とある世界の重力掌握
とっさに護が叫び、炎の壁が彼の前に現れた直後、2つ目のコンテナが容赦なく炎の壁を突き破り彼の体に直撃した。
<章=第五十四話 とある術師の疑似魔術>
苦痛の声を上げる間もなく護の体はコンテナに押され.........と言うか吹き飛ばされて操車場から離れていく。
だが、次の瞬間護は操車場のアクセラレータから少し離れた場所にいた。
「あれ.......? 」
「無茶しすぎだぜリーダー。俺たちがするのは本命が来るまでの時間稼ぎだったんだろ? 」
そう言って、腰にさしていた機能性炸裂弾射出機を取り出した人物を見て護は驚きに目を見開いた。
「高杉? ナタリーさんと一緒に下がったはずじゃ....... 」
「あの外人さんはとっくに後方に下げさせたよ。だがメンバーである俺がリーダーを放って置いて下がったままという訳にはいかないだろ? 」
そう言いながら笑う高杉だが、正直彼自身笑っていられるほど余裕があるわけじゃなかった。
高杉の能力ではアクセラレータに対して歯が立たないからである。
現状、たとえ護の全力、高杉の全力で挑んだとしてもアクセラレータに対して勝ち目はない。
それは高杉にも分かっていた。だが、だから戦わないという選択肢は最初から考えていなかった。
「だけどまだ上条さんは来ていない......僕らだけでこれ以上時間稼ぎするのは難しいぞ 」
そう言う護に高杉は力ない笑みを浮かべながら応えた。
「それは俺だって分かっているよリーダー。だけどここでリーダーを連れて逃げたって俺たちと同じ暗部の連中が企てた計画に介入したんだから逃げ場はない。だったら戦うしかないぜ 」
高杉の言葉に護は心の中で頷いた。護は知っている。この計画を含めた一連の流れを仕組んだのはアレイスターであることを。
そしてアレイスターの計画の中に本来、自分たちウォールのメンバーがアクセラレータと戦うことなど含まれてはいないことを。
そしてもちろん、計画の中に護たちがアクセラレータに殺されない予定などないことも。
現状もはや護が頼ることのできる存在は一つしかいない。彼の内部に宿りしアイルランドの神ルーである。
そのルーに護は心の中で呼びかけた。
アクセラレータがこの場所までくるにはまだ時間がある。
『ルー、聞こえてる? 』
『ああ、聞こえているぞ少年 』
『今の状況だと上条さんが到着する前に僕が殺されそうだよ。残念だけど緋炎之護を使ってもアクセラレータに勝つことはできなさそうだよ 』
『そのようだな........ 』
『ねえ、ルー。なにか、あのアクセラレータと対等以上に戦える方法はないかな? 』
『無いわけではないかもしれん.......だが、その方法は...... 』
『なにかあるの? 』
『リスクがある。それも少年にとっては難しいリスクが 』
『それは、どんな? 』
『元の世界に戻れなくなる可能性がある 』
そのルーの言葉に護の中の全てが一時停止した。
もちろん護はこれまでに『それ』を意識していなかったわけではない。むしろ、今までのこの世界に来てからの日々の中で幾度となく考えてきていた。
そして今は一応ではあるが『この世界を自分の世界と認める』と結論を出している。
だが『神』であるルーの口から現実的なリスクとして『それ』を告げられ、護の心は大きく揺さぶられる。人間はそう1度抱いた想いを消去できない。
もしかしたら、まだ元の世界に戻れる可能性もあるかもしれないという希望は今だに護の心の片隅に存在し続けているのだ。
そして今までは、戻れる可能性を否定する要因が無かった。だから護の中で『それ』に関することは安定していたのである。
『戻れなくなる.....ってどうして? 』
『少年、君があの能力者に対抗する為の手は私との魂の一時的な融合を必要とするのだ。そして、その行為は異世界の住人であった君の魂をこの世界の魂に近づけかねない 』
『それは.....必ずそうなるの? 』
『必ずとは言えん。だがその可能性は高い 』
『..........それで、そのリスクを負って使える対抗策ってのは? 』
『元々、名などない........だがあえて名をつけるとすれば........そうだな、神化とでも言えばよいだろう 』
『しんか? それは生物学的な進化のこと? 』
『神に化けると書く方の神化だ。その状態になれば君は一時的に完全ではないが私と同じ存在になりあの能力者と互角以上の戦いを演じられるはずだ 』
その言葉に護は迷った。現状取れる選択肢は2つきり。アクセラレータに身動きも出来ないまま殺されるか、禁断の果実に手を伸ばしてでもアクセラレータと戦うかである。
護は一度目を閉じ深呼吸をした。直前の防御が多少なりと役にたったのか肺や肋骨には深刻なダメージは無かったようで呼吸で痛みは走らない。
そして目を開けたとき、そこに迷いの色はなくなっていた。
『分かった、ルー。その神化をやるよ 』
『それで本当に良いのか?この世界に魂を縛られてしまうかもしれないのだぞ? 』
そう念を押すルーに護は口元に僅かな微笑を浮かべて言った。
『ルーは優しいところがあるんだな。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。もう決めたんだ。今まで僕の迷いが何度も仲間を危険に晒して来た。だから僕はもう迷わない 』
『そうか........ならば、私ももうこれ以上は何も問わん......良いか、今から私が伝えることを実行するのだ.... 』
「おーい.......リーダー? 大丈夫か? 」
そう心配そうに言う高杉に護を何かを決めた瞳を向けた。
「高杉、今から上条が向かった鉄橋に行ってほしい。そして御坂に伝えてほしいことがある 」
護の伝えてほしい内容を聞いて高杉は疑問符を頭に浮かべ、同時に再びリーダーを置き去りにすることに躊躇したが護の強い要求に渋々了解し、瞬間移動した。
そうしてルーが話し始めた直後、アクセラレータが上空から護の前に舞い降りて来た。
「いやァ、どこにいっちまったンかと思ったらこンな所にいやがったかァ。やっと見つけたぜ糞野郎が......覚悟はできてンだろォなァ? 」
そう言って護に嘲笑を向けるアクセラレータだがそれに対して護は何の反応も示さない。
その姿にアクセラレータの表情が不快げに歪んだ。
「てめェ、聞こえてンのかァ! 」
「分かった 」
「あァ? 」
「君に......対して言った......んじゃないよ......アクセラレータ 」
「どういう意味だァ? 」
「今君が......知ることじゃ.......ない。それ......について君が.....知るのは.......もっと後だよ 」
そう言いながら、護は体をゆっくりとした動作で起こす。全身を凄まじい激痛が走るが、それら全てを歯を食いしばって耐え、何とか立ち上がったままの態勢を維持する。
「今は......目の前の敵に......集中した方が.......良いよ 」
「はァ?すでに満身創痍のお前がなに言って....... 」
作品名:とある世界の重力掌握 作家名:ジン