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狐の屋台

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酒をたらふく飲んで、ふわふわと楽しい心地に酔いながら、人気のない住宅街を鼻唄まじりに帰る深夜2時。
空気は冷たいが風はなく、月が綺麗な夜だ。上半分がぱっくりと割れたように隠れた半月は、それでも煌々とした輝きを地上に注ぎ、流れる雲に時折身を隠しても、思わず魅入ってしまうような不思議な魅力がある。

元親はマフラーの隙間から入ってくる冷気から首筋を守るように、マフラーを巻き直してぶるりと一度身震いすると、あーと酒気帯びた白い息を吐き出して、ふらふらと覚束ない足取りで家路を辿る。よたよたと歩く姿はまさに酔っ払いだ。
仕事終わりに学生時代の仲間たちと酒を呑んで、思い出話と近況に花を咲かせて盛り上がりに盛り上がったら、気付くと時間は深夜をとうに過ぎていた。


「やっべ!明日仕事だっつうのに……!!」


終電逃しちまったー!!青い顔して叫ぶ後輩をしょうがねぇなぁと笑いつつ、捕まえたタクシーに突っ込んで、自分は飲み屋からそう遠くはない場所にある自宅に帰るのにたまには徒歩も悪くはねぇかなと、仲間たちと別れて一人帰ったがいいが、昼間の仕事疲れと飲みの後の空気の抜けた体に早く眠れと激しい睡魔が、先程から強く襲いかかってくる。

あー……やべぇ、超寝みぃ。だけど家までまだ半分も来てねぇじゃん。

だらだらと歩く今の元親の足では、家までの距離が途方もなく長く感じる。だが、今更タクシーを使っていけば良かったと後悔しても遅い。こんな人気のない深夜の住宅街にそう都合よくタクシーが通るわけもなく、元親は襲いくる睡魔を払い除けるためにもう何度目かになる溜め息を吐きながら、動きの鈍い足を必死に動かした。


「あ……、小便……」


そんなこんなしている内に第2の危機もまた元親の体を蝕もうとしていた。下半身が何だかそわそわする。股間の辺りが非常に落ち着かない。じわりと胸に嫌な予感がわく。
え、嘘だろ?マジで?こんな所で??
突然の尿意に元親の頭がヒュッと冷める。若干酔いの醒めた足を少しずつ足早に運びながら、ここら辺の地理を脳裏に思い出す。この辺にコンビニは無かったか。確か一軒あった。しかし、必死で思い出したそのコンビニが、先月別の所へ移店だなんだと他の場所へ移ってしまったせいで、今現在、残った店だけがテナントを募集中だったことを思い出すと、酔いが完全に吹き飛んで残り僅かに残ってた余裕までもが、粉々に砕け散った。


「おいおいマジかよ……?する所ねぇじゃん…!!」


家まではまだかなりの距離がある。そして此処は深夜の住宅街。コンビニがダメだとしたら、何処かの家でお借りして――こんな深夜に誰が見知らぬ他人にトイレなど貸すものか。

じわじわじわじわ……

そう考えてる間に股間の警鐘がダム決壊の避難勧告を脳内に発し続けている。
冷や汗が背中をじんわりと湿らせる。ヤバい。なんだかもうヤバいが全身を一巡りして、足に力がなくなってきた。がに股の足がいつの間にか内股になっていて、歩く歩幅もどんどん小さくなっていく。
あ、もう、だめだ。諦めよう。
元親の頭に諦めの声が響いた。
もう限界、こうなりゃどっか見えない所でしちまおう。


モラルという言葉は、人としての尊厳の前に綺麗さっぱり葬られた。






住宅地の中にあるその神社の存在は知っていたが、これまで一度として此処を訪ねたことはなかった。まさかこんな理由で此処を訪ねたことになるとは思わなかったが、此処の境内に来客用のトイレが設置されていたことが、危うく神域で失禁か立ち小便という最悪の2択に迫られていた元親の人生最大の危機を救った。
境内にある水飲み場の蛇口で手を洗って、周囲を見渡せば、此処ってこんなに広かったんだと驚くほど、此処の神社は広かった。鎮守の森に囲われた境内は暗いが、それでも管理者が小まめに手入れをしているのだろう。社や鳥居自体はとても古めかしいが、寂れたという印象はない。朱を定期的に塗り替えられた鳥居は暗闇の中でも艶やかとして美しい。


