とある世界の重力掌握
「護の気配はもう倫敦塔(ロンドン)塔から離れてる、他の仲間の人たちも......だから心配はいらない..... 」
そう言われてもまだ納得のいかない表情をを浮かべるダビデに向けて、哀歌は右手の親指を立てグーサインを作る。
「大丈夫よ.....私は普通じゃない.....『怪物(モンスター)』はそう簡単には倒れないから。だから早くこの場から離れて 」
ダビデは哀歌を見、包囲する魔術師たちを見、もう一度、哀歌を見て、くそ!と吐き捨てた。
「いいか! 絶対に死ぬんじゃないぞ! 戻ったらお前に聞きたいことは山ほどあるんだからな! 」
それだけを言い、ダビデは地に新たな文字を書く。それと同時に生き残っているゴーレム兵士たちに最後の命令を下す。
「せめてもの助力だ! 我が兵士たち、勇敢なる少女の為に、己が全てを持って敵に向かえ! 」
その声を合図にダビデの真下に穴が開き彼を飲み込み。無数のゴーレム兵士たちが、魔術師たちに突っ込んで行く。
哀歌はダビデの厚意に感謝しながら、これから使う自分の力について心を揺らしていた。
「(本能に負けず『竜崎哀歌』として力を制御できるのは、持って10分、それを超えれば私は私でなくなる....... それだけは絶対に嫌だ。私は『人間』でいたいのだから..... ) 」
前方を見つめる哀歌。突入したゴーレムたちは次々と魔術師や騎士たちに倒され土塊と化していく。おそらく後数秒としないうちに自分に彼らの矛先が向けられるだろう。
「護たちが逃げれて良かった。逃げていなければ、きっと私が力を使うのを止めようとするからね。それに私が『怪物(モンスター)』となって敵を倒すところを護には見られたくない......護には『人』として見てもらいたいから 」
哀歌を中心になにか大きな力が広がっていく。その透明な力を感じ、思わず哀歌を見つめる包囲者の耳を哀歌の言葉が打つ。
「我が呪われた血よ! 深き深淵より目覚め、忌むべき力で敵を討て! 」
次の瞬間、哀歌を中心に莫大な閃光と衝撃波が放たれ、包囲者たちの視界を奪う。
霞む視界になんとか哀歌を捉えた包囲者たちは絶句した。もはやそこに少女は存在しなかった。
かれらの目に映ったの神話に出てくる存在。勇者たちに打ち倒される存在。規格外の怪物。
驚愕に瞳を開く包囲者たちに、怖るべき怪物がその牙を剥いた。
<章=第二十九話 とある出会いと怪物変化>
結果だけいえば、護たちの救出作戦は成功した。
倫敦(ロンドン)塔に囚われていたクリスの妹、セルティの救出に成功し無事に脱出。
共に脱出した『救民の杖』のメンバーを含めて、死者は無し。イギリス清教の要塞施設を攻めた作戦としては驚きの成功を収めた護たちだったが、一つだけ予想外の事が起きた。
哀歌の失踪である。
「つまり、哀歌はあそこで残って騎士派の兵士たちや、魔術師たち多数を相手に戦ったと? 」
「ああ、俺はその場を見なかったが間違いない。なにしろ、あの惨状だ 」
ダビデが指差す先にはテレビに映るロンドン塔がある。
その有様は悲惨だった、殆どの建物が原形を留めていない。真ん中からへし折られたかのようになっていたり、真っ黒に焦げて瓦礫になったりしている。
さすがに本丸である『白き塔(ホワイト・タワー)』は崩れはしなかったものの、壁に無数の穴が空いている。
テレビの特番では、女性アナウンサーが、今回の事件に関してIRAが関係している可能性があるという事を喋っている。
騎士派の兵士たちや、イギリス清教の魔術師たちが、あんな事をするわけがない。あの場にいて、これだけの破壊を引き起せる人物は1人しかいない。
「哀歌は自分の力を解放したんだと思う。彼女ああ見えて、いつも全力で戦ってるわけじゃないそうだし。彼女は僕らの中で唯一、魔術、超能力、そのどちらにも対応できるエキスパートだ。哀歌ならあれだけの破壊を引き起こせてもおかしくない 」
「だがよ.......なら、哀歌はどうして戻らねえんだ? 哀歌の奴の実力なら敵を蹴散らして戻ってくることぐらいできるはずたろ? 」
高杉の疑問に護はすこし思考を巡らす。まず考えらるのが、なんらかの理由で哀歌が捕らえられたというものだがその可能性は低い。
もしイギリス清教側が哀歌を捕らえたのだとすれば、なんらかの動きが見られるはずだが、そのような動きは見られていない。
第2に考えられるのは、哀歌が今だ敵と交戦中という可能性だ。というか現時点ではその可能性が1番高いだろう。なにせ哀歌はステイルと遭遇できてないのだから今だ、敵として追われているはずだからだ。
思考の袋小路に入りかけた護をナタリーの声が呼び戻す。
「護さん! イギリスにいる在留員のメンバーからの連絡がありました。ドーバー海峡付近において大規模な魔術戦闘を確認したとのことです! 片方はイギリス清教の騎士派。もう片方は詳細は不明ですが1人の少女だと!」この報告における1人の少女とは間違いなく哀歌だろう。やはりあの後も戦闘を続けていたようだ。
「現場に近づける? 」
「海峡付近をイギリス海軍が遠巻きに海上封鎖しています。陸上も同様に陸軍によって封鎖され近づくのは困難とのことです 」
「となると哀歌を助け出すには、敵中を強攻突破するしかないわね。魔術師さんたちと合わせてならなんとかできるんじゃない? 」美希の問いにナタリーは首を横に振る。
「美希。ナタリーたちは『魔術結社』だ。その立場上、イギリス軍と当たるのはキツイんだよ。『魔術』は表向きには存在しない事になっているんだから 」
護は高杉に視線をやる。
「正直、キツイけど哀歌を連れ帰るのは僕達『ウォール』だけで行おう。数では圧倒的に不利だけど、高杉の『無限移動』を使えばイギリス軍とぶち当たらずに戦場にたどりつけるはずだ 」
護はナタリーに向かって、両手を合わせる。
「 君達『救民の杖』の力をもう少し貸してほしい。アイルランド聖教のラミアという人と連絡をとって会って欲しいんだ。『タラニス』に挑むには僕らだけでは力不足なんだ........君達の力を貸してほしい。頼む! 」
頭を下げる護に困惑した表情を浮かべるナタリー。そこへ横から別の声が入った。
「そうだな。なんだかんだ言って、貴君たちに協力して貰ったのは事実。そのおかげで私はあそこから解放された。なら、貴君たちにその返礼をしなければならない。 我々として全面的に協力することを約束しよう 」
「リ、リーダー! そんな簡単に決めちゃうんですか!? 私達が協力しようとしているのは『十字教』の人間ですよ! 」
リーダーと呼ばれた外見16歳前後の少女は、ナタリーをキッと睨んだ。
「過去のしがらみと、恩人たちの頼み。そのどちらを優先させるかは言うまでもあるまい? それとも、リーダーの決定に逆らう気か? 」
慌てて首を振るナタリーにリーダーの少女は満足そうに頷き護に向き直る。
「というわけで、我々『救民の杖』は今回全面的に協力することをリーダーである私。サラの名にかけて誓おう。貴君たちは全力で仲間を救いに行くがよい 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン