。家に持って帰ってゆっくり読めば。俺はそう言って、席を立った。
このままここにいても、水谷さんは俺にあの時吉田に見せてたあんな顔を見せてはくれない。なら、引き止めても時間の無駄だ。だって予備校の冬期講習でこれから毎日会えるからな。

外に出ると寒さが堪える。少し離れたバス停には既に結構な人が並んでいて、今まさにバスが到着したところだった。

「水谷さん、走れば間に合うんじゃない?」
「うん、それじゃありがとう。ヤマケンくん」

俺は店の前で見送る。水谷さんは背を向けて走り出す。

   ✽✽



「あんた、信じられねーくらい走るの遅いな。」

あまりのトロさに見いていられずに、追いかけてカバンを持ってやって走っても、俺たちはバスに間に合わなかった。
あの後、冷静になって思ったんだが、水谷さんと付き合うとあんな会話もないデートになるんだろうか。店内でのほとんどを、お互い全く目も合わせず会話もしない状況というのは、俺には考えられない。知り合いレベルだとしても。
まさか、吉田といる時もこんな感じなのか。だとしたら、それは付き合っていると言えるのか。

まぁ、冬休み明けに水谷さんにまた偶然に会う機会があって、そこで別の水谷バージョンを見ることになるんだけど、そんなこと今の俺は知る由もなかった。



        ☆★☆



その一週間後に数学公式辞典は戻ってきた。

「もういいのか?」
作品名:不随意な感情 作家名:沙羅紅月