「此処のお陰で助かったぜ」


用の済んだ元親は、境内の奥の方へと進み寄り、ありがとよー、と助けてもらった感謝の気持ち代わりに賽銭箱へ小銭を数枚放り込んで、神に深い感謝をした。
まさか此処の神様もこんなことで深く感謝されるとは思ってなかっただろう。だけどそれでも元親がこの神社のお陰で助かったのには変わりない。礼を告げると後はさっさと帰るだけで、行きよりもだいぶ楽になった身を返して、神社の階段を5、6段とひょいひょい降りていく。

そして、神社から再び道路に戻ったとき、今度は元親の鼻が、何やらものすごく良い匂いの存在に気付いて足を止めた。


「……ん??」


何処からか食欲をそそる匂いがする。
冷たい空気にその匂いがふわりと柔らかく漂って、元親の腹がその匂いに答えるようにぐぅと鳴く。なんだぁ、この匂いは。旨そうな匂いだと鼻をひくつかせれば、香ばしくも温かい匂いに口のなかに唾液がいっぱい広がる。
少し前まで仲間たちとあんなに飲めや食えやしてたのに、消化の早い体はもう小腹が空いたのか。
正直な自分の体に呆れつつ、匂いの元は何処かと周りを見回せば、不思議なことにそれらしいものが見付からず、元親は首を捻る。遅い夜食を作ってるのかと初めは思ったのだが、明かりがついてる家はなし。この辺りはよく歩くが、それらしい店があるとは知らないし、出来たとも聞かない。

辺りは相変わらず真っ暗で、人の気配もなし。なのに旨そうな食べ物の匂いだけは何処からか漂ってきて――……


元親は顔を顰めた。


「にゃあ」


そんな時、ふと足元を柔らかい何かがすり抜けた。気配に全く気が付いてなかった元親は、柔らかいそれが足に触れたとき、うわっ!と思わず驚きの声を上げ、その場から慌てて退いた。
元親の声に驚いたのか、足元のそれはぎゃっ!と一緒になって小さな悲鳴を上げ、慌てて元親から離れると道路の反対側の塀の方へ逃げていってしまった。


「おお、なんだ……猫かよ」


猫ごときに驚いた声を上げてしまったのが恥ずかしくて、元親が小さく舌打ちをすると猫がそんな元親に、にゃあと非難めいた声で鳴く。闇夜の中で猫の明るい毛色だけが周囲の景色とは違って、元親は猫に目を奪われる。
毛が赤っぽい茶虎の猫だ。仔猫というほどに小さくはないが、成猫というにはやや小柄な猫である。凛々しい顔付きをした猫は、先程から元親を警戒するようにじっと真ん丸い目で此方の様子を窺っている。

しかし、猫の様子に気付いていない元親は、距離は置いてあるものの逃げない猫に肝っ玉の太い猫だなぁと、へらりと笑顔を浮かべ、ちちち、ちちちと手招きした。生来動物好きの男である。
人気のない道をとぼとぼと歩き続けて、ようやく出会えた生き物に妙な親近感を覚えた元親は、猫が逃げ出してしまわないよう、そろそろと摺り足をして猫に近付いた。じりじりと距離を縮める元親をじっと見つめる猫は、やがて飽きたのか、元親からそっぽを向くと急に上を仰ぎ、くんくんと鼻を鳴らし始めた。
その猫の仕草にまた猫に夢中になりかけてた元親も忘れかけてた匂いのことを思い出した。改めて嗅ぐと良い匂いが先程よりもだいぶ強くなっている。


「にゃあ!」
作品名:狐の屋台 作家名:沙汰