The British Museum
結局、何気に彼の声が聞こえるぎりぎりの範囲をキープして最後まで彼の話に聞き入って
しまった。
エリア内の見所を大方説明し終えた彼は、ツアー客を引き連れて出入り口に向かった。
すれ違い際に一瞬目が合って、今まで能面のように変わらなかった表情が緩み、
にこりと会釈された。
その突然の変化に驚いて、とっさに何の反応も返せなかったが、しばらくして自分が
彼の話に聴き入っていたことがバレていたことに気づき、赤くなる。
しかし、彼はそんな自分を気にせずエリアから出て行った。
博物館を出た後、ロンドン市内にある世界的にも有名なハンバーガーショップ
で夕食を買って、寮に戻る。
昼間のどこか浮世離れしたような、東洋人が頭から離れず、何か落ち着かない。
「今度アーサーに聞いてみるんだぞ。」
大英博物館で働いていると言っていた義兄なら、彼を見かけたことくらいあるかもしれない。
「おい!」
デスクの上に買ってきたものを広げると、何処からかくぐもった声が聞こえた。
「おい、ここだ!」
声は上着の方から聞こえる。ベッドに投げ捨てた上着を持ち上げてみる。
「こっちだ、ポケットの中だ!」
声の通りに右のポケットに手を入れてみると、固いものが指にあたった。
手につかんで出してみると、それは白いチェスの駒だった。
「何でこんなのが俺の上着に入ってるんだ?」
「いつまで見てんだよ!早く下ろせ!」
「しゃ、しゃべった?」
「何してんだ、早く下ろせよ!」
とりあえず、デスクの上の物をよけて下ろしてやる。
「ナイト…?」
「そうだ。俺は我がクイーンとキングをお守りする騎士―ナイト―だ。」
作品名:The British Museum 作家名:Sajyun