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「とこしえの 第一章 初陣(3)」

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最後は消え入りそうな声になり、ご容赦を・・・と微かにしか聞き取れぬ声で切な気に言うので、宗一はちっと舌打ちして立ち上がり大股で部屋を縦断すると、パシンと一つの障子を開け放った。
 そこには頭を下げている哲博がいて、見慣れぬ黒い装束を身につけていた。
 宗一はそれをしばし見下ろして、突然その襟元をむんずと掴むと強引に部屋の中に引きずり込むが無抵抗ながら、哲博は、お許しを、お許しをと繰り返した。
「哲、オレの目を見よ、そなたを見る目が変わったか?恐怖に歪んでおるか?見よ!」
哲博を部屋の中央辺りまで引きずって放り出したが頑なに顔を上げようとしない。
 宗一はただ黙って目を細めた。
 しばし、二人の間に沈黙が流れ、遠くでやけに賑やかな宴会の声が聞こえてきた。誰かが歌っているのだろうか、手拍子が続いている。しかし、なんてここの空気の重い事か。
 哲博はわかっているのだ。確かにあの時、宗一は恐怖した。自覚もある。しかしそれは、哲博に対してか、それとも戦そのものにか、あるいはただ人の死に際してのことか。
 みよ、と大見得を切ったが、宗一にも自信は無かった。果たして、自分の今の顔は哲博にどう映るのか。
 この部屋に戻ってほっと息をついた途端、震えを来したひ弱な自分は今どんな顔をしているのか。暗闇がそれを上手く隠してくれればよいと思う。でなければ、哲博はまたどこかに行ってしまうつもりなのではないか、自分のそんな表情一つでやっと取り戻したものを失うわけにはいかないのだ。
 宗一は平素の己ではあり得ない程に緊張した。哲博の項垂れて動かさない頭を眺めながら、早鐘を打つ心の臓を叱咤する。それはなんて事だろうか、初陣に出立する折よりも早いのではないかと思われた。
 だが、その早い鼓動と呼応するように強く思う事は、やはり、もう失いたくない、という気持ち一つだ。
 俄に母の死を思い出した。病を得て長いこと布団の上で過ごして苦しんでそして最期には力つきるように無くなった母。しかし、時期領主となる宗一はそのような死は迎える事は無いだろう。この菜護を守り戦い抜き、最期のその瞬間まで菜護と菜護の民と共にある事こそが領主の嫡男として生まれた使命なのなだら。
 人は、哲博がそうしたように、あっさり死ぬものだ。自分も哲博も戦をする限り、いつ、あのような最期を迎えるのかわからない。
 ならば・・・宗一の気持ちはもう決まっていたから、そこで思考は途切れて、長い沈黙が流れた。見るでもなく、また哲博を見下ろしている。
 春先はまだ虫の声もせず、遠くから聞こえてきていた戦勝祝いの宴席もたけなわを越えて静かになっていた。たれぞが渡り廊下をぱたぱたと忙しく走る音が聞こえてきた。しかし、項垂れて金縛りのように動けずにいた哲博の耳に聞こえて来た音はもっと微かな、だがより大きな音だった。
 はたり、はたり。
 畳に落ちたその雫の正体を哲博は知らなかった。見た事もないもので、その雫の筋を追ってとうとうつられるように顔を上げて、宗一の顔を見上げた。
 すっかり暗くなってしまって少し俯いた顔にはより深い影が落ち、しかとは見る事はかなわなかったが、それはたしかに幼き頃は一度も見る事の無かったものであった。
 哲博が顔を上げたのに気がついて、宗一は右手で目を覆った。
「見るな、馬鹿」
思わず流れてしまった不意の涙に、宗一は慌てて少し震える声で叱咤するが、哲博は逆に取り憑かれるように宗一の顔から目を離す事が出来なくなり、まるで神々しいものを見つめるように仰いだ。
「・・・先ほどは見よと申されました故」
目の話せぬ言い訳を、宗一の所為にして思わず延ばしたい手を懸命に堪えた。
「見ろと言う時見ずに、見るなと言う時に見るとは、存外に不遜な奴」
「申し訳ございませぬ」
哲博は素直に謝るが、目線を決して外そうとはしないので宗一の方が顔を背けて一歩後ろに下がった。家来に泣き顔を見られるとは、情けなさに恥じ入った。
「オレが・・・怖いですか?」
伺うような声でそう言うので、宗一はまた舌打ちしたい気分になって即答した。
「そなたなど怖くもなんともないというておろうが」
目に涙を溜めたままだったが、睨み付けるように哲博を見返す強気な瞳は恐怖に曇ってはいなかったから、その時やっと少しだけ哲博はほっと息を吐いた。
「オレはな、こう見えても人と刃を交えたのは初めてなのだぞ!それなのにお前はそんなオレを放り出して、お前ごときが怖くないかだと、ふざけるのも大概にしろ」
その哲博の安堵の色は直ぐに宗一にもわかっていつもの調子でまくしたてる。
「いいえ、姿は見せずともオレはいつも宗一さまを守っております」
「否。姿を見せぬでは、オレにとっては居ないも同義」
はたり、宗一が目をしばたかせると溜まっていた涙が哲博の頬に落ちた。その涙が落ちてしまったあとは、もう宗一の瞳に光るものは無くなっている。
「影などいらぬ。影に徹するというのなら何処へなりとも立ち去るがよい」
「それだけはご容赦を」
「勝手な奴」
そう低く言うと、眉間に皺を寄せてじっと哲博を睨みつけた。
「ならば、決めよ。今ここで立ち去るか、オレの側から生涯離れぬか」
その言葉は哲博にとって、誘惑以外の何者でもなかった。この十五年、会いたくて焦がれた宗一と離れたくないに決まっている。しかし・・・とも思うのだ。
 哲博は畳に手を付いて頭を下げた。
「・・・されば、オレの話しもお聞きいただかなければなりませぬ。お聞きいただいた上で、オレをそれでもお側において下さるのならば、オレは生涯宗一さまから離れませぬ」
哲博のその言葉は、何か思い詰めたような覚悟しているような響きを持っていたが、宗一は、軽やかにその場に座り胡座をかいた。
「聞こう」
簡単に、さも何でも無い事を聞くように言った。
「・・・・我が、忍びの業は、確実に敵の息の根を止める闇の業」
闇の業、宗一は口の中で呟いて、あまりにも簡単に人の命を絶つ、あの光景を思い出す。
「オレは今までその業をもって里の命に従い幾多の命を屠って参りました。その中には恐らく罪のないものもおりましょう」
じっと、ただじっと宗一は哲博の話しに耳を傾けた。
「そのような汚れた身でありながら、森永の養子に迎えられ武士の身分を与えられ、宗一さまの元に戻って来る機会を早々に得る事ができた時オレは嬉しさのあまりそんな自分を忘れておりました」
哲博は下げていた頭を少しだけ持ち上げた。
「宗一さま、あなた様をお慕い申し上げております」
脈絡無く言われて、宗一は目をぱちくりとさせて言葉を失って口をあんぐりと開けた。ただ、言えた言葉は一言。
「は?」
「幼き頃より今も変わらず、いえ、年月が経てば立つ程あなた様をお慕い申し上げる気持ちは募るばかりでございます」
ただ、宗一は眉間に皺を寄せてじっと哲博を見るしかなかった。
「故に、宗一さま、オレは御身に害なす輩があればどんな方法を持ってもその者を屠ってご覧に入れます。ですが、それにより御身が穢される事は無いかと、そのような我が身がお側にお仕えしていいものかとも、思うのです」
「・・・哲・・・」
「生涯と、宗一さまは申されました」