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「とこしえの 第一章 初陣(3)」

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「とこしえの 第一章 初陣(3)」

 「何をしている、哲博!」
 哲博が鎧を外し片方の腕を直垂から抜いて川で身を清めている時、その声が頭上より降ってきた。哲博は突然掛けられたその声に驚く事も無く、また、自分のしている事をやめもせずに、少し低い声で答える。
「見ての通り、血を流してる」
「そなたの役目はわかっておろうな」
声は鋭くそう言葉を投げかけるが、哲博は川の水で濯いだ手ぬぐいをぐっと絞って、体を拭う。
「オレが居なくたって別に平気だろ」
「そなたが要なのはよく存じておろうが」
嗜めるような響きか加わって、哲博は自嘲気味に笑った。
「オレには無理だ。あの方は恐らくオレを信用しないだろ」
「無理ではない、するのだ。哲博」
無理だ、哲博はもう一度思った。
 あの目が忘れれられない。敵を仕留めた時自分を見た、あの双眸。恐怖に染まったあの目でまた自分を見たとしたら、哲博は耐えられないのではないか。今だって、逃げるようにここに居るのだから。
「オレは裏方に回る」
「勝手が許されると思ってか」
「もうあの方はオレを側には置きたがらないだろうよ、戦が終われば小姓の任を解かれるさ」
なにより、今、自分があの方の側に近づいてはならないと思うのだ。
 強気で、聡明な、清廉たるあの方の初陣を自分がこれ以上穢してはならないのだ。
「ならば、解かれぬようにせよ、この役目、そなたにしか出来ぬ事ぞ」
「あの方のお心次第」
「その心もそなたがどうにかせよ」
どっちが勝手だ、と、哲博は小さく呟いた。
 その声は、それを最後に気配を消した。
 聖域だった。ここは。
 澱んだ世界に生きてきて、ここは、まるで繭玉に包まれたように真っ白な哲博にとっての極楽の記憶だったのだ。しかし、哲博にとっての聖域だったが故にこうして利用され、ここに居るのだ。真っ白だった繭玉に赤い染みを付けてしまった。
 また、哲博の脳裏にあの、宗一の目が浮かんだ。
 まるで、自分を見ているときの目ではなかった。自分があの哲博とわかった時から向けてくれたあの慈しむような目では無かったのだ。
 耐えられぬと思った。もう一度でもあの目で見られたら。ならばいっそ、影からお守りする方が良いのではないだろうか。そうすれば、あの方を見ていられるが、顔を合わせずに済むのだ。
 嫌が上でも、時の濁流はあの方を飲み込むだろう、誰それの思惑はともかく少しでもお側近くに居る事が出来ればと思っていたが・・・・。
 哲博の眉間に、ひくりと皺が走る。乱れた前髪を苛立たし気にぐしゃりと掴んだ。
 とにかく、今は、影からこの初陣を見守らねばならぬ。本陣は乱戦になっているだろうから、仲間が守りきれぬ時もあるやもしれぬ。
 哲博は血に塗れた甲冑をその場に捨て置くと、近くの木の枝に瞬時に登り、方向を見定めて森の中を移動した。

 奇襲を受けた本陣はかなりの痛手を負ってはいたが、宗一たち援軍の登場によりあっけなく終結した。それは、敵の本隊が破れた事を示しており、このまま深追いすれば奇襲兵たちすべてが敵地に取り残されかねないからだ。
 敵の撤収は早く、まさに迅速だった。宗一たちが河原で戦った兵とは完全に違い統制のとれた動きに、宗一は目を見張り、それがあの能見の兵と同じとはとても思えなかったのだ。
 本来ならば、残党を追い完全勝利と行く所だが、領主の宗仁が奇襲を受けた時に深手を負ってしまい、そうする事を断念。宗一は、直ちに残った兵をまとめあげ、一部の兵を残して帰途についた。
 宗一の初陣の勝利は瞬く間に菜護の里の者達にも伝わり、宗一を先頭に帰還した菜護の兵たちは沿道に集まる里の者達に大歓声を持って迎えられ、菜護の里の次期領主の頼もしさに歓喜した。 
 そして、この間、宗一の後ろに居るべき、小姓の哲博はとうとう宗一の前に姿を現さなかったのである。

 領主である父親が傷を負ったとはいえ、菜護にとっても宗一にとっても、初陣を勝利で収めたことはめでたい事ではあった。
 屋敷に戻ってすぐに戦勝祝いが始まっていたが宗一はたくさんの酒を振る舞って早々に自室へと戻って、思わず、ほっと息をついた。宗一はこのたった数日の戦がなんて長かったのかと、部屋が懐かしく思える。
 遠くで兵たちの楽しい声が聞こえて来るが、何をする気も起こらず、人払いして甲冑を投げるように脱ぎ捨て鎧直垂姿のままどさりと畳みに座り込んだ。
 春になってもまだ日の入が早く、もう短い夕方から夜の帳がおりはじめ明りも付けぬ宗一の部屋は暗く暗く沈んで行った。
 その暗闇の中に身を沈めていると、始めは寒くなってきたのかと思ったが、ややして自分が震えている事に宗一は気がついて、思わず舌打ちが出た。
 あれほど望んでいた初陣なのに、終わった後になってこうやって震えがこみ上げて来るとは・・・宗一は自分があたら目て不甲斐ない経験の浅さを思い知らされる。しかし、今この部屋の静寂を思えば、なんてあの戦というものは異質なものかと、思わざるを得ない。
 こんな時に小姓である哲博の不在を憎々しく思った。身を清めて来ると言ったきり、まだ戻って来ない。小姓の務めを一体なんだと思っているのか、と
 今まで、哲博の母親から忍びの話しは聞いた事は無かった。もしかしたら、哲博が突然居なくなった理由を本当は知っていたのかもしれない。そしてもう帰って来ないと、わかっていたのかもしれない。だとしたら、抜けても忍びの秘密を守ったのだろう。
 どういういきさつで、哲博が森永の家に引き取られる事になったのかはわからないが、だとしたら戻って来れたのは運が良かったのか。
 ああ、くそ!
 宗一は悪態をついた。
 何故気がつかなかったのか。運良く戻って来れたのなら、今度はオレが忍びの業から守ってやらねばならなかったのではないか。至らなさで、もう一度忍びたる力を使わせてしまった。武士としてやり直すことが出来るのに。
 その時、ミシリと床の軋む音に宗一が気がついて、ハッと身を起こして周囲の気配を探る。
「・・・哲か?」
迷ったが、宗一は気配に声を掛けてみると、気配は衣擦れの音を立てた。
「・・はい。宗一さま」
哲博が小さな声で答えた。宗一は知らず、ほっと息を付いた。思わず安心してしまった自分を誤摩化すように宗一は言った。
「遅いぞ、哲。何処へ行っていた」
姿を見せぬ哲博に無愛想な声でそう文句をいうと、哲博は、いいえずっとお側におりました。と静かに答えたから、宗一はムッとする。ならば何故もっと早くに声を掛け無かったのかと。
「・・・・何をしておる、入って姿を見せよ」
苛立ってそう告げると、哲博の気配が頭を下げたのがわかった。
「ご容赦を。やはりオレのような者は小姓などという面の仕事は勤まりませぬ。こうして影となって宗一さまをお守りいたします」
影、だと?宗一はその卑屈さに眉間に皺を寄せて、気配を睨みつけた。
「来いと言っている!」
「いいえ!」
強く命令したのに対し、哲博は強く拒否して続けた。
「あのように、あのようにオレを見る目が恐怖に震える様、見たくはござりませぬ故・・・」