Angel Beats! ~君と~
ガコンガコン、ローラーが線路上をゆっくり前進していくのを感じた。
「では、ごゆっくり~」
同伴していたチャーの嫁であり、ゆりに似ている由紀は笑顔で手を振って見送った。
だが、一番前に座っている結弦は汗をだらだらと流していた。夏の暑さにもよるものもあるがそれとは別。
目の前が、ほとんど地面が無いからだ。
「おおおおおい!?何だよこれ!?断崖ぜ――――!!」
言いたいこと全て言えず、エンジンが全開し猛スピードを上げた頃には線路から離れてはいないものの重力を味方に付けたジェットコースターが垂直に落ちていった。
『いやああああああああああああああ!!!!』
死より恐ろしく、景色を観る暇なんて無かった。
「!」
「どうしたのですか?ひなっち先輩」
「火曜サスペンスを録画し忘れたぜ……」
透き通る塩水の海。向こう側を見れば空を反射し青くなっている。耳をすませば波の音が聞こえ、カモメの鳴き声も聞こえる。
とても良い場所なのだが、それどころでは無かった。
メンバーの数人が紙袋を口に当て、吐瀉物を出しているからだ。
「ぉおえぇぇ……」
「お…お……や…まく……ん…だいじょうっぷ…?」
吐き気を抑え、大山の背中を手で擦(さす)るが小枝自身も限界だった。
中には平然として『もう一回乗ろうよ!!』と兄に言っている少女も居る。このジェットコースターは下り用であり、昇れはしない。
「天使は酔わ―――おぇえ……」
「浅はかなり」
「Head shake……おうぇえ………」
中にはまったく酔わない者も居れば、酔っている者も居るが酔わないのが希だった。
遊佐は見切っていたのか、事前に酔い止めの薬を飲んでおりまったく酔っている素振りを見せずにいつも通りの無表情だ。
椎名は鍛えていて何とも無いそうです。
リーダーが喝を入れるも、
「あんたら何でそんな貧じゃ――おえぇえ……」
「ゆりっぺ!大じょ――うっぷ……」
後から吐き気がやって来る者も居る。
元々、体を動かさない竹山は上か下かも区別がついていない。
音楽一行は次元が違うのか、酔っているだけで済んでいる。
(こんな最悪な状態で……楽しめるのか…?)
吐き気は収まったが視界が揺れ動く中の結弦は、メンバーを見て思った。
一時間後
やっと吐き気も収まり、視界も良好になったメンバーは脱衣所を探し見付けた。
ご丁寧にもチャーが掃除をしている様で綺麗だった。あんな恐怖のジェットコースターで崖を下り、掃除をしている彼は相当大変なんだと実感し男女別になり入っていった。
「すっごい綺麗だよ!見たことない!!」
と、脱衣所になんのイメージを持っているのか解らない大山が叫ぶ。
確かに清潔感が溢れていて広く、ロッカーに鍵も付いていてセキュリティもばっちりだ。
「はいはい、着替えるか」
「着替えますか」
大山に軽く突っ込むと、持ってきたカバンの中身を取り出す。
「あれ?藤巻君なにそれ?」
「見ての通り浮き輪だ」
「ゆりっぺの着替えを見た奴全員八つ裂きにしてやる!!」
野田の叫びを無視し、結弦はカバンから水着を出し履こうとする。
が、ここで問題が発生した。
水着って、こんなんだっけ……?と両手に持ち、観る。
丁度、股間辺りが破けていた。
「…………」
何しろ確認せずそのまま持ってきたからな、と後悔した。
「音無君、それ破けてない?」
「……、見ての通りだ………」
――ずっと引き出しにしまってたからな……
中学3年の夏休みはひたすら働いていた為、一切手を付けていない為に虫が食ってしまったのだ。
この日、結弦は泳げずに皆の遊ぶ姿を見守る羽目になってしまったと言っても過言ではない。
一人を除き着替えを終え、外へ出る。
それと同時に女子も出てきた。
「何で私だけ学校の水着なんだーーー!!」
と二本のアホ毛が特徴的で小さい小枝は頭を抱えて地面にしゃがみこむ。他の全員は個性的な水着だ。あの地味な大山や竹山でさえも色とりどりなトランクスを履いている。
「いや…学校じゃないんだからさ、りんりん」
しゃがんで少々いじけている彼女に関根は右手を出し、立たせようと促す。
「ぅう……」
関根の好意を受け取ると左手を差し出し、立ち上がる。
釣り目な藤巻は小枝の体を見、
「それにしても本当に胸無いな。何だ?板で―――」
ゴシャアッ!!!
『……………』
ボディーブローされた藤巻を同情する者は誰一人思わなかった。
が、
「グボァ!!?何故……私………」
高松が横腹を細い足で蹴られてしまった。細いと言えど、野球で鍛えたその脚力は常人を超えている。地面にのたうち回っている藤巻から高松に距離を詰める小枝はその間、僅か一秒。さらに野田も中段回し蹴りの餌食になった。
「げはっ!?……なぜ、俺まで………」
「まっちょなんて滅んでしまえば良いんだ…」
その理不尽過ぎる理由にメンバーはどうしようもなかった。
「音無君なんで貴方だけ服なのかしら?」
「あー……虫に食われて穴が開いて使えないんだよ…」
「じゃ、貴方だけ丸出しでやるのかしら?」
「やらねえよ!この小説が終わるだろ!!」
「冗談冗談。熱くならないの。ただでさえ暑いんだから」
「熱くさせてるのは誰だよ……」
「とにかく、音無君の海パンを『さいとう』とか言う人に借りてもらいましょう」
探すと言ってもチャーは『いつも釣りをしている』としか聞いていない。どう探せば良いものか。
「良いなー。ひさ子さんはおっぱいが大きくてさ」
と、小枝はひさ子の大きい胸を見ながら羨(うらや)ましそうに言う。
「大きい方が良いって言うけど大変なんだぞ。肩が凝るし、ギターを弾いたり運動したりする時に邪魔なんだよ」
「それって嫌味か!!おっぱいが小さい私に向けての嫌味か!!」
「い…いやそんな訳じゃないけど……」
「おっぱいが全てだと思ってるだろ!!こんにゃろう!!」
「思ってねえよ!?」
「どうやったら大きくなるんだこんにゃろう!!」
「もう願望じゃん……」
「ひさ子さんみたいにスタイル良くないし……そのおっぱいで何人もの男を惑わせたことか……100人かい?」
「そんなに惑わせられるか!!」
うるさいな、とゆりは思いながら『さいとう』を探すと岩場ら辺に麦わら帽子を被り、小さい木の枝をくわえ、男が釣りをしていた。見るに、型にはまっている人だ。
すると、こっちに気付いたのか釣りを中断し足場が悪い岩場から慣れている様に降りてやって来る。そんなに岩場からは離れてはいないのですぐに着いた。
「チャーから聞いてるぜ!オイラは斉藤!宜しくな!」
いかにも釣りが好きそうな第一印象な斉藤だとメンバーは思った。
「どうだ?オイラと釣りしないか?」
「話が逸れるけど海パンってあるかしら?連れが忘れちゃったの」
「おう!?随分逸れたな!……悪いけど無いんだよ……」
「じゃ音無君は丸出しで海を泳ぐ事に決定!!」
「止めろ!!それだけは止めろ!!」
作品名:Angel Beats! ~君と~ 作家名:幻影