とある世界の重力掌握
高杉と美希の2人が階段を上っていくのを見送った護はクリスを連れて一階から姫神の捜索を始めることにした。
護の作品知識の中には姫神がいったいどこに軟禁されていたかについては情報がない。
アウレオルスのグレゴリオの聖歌隊 (レプリカ)に追い詰められた上条を救ったところで初めて三沢塾に登場するために現時点でどこにいるのかの推測がまったくできないのだ。
「どこを探せば……. 」
「一階はともかくして二階以上は教室がいっぱいあるだろうしね……..ところで護くん、私さっきから一つ気になっていたことがあったんだ 」
「なにさ? 」
「さっき護くんは今いるこの空間を『アウレオルが侵入者と判断した者を倒すための空間 』と言ったわよね? でもそれって変じゃないかな? 」
「え? 」
「だってあの風体の魔術師さんは魔術サイドの人間だとすぐにわかるとして……..私達は普通に学生服を着ている科学サイドの人間よ? なんでアウレオルスは私達がここを狙っていると知ることができたのかしら 」
「それは………僕達がステイルと話しているのを見て僕らがステイルと共同で何かしようとしているように見えたからじゃないかな? 」
「そうとも考えられるけど……私はもう1つの可能性を危惧してるの 」
「もう一つの可能性? 」
「哀歌に重傷を負わせた侵入者がアウレオルスと接触している可能性があるってこと 」
「哀歌に重傷を負わせた侵入者って…….. 」
「護くんは詳しくは聞いていなかったわね……火野咲耶って名前の少女よ。彼女の口ぶりから考えるに咲耶は魔術サイドと通じているかあるいは魔術サイドの人間の可能性が高いわ 」
「(まただ、また僕の知らない人物が生まれている。この少女が僕が危惧していた重要イベントへの不確定要素と言うことなのか…..) 」
「どうしたの? 」
「いや何でもない…….クリスの予測通りでも僕の予測通りでもやらなくちゃならないことは同じだよ。姫神を救出しなきゃいけない 」
そう護が言った直後2階付近で衝撃と爆発音が走った。どうやら2人が破壊工作を始めたらしい。
「2人が始めたな僕らも……. 」
「囚われの少女を助けようというのかな侵入者諸君? 」
突然響いた聞き覚えのある声、そしてこの局面で聞いてはいけない声に護の全身の筋肉が硬直する。
「悄然、つまらんな少年。こんな所でその短い一生を終えるとは 」
護の目の前に立つ男はこの建物(ミサワジュク)の主、錬金術師アウレオルス=イザ―ト。
「超重力砲(グラビティブラスト)! 」
反射的に護はアウレオルスに向けて重力波を放った。アウレオルスまでの距離は1メートルほど彼に避けることは通常なら無理だ。だがアウレオルスはそれを可能にしてしまう。
その服のポケットから取り出した鍼を首筋にさしながらアウレオルスはことばを放つ。
「消えよ 」
その一言だけ。アウレオルスの口から紡がれたその言葉だけで護の重力波は跡かたもなく消滅した。
「うそ……..能力を…....消した? 」
クリスが驚愕の声を漏らすが正直護もそんな気持ちだった。
アウレオルスは確かに『黄金練成(アルス=マグナ)』を使って心に思い描いたことを現実にできる。
だが疑念を抱いてしまえば、その疑念も具現化して本当にできなくなってしまうという弱点を黄金練成は持っている。作品の中では具体的に描写はされていなかったがアウレオルスにとって未知の能力を持っていた上条に対してアウレオルスは「死ね」の一言を持って死を与えることが出来なかった。その理屈から考えれば護の能力もアウレオルスからすれば未知の能力となるはずなのだがアウレオルスはそれを消して見せた。
それが意味するのはただ1つ。アウレオルスは護がいかなる能力を持っていたかを把握していたのだ。
「あなたは僕の能力を知っていたのか? 」
「当然、黄金練成は錬金術の到達点。その場に立つ私に知れぬことなどない 」
「なら私の能力を防げるかしら! 」
クリスの能力は念動力系最強の『念動覇王』。その力は本気を出せばビル一棟を真上からたたきつぶせるほど強力である。だがアウレオルスの顔に焦りはない。
「反転せよ 」
そうアウレオルスが呟いた直後、クリスの体が真後ろに吹き飛んだ。
彼女がアウレオルスに放った力がそのまま彼女に反転したのだ。
クリスは入口のドアまで吹き飛んだが不自然にもドアには当たらずその直前でぴたりと制止し直後に地面に崩れるように倒れた。
「(クリスの能力まで把握してたのか? これはクリスの予想が当たってたかもね) 」
心の中で呟く護は目の前の錬金術師を見る。残念だがこの男に護の力は通じない。
護の中に眠るもう1つの力。緋炎之護なら多少は通じるかもしれないが魔術の使用傾向と対策を魔道書として書く仕事をしていたアウレオルスに対してはたして通じるかどうか分からない。
そうなっては護には打つ手なしである。
だが持ち手がそれしかない以上やるしかなかった。
「緋炎之護! 」
護が持つ最後の切り札、緋色の十文字槍。護の手に握られたその槍を見てアウレオルスの顔に初めて動揺の色が浮かぶ。
「(この力のことは把握していなかったみたいだな……これなら!)」
護は槍の切っ先をアウレオルスに向ける。
「第弐の技、緋炎斬波! 」
勢いよく振られた緋炎之護から鋭さを持つ炎が波となってアウレオルスに襲い掛かる。
「(よし!これでなんとか……) 」
そう護が思った瞬間だった。
「ふん……アイルランド系の神話を元にした術式か 」
アウレオルスは首元に鍼を突き刺した。
「完然、私の黄金練成にできぬことはない………消えよ! 」
アウレオルスの言葉と同時に護の最後の切り札。緋炎之護から放たれた火炎が一瞬で消滅した。
「な……. 」
「確かに私が知らない術式ではあったが類似した術式を知らないわけでもない……..残念だったな能力者 」
くっと唇をかむ護に対してアウレオルスは告げた。
「私には君達だけに構っている暇はない。まだ侵入者は大勢いるのだからな。そこで君達にはしばらく余興を楽しんでもらうとしよう 」
なに?と護が訝しんだ直後、自分の放った力をまともに受けて入口まで吹き飛び気を失ったはずのクリスがふらりと立ち上がった。
「クリス、意識が戻ったのか? 」
そう問う護の声になぜかクリスは答えない。
「クリス?……. 」
怪訝な表情を浮かべた護の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。
「クリス。古門護を殺せ 」
アウレオルスの口から出た言葉。それはかならず現実になる。それが意味することは仲間であるはずのクリスと戦わなくてはならないということ。
「アウレオルス、あなたは! 」
「ここで倒すのは容易いが、それでは面白みがない。せいぜい殺し合うのだな 」
それだけを言い残してアウレオルスの姿は消えた。
クリスは無言のまま護に一歩一歩近づいてくる。
「クリス…….嘘だろ? 目を覚ますんだ僕たちは同じウォールの仲間だ! 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン