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花は桜木

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更に月日は流れ、慶長三年弥生の半ば、醍醐寺にて太閤主催の盛大な花見の宴が催された。側室同士の諍いが少々あったものの、概ね和やかに宴は進んでいた。
宴を楽しむ三成の元に、顔を赤くしながらも苦虫を噛み潰したような顔の正家がやってきた。
「どうした、そのような顔では酒がまずくなる。殿下のご機嫌も怪しゅうなるぞ」
「このわし直々に使い走りになっておるのだ、感謝せい。淀の方様がお呼びじゃ」
「そうか」
襟元を正すと三成は淀の方がおわす方へと歩を進めた。
「治部殿、お待ちしておりました」
戦国一の美女にして織田信長の妹であったお市。彼女を母に持つ淀の方もまた類稀なる美貌の持ち主であった。微笑む姿は傾国と喩えられるだけの凄味すら帯びていた。
「それがしに御用とのこと、何事にござりましょう」
「ほほ、宴の席でも治部殿は真面目な方。そのように固くならずに。会わせてみたい人がいましたのでね」
淀の方の言葉に、傍らに控えていた侍女がすっくと立ち上がった。淀の方自身が大柄で小兵の三成と並ぶとその大きさがわかるほどであったが、彼女も淀の方に勝るとも劣らないほどの大柄であった。そして侍女かと思ったのは見間違いだと三成はすぐに気付いた。派手ではないが侍女よりも格段に仕立てのいい身なりをしている。涼やかな目元は淀の方ほどとは言わないまでも、また違った種類の美人であった。
「お初にお目にかかる。成田甲斐と申す」
名乗りを聞いて三成ははっとした。目の前の女性こそ、かつて忍城で三成を苦しめた成田軍の戦姫であった。
「石田、三成にござる」
なんとか名乗った三成はごくりと唾を飲み込んだ。秀吉の側室は正式にも十指に余る人数がおり、重臣である三成でさえ全員と面識があるわけではなかった。だからこそ甲斐姫とは今回が初対面になるわけだが。
(このわしがおなご相手に気圧されているとはな)
戦姫の誉れがあるとは言え、忍城攻防戦では甲斐姫ひとりだけの殊勲があったわけではない。しかしながら彼女の纏う空気はまさに武将のそれだった。
「治部殿、忍城開城の際は荷駄持ち出しに寛大な沙汰を頂戴し、改めて領民に代わって礼を申さねばならぬと思っておったのだ。ありがとう」
物言いまで武将のそれである、と三成は感心した。開城の際に相見えた城代、成田長親と同じような、どこか人を食ったような、それでいて油断ならない目をしている。
「城代殿とはよき戦ができたと思うておりまする。他の者はそれがしの汚点だと哂(わら)い申すが、それがしにとってはどの戦よりも心に残る、よきものでござる」
「あれは治部殿に買いかぶられるほど良い男ではござらぬ。民が申す通りの『のぼう様』よ」
返す刀でさばっと斬り捨てるような甲斐姫の物言いに、三成は唖然とした。親戚とは言え二十以上も年齢が上の男をそこまでくさす所以があるのか、数回会った自分にはわからぬ何かがあったのだろうか、と考えあぐねているところへ淀の方が三成に尋ねた。
「ねえ、この人おもしろいでしょう?」
「はあ」
何が面白いのか、と肯定も否定も出来ずにいた三成に、淀の方は鈴が転がるようにころころと笑った。
「ああ、治部殿はお真面目ゆえおなごの心に疎いと見える。この人ね、その『のぼう様』が今でも心の真ん中にお住まいなのよ」
「そんなことはござらぬ! 私は殿下とお方様に身も心も捧げましてございます。あのようなうすらぼけっとした、刀も振れぬ歌も詠めぬ、でたらめな田楽踊り以外に能の無い男のことなどこれっぽっちも」
瞬時にむきになって否定する甲斐姫に淀の方は微笑みかけた。
「貴女お気づきじゃないけれど、『のぼう様』の話になる度に妙に口数が多くなるのよ。それも他愛もない悪口。どうでもいい相手なら二言三言も勿体無い様子なのに、そのお方の時だけなのよ」
顔を赤らめて黙り込む甲斐姫の様子に、三成もやっと姫の彼への尋常ならぬ思いを見て取った。要は照れ隠しなのだ、とわかればそれまで強張っていた三成の表情も少しずつ綻んできた。
「なるほど、甲斐殿はなかなか大胆な方でいらっしゃる」
「もう、治部殿まで。大真面目な方と聞いておったのに、そんな悪い冗談を言うとは知らなんだ」
きまり悪そうに口を尖らせる甲斐姫を、淀の方は慈しむような目で眺めていた。
「この方はね、真実(ほんとう)しか持ち合わせておいででないのよ。殿下や北政所様やわたくし達に誠実に遣えてくださるのも、『のぼう様』をずっとお慕いになっているのも、そこに嘘や偽りはないの。全て真実(まこと)。嘘偽りなど物心つく頃から珍しくもなく見飽きてしまいましたけれど、この方にはそういう様子が見当たらないの。もし全て大いなる謀(はかりごと)なのだとしたら却って天晴だわ」
そう言えばこのお方は、と三成は淀の方の生い立ちに思いを馳せた。幼いうちに愛する父は伯父に討たれ、後には義父と母を死に追いやった男にかしずくこととなったこれまでの半生で、甲斐姫のような真っ直ぐな気性の人間が近くにいることは淀の方にとっても貴重な事なのだろう、と。
そこへ年の頃は五つほどの童女が短冊を持ってとてとてと歩いてきた。
「おや小石(いわ)、どうしたのだ」
いわ、と呼ばれた童女は持っていた二枚の短冊を甲斐姫に手渡した。
「でんかからうたをよめ、とわたされました。いわもかいさまもよめ、と」
成田の一族の娘だという小石は聡明そうな顔をしていたが、さすがにまだ歌を詠めるわけではないように三成には見えた。
「殿下も私が詠むとお見通しなのだろうな。まあ良い。小石よ、この景色をどう思う」
「はなざかりで、おもってたのよりおはなのいろがこくてきれいだとおもいます」
そうか、と頷いた甲斐姫は早速さらさらと短冊に筆を走らせた。
『深雪山 花のさかりをきてみれば ききしよりはなお色ぞまされる いわ』
「さて、私はこれよりも良い歌を詠まねばならぬのだな」
困ったような口ぶりながらも、ほぼ間をおかずに甲斐姫は再び短冊に筆を走らせた。
『あいおひの松もとしふりさくら咲 花を深雪の山ののどけさ かい』
小石のものとして書いた歌の素直さに比べて、年老いた太閤の衰えを知りながらも相生の松を喩えに出して長寿を願う歌を即座に詠んだ甲斐姫に、三成は胸の高鳴りを覚えた。淀の方の言う通りで、初恋であろう男を忘れられないのも真実ならば、今は太閤に心から仕えているというのも真実なのだろう。この人も奥向きにいるとは言え太閤を奉じる同じ志を持った朋輩なのだ、と。
「やはり、忍の城は一筋縄ではいかぬ城にござった。甲斐殿がお味方にいらっしゃることをこの三成、幸せに存じまする」
淀の方も甲斐姫も一瞬怪訝な顔をしたが、先に破顔したのは甲斐姫であった。
「応。治部殿もこののどけき世を守るため、共に殿下にお仕え致しましょうぞ」
その清々しくも不敵な笑みはやはり成田長親に似ている、と三成は改めて思った。
作品名:花は桜木 作家名:河口