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花は桜木

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その日、治部少輔石田三成の屋敷にいたのは忍城攻めでの戦友である長束正家だった。

「治部よ、成田の娘は知っておろう」
なりた、とだけ言われて三成は一瞬で記憶を脳裏に巡らせた。数年前の関東平定の折、支城攻略の総大将として攻め入った武州忍城。自軍二万人に対して相手は農民を混ぜてやっと三千行くか行かないか、まともな武士は五百人ほどであったという合戦。確信していた自軍勝利の絵図は、城代成田長親率いる少数によって粉微塵にされた。小田原城が先に落ちたがゆえに形式上は自軍勝利となったが、天下人の戦をしたいという理想に燃えていた三成にとっては苦い勝利であり、晴れやかな完敗でもあった。
開城の条件として提示した最後が、領主氏長の娘である甲斐姫を関白秀吉に差し出せというものであり、三成自身は顔合わせこそしていないものの彼女の噂は耳に届いていた。
「こら、今は殿下のお側におられる方だぞ、口を慎め」
生真面目そのものの口調で窘める三成に正家は渋い顔をした。
「ふん、殿下を通じてあの女、わしを馬鹿にしおったのだ。『金勘定は得意でも鉄砲の弾が当たる距離は測れぬのか』などとぬかしたらしいぞ。ええい腹の立つ。おなごならおなごらしゅう大人しくしておればよいものを」
「ははっ、実際その通りであったのだ。仕方ないではないか」
三段撃ちの用意も碌にせずに鉄砲隊を田んぼに突っ込ませて射程距離外から弾を討ち果たした挙句、地の利に勝る相手にこてんぱんにされるという失態を今になって揶揄された正家は不機嫌な顔を隠さない。
「戦で兵站が重要なのはお主こそ知っておろうに。お主まで肥後や伊予のようなことを申すか」
肥後守加藤清正、伊予守福島正則と言えば豊臣政権下で武断派の急先鋒である。文治派である三成も正家も彼ら武断派にはなにかと手を焼かされており、その名を出されて三成も苦笑せざるを得なかった。
「とは言えの、お主のことをそう評されるのも無理はないやもしれぬ。あの御仁、手ずから母御の仇を打った女傑だぞ」
「知っておる」
合戦後に蒲生氏郷の元に預けられた成田家は福井の地を与えられた。蒲生家と伊達家との戦のため氏長が出兵した直後、蒲生が召し抱えて目付け役として福井に置いていた者が突如裏切って氏長の妻を殺害、甲斐姫は一旦は逃れたもののすぐ取って返し自らの手で仇を取ったと言われている。
「血の繋がりはないとはいえ母御は文武の誉れ高きかの太田三楽斎殿の娘御だし、実のお母上も武芸百般だったとのお噂よ。そんな環境で育って女だてらに東国無双と言われた方ならそういった物言いをされても不思議ではなかろうよ。今一度言うが、今は殿下のお側におられる方、ゆめゆめ不用意な口を利くことの無いようにするが吉じゃ。そんなことのわからぬお主ではないと思うたがな」
強きに阿り弱きに威張る性分の正家を皮肉りながらも三成は釘を刺した。それでも正家を案じてのことであったのだが。
「わかっておる!」
正家は苛立った様子で口を尖らせた。
「こんな話、お主くらいにしか出来んのだ!」
拗ねたように言う正家に三成は思わず吹き出してしまった。お互いもう若くもないのにこれでは少年を通り越して子供ではないか、と思った途端三成は呵々大笑していた。
「なんじゃ、わしはずいぶんお主に信用されておるのだな。はは、さては既に刑部から釘を刺されてきたな?」
刑部少輔大谷吉継もまた、忍城攻めでの三成の戦友であった。かねてから患っていた癩の療養のため政権の中枢からは距離を置いているが、三成にとっては正家よりもよほど信頼のおける朋友であった。
「会えなんだので文でのやりとりだがの。こちらからの文は焼き捨てておくゆえ滅多な事は申すなと。病の床にある者に弱音を吐くくらいなら治部に言うが良い、とさ」
「刑部の言う通りじゃ。それが道理よ。刑部の病を案ずるより己の愚痴を言う方が先だと思うておるから周囲にも色々と言われるのじゃ。堂々としておればよい。殿下がこの日の本を統一なされ、平和な世がやってくるのだ。刀や槍に秀でただけでは生きていけぬ世がな。その為に我らの力を惜しまねばよいだけの話よ」
「平和な世、な」
笑みを浮かべる三成の言葉を、しかし正家は半ば疑うようなような表情で聞いていた。三成が語る今後の世の中は、彼ら文治派の栄華が約束されたと言ってもよいものだ。戦ではからっきしな身でも存分に腕を振るえる喜びに震えてもいいはずだが、正家は目の前で穏やかな笑みを浮かべる戦友に尋ねずにはいられなかった。
「治部よ、お主、それは真心から言っているのに相違なかろうな?」
忍城を落とす前に館林城が降伏したのを聞いた三成は落胆の表情さえ浮かべていたように見えた、といつぞや吉継が話していた。自らに武功の無いことを気に病んでいたからこそ、忍城を合戦に巻き込むために敢えて最初の軍使を正家に任せたのだ、と。
『どうせお主は忍城の面々の前で居丈高に振る舞ったのであろうよ。それがまさに治部の思う壺だったのだ』
そう語った吉継の言葉が本当ならば、正家が甲斐姫に受けた誹りも大元を正せば三成のせいということになる。となれば今からでも文句の一つ二つ言ってやりたい、と構えている正家の懸念を三成は一笑に付した。
「決まっておろう。真逆(まさか)、わしが戦下手なのを身近で見たお主が知らぬとは言わせぬぞ。太平の世こそ我らの生きる道よ。その思いに相違はないわ」
「ならばよいのだ」
そう言いつつも、正家は一抹の不安を抱かずにはいられなかった。三成という男は妙に真っ直ぐすぎる。共に見た高松城の水攻めの時も、怯える正家や秀吉の身を案じる吉継を尻目に三成はただ純粋に圧倒的な力に魅入られていた。力とは城を孤立無援にする水であり、それを指示した秀吉でもあった。
(もし殿下の身に何かあればこの男は)
そこまで考えて正家は急いで自らの頭から続く言葉を追い出した。前提からして考えるだに恐ろしく口には出せないものであるのにこれ以上、と正家はなんとか笑顔を作り、それ以上話を進めようとはしなかった。
作品名:花は桜木 作家名:河口