とある世界の重力掌握
動きを止めざるをえない5人を見て、ジェラルドはクククと声を潜めて笑う。
「さあ味わえ! この『神話空間』の力を! 」
ジェラルドの叫びと共にドームの中に異常な力が溢れていく。
突然空中に現れた巨大な棍棒が振り下ろされるが間一髪で避ける5人。だがセルティの叫びが残りの4人を驚愕させる。
「なぜ、『ダグサの棍棒』をこんな所で使えるのよ? あんな神話級の武具のオリジナルをスイスで自在に操るなんて不可能なはずよ! 」
「それができるのが、この『神話空間』なのだ。さてタップリとこの威力味ってもらおうか! 」
地下の巨大な空間で最終決戦が始まった。
<章=第三十一話 とある結社の軍事要塞>
「うおぉぉぉ! 」
叫び声を上げながら護が振り下ろすヌアダの剣とベネットの報復者(フラガラッハ)が正面からぶつかり合う。
護の持つヌアダの剣とベネットが持つフラガラッハは共にアイルランド神話に登場する伝説の武具の名である。
だが、両者の剣には明確な違いがある。
ベネットが持つのは本物(オリジナル)。
護の持つのは本物(オリジナル)に近づけたといっても複製品(コピー)。
この違いは決定的であり、普通ならこの2人の戦いは勝負にならない茶番劇となるはずである。だが、護とベネットによって繰り広げられている戦いは互角の様相を見せていた。
「前よりは成長しているようですね? 」
「前回の戦いで殺されかけたんだから備えくらいするのは当然じゃないですか? 」
フラガラッハで護のヌアダの剣を押し返そうとするベネットに対し護は重力によって重みを増した肘打ちの一撃を喰らわせることで行動を防ぎ、吹き飛ばす。
仰け反り、吹き飛びながらもなんとか体勢を建て直すベネットに護は重力により加速された剣を横薙ぎに振るう。
だが、その斬撃は格上の神剣フラガラッハにより防がれる。
「なかなかやるではないですか。この短期間で私と互角にやり合えるまでになるとは......これもクリス様を救い出す為ですかな? 」
「当たり前だ! クリスは僕達の仲間だ。奪われた仲間を取り戻すのは当たり前だろ? 」
「なる程、それだけの決意で臨んでいるのなら私も本気で戦わなければ失礼でごさいますね 」
「本気? まさか今まで手を抜いていたっていうの? 」
「私が本気を出したといつ言いましたでしょうかな? 」
ベネットはフラガラッハの刀身に軽く右手で触れ、次の瞬間、その刃に添えた指を流すように動かして血を刀身に染み込みせていく。
「いったい、なにを........ 」
「私の力を覚醒させるのです。いや、フラガラッハを目覚めさせる為でもありますな。より正確に言葉で表すとしたら、元の姿に原点回帰するとでも言うのでしょうかな 」
流れる血を吸い込んでいるかのようにフラガラッハの刀身が真紅の色に染まっていく。それだけではなく柄の部分までもが赤く染まっていく。
「戻るのは久しぶりでございます。 護さん。あなたに今こそ私の真の名を『教えよう』 」
急に声が変わったベネットに戸惑いを見せる護を見て、ベネットはすこし目を細める。
「済まない少年。一刻も早く君と対話したいばかりに焦って出てきてしまった。私の名は『ルー』。君には馴染みがないだろうが、アイルランド神話に置ける『神』の1人だ 」
その執事姿が変わっていく。老年の執事姿から若く光り輝く青年の姿に。
「私は太陽を象徴する神であり、そして邪眼のバロルを打ち倒した英雄。だが同時に祖父を殺し一族を討ち滅ぼした罪人でもある。そんな私がようやく平穏を取り戻せたのがエバーフレイヤ家だった。よって私には現当主ジェラルドに仕える義務がある 」
彼の持つ赤く染まったフラガラッハをその上からさらに眩い光が包んでいく。
その光が消えた時、そこにあるのは一本の真紅の槍。
「私は『神』だ。そして君は人だ。それでも戦うというのか? 」
「神だろうがなんだろうが、関係ないです。 僕はクリスを.....仲間を取り戻すため戦うんです。だいだいあなたは、なんで神を名乗るくせにあんな悪の権化に味方するんです!? 」
「一つ言わせてもらおう少年。この世に絶対的な悪も絶対的な正義も存在しない。 片方が善だと言うことがもう片方にとっては悪などというのは良くあることだ。 君はジェラルドを悪の権化といったが彼が今に至るまでにどういった事があったかを君は知らないはずだ。彼を一方的に悪と決めつけられるのは世界の全てを熟知し、全ての人の抱えれものを知る事ができる人間のみだ。君はそうではあるまい? 」
「だから僕に仲間を取り戻すのを諦めろと? 」
「そうは言わない。先程も話したように正義など千差万別だ。君も君の信じる正義の為に動けば良い。だが...... 」
ルーはその手に握る真紅の槍を護に向ける。
「私も、私が信じる正義の為に戦う。そして人間の歴史では勝者の正義が認められる。自分の正義を通したければ勝つしかない。君にそれができるか? 」
ルーはその手に持つ槍で投擲の構えを取る。
「この槍の名は『貫くもの(ブリューナク)』。祖父であり魔神であった邪眼のバロルを倒した槍であり報復者(フラガラッハ)に隠れし名槍。君に使うのは嫌なのだかな。 クリスが慕う人間である君に使うのは 」
瞬間、ルーの手から槍が飛んだ。いや実際は投げたのだろうが護にはそう見えた。
投げられた槍は真紅の稲妻となって護に向かう。
「つっ! 」重力操作によって体を無理やりに横に弾き飛ばし攻撃を避けた護は自分が先程までいた場所を見つけ驚愕した。
地面が真っ赤に加熱し、溶解している。にも関わらずそこに突き刺さる槍は溶けていない。いや、槍自信が熱を発しているのだ。地面を溶かす程の灼熱の槍となって。
「ibru(イブル) 」
そうルーが呟いた途端、突き刺さったままのブリューナクが再び真紅の稲妻となってその手に戻る。あれ程灼熱しているはずの槍を握っているのにルーの顔に苦痛はない。
「これでもまだ戦うか? 少年 」
「超重力砲(グラビティブラスト)! 」
ルーには答えず重力の塊を放つ護だがルーはまったく動じない。
一瞬で横に移動して攻撃を避け、続いて信じられない速度で護に近付き、ブリューナクを突き入れる。
護がとっさに突き出したヌアダの剣がブリューナクを防ぐがその衝撃で護は一気に部屋の壁に吹き飛ばされ、その勢いのまま壁をぶち抜き、隣の部屋まで飛ばされる。
「かはっ!? 」呼吸困難になるうえに咳き込み、血を吐き出す護。
今の一撃だけで体にかなりの負担がかかったようだ。
手で握っていたヌアダの剣は刀身が砕けたらしく柄から先が無くなっていてもはや使えない。
目眩を覚えながら立ち上がる護にルーは再び投擲の構えを取りつつ告げる。
「今度は当てるぞ少年。今降伏するなら命は保障する。その若い命をむざむざ散らすな 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン