FATE×Dies Irae2話―2
「ずいぶんと大見得をきったものだな」
苦笑まじりのその声に、司狼は携帯を懐にしまいながら傍らを振り返った。
何もない虚空に、男の姿が浮かび上がる。
腕を組んで佇むアーチャーの顔には、やれやれと呆れの色が浮かんでいた。
「まあ何、意気込みってやつは大切だぜ」
にやにやと冗談っぽく肩を竦める司狼の物言いに、アーチャーは一層呆れた様子で吐息する。
「それで、あなたの仲間は何と?」
問いを発したのはセイバーだった。
鋭い視線にうながされ、司狼は蓮とのやりとりをかいつまんで説明する。
「やっこさんも俺と同意見さ。今回の聖杯戦争には、十中八九黒円卓が絡んでるってな。今から押っ取り刀で駆けつけるが、到着までには二日三日かかるってよ。まあ、ちょうどいいさ。どのみちしばらくは情報収集に徹するしかないわけだし。……にしても、遅えな、あいつら」
くわえた煙草に火をつけながら、長々と続く上り坂を見上げる司狼。
他の建物や角度の問題でここからでは窺い知れないが、凛の話ではこの丘の頂上辺りに聖堂教会の支部があるらしい。
士郎と凛の二人が向かったのはまさにそこだ。この冬木の地において聖堂教会は聖杯戦争の監督役を担っているらしく、衛宮邸での情報交換のおり、士郎に対しマスターの心得や自身の置かれた立場をとつとつと説いて聞かせた凛は、最後の締めとして彼をここへと連れてきたのだった。
マスターが外出するとあらば当然それに付き従うのがサーバントである。また、黒円卓のメンバーと誤解され、いっしょくたに裏社会から手配を受けている司狼としても、不要な横槍を避けるため、この地における教会勢力の所在を把握しておくのは有益だった。
かくして一同は深夜の新都郊外に繰り出すことと相成ったわけだが、中立地帯である冬木教会にサーバントは伴えない。司狼にいたっては言わずもがなだ。
ゆえに三人は、こうしてペナルティを食らわない程度の距離をおき、手持無沙汰に二人のマスターの帰還を待っているのであった。
「どうやら監督役の長話に付き合わされているようだな」
「分かるのか?」
「ああ。マスターとサーバントは契約によってレイラインで結ばれている。重ねて言えば、私のマスターはああ見えて魔術師としては抜群に優秀だ。五感を共有する程度は造作もない」
「ふーん。んじゃあ、屋敷でのやりとりも聞いていたわけかい?」
「無論だ。私は凛ほど楽観的ではないからな。君たちが妙な真似におよんだらすぐにでも狙撃できるよう、しっかりと聞き耳を立てていたし、目も光らせていた」
「はっ! そいつはおっかねえ。で、わざわざんなことを公言するのは釘をさすためかい?」
「そう受けとってもらって構わない。ことがことゆえ同盟を結ぶ運びにはなったが、私はこれっぽちも君たちのことなど信用してはいないのでね」
司狼の口から黒円卓にまつわる詳細を聞き及んだ士郎と凛は、片や義憤に駆られ、片やこの街の管理を担うセカンドオーナーとして、黒円卓を排除するまでという期限付きで、互いに休戦と結託、そして司狼への協力を約束したのだった。
そして彼らに付き従う二人のサーバントも、その決定に異論は唱えたりはしなかった。
さもあらん。
表と裏の別なく、黒円卓を付け狙う勢力はこの世界中に吐いて捨てるほど存在する。
黒円卓の聖杯戦争への介入が外部へと露見したが最後、各勢力はすぐさまこの冬木の地に殺到し、その煽りを食って、聖杯戦争は瞬く間に破綻への坂道を転がり落ちることになるだろう。聖杯に願いを託し、その招きに応じたサーバントとしては、当然捨て置ける事態ではない。
聖杯戦争に臨む者たちにとって、聖槍十三騎士団黒円卓の存在は、何を置いても最優先で取り除かなければならない病巣なのだ。
「重ねて言えば、そちらのセイバーとはいずれケリをつけねばならない間柄だ。無暗やたらに足並みを乱すつもりはないが、かと言って必要以上に馴れ合うつもりもない」
「それはこちらも同じことだ、アーチャー」
剣呑な視線をぶつけ合い、激しく火花を散らせる二人のサーバント。
「やれやれ、それくらいにしときな。ただでさえ目立つメンツが雁首揃えてんだ。あんまはっちゃけてると、おまわりさんに補導されちまうぜ」
時代錯誤な装いのアーチャー。
身に帯びた武具を隠すべく、雨でもないのにすっぽりと雨合羽を着こむセイバー。
そして、チンピラ以外の何者でもない司狼。
「一応俺のほうで隠形の結界を張っちゃいるがよ。ぶっちゃけこの手の小細工は専門外なんだわ。何がきっかけでほつれるか分かんねえから、まあ自重してくれや」
『…………』
互いに苦虫を噛み潰したような仏頂面で、ついっと視線を逸らすサーバントたち。
「――でだ、アーチャー。お前さん、俺か、そっちの姉ちゃんにかは知らないが、何か用があるんじゃないのかい? まさか、あの程度の釘を刺すためだけにわざわざ実体化したわけでもねえだろ?」
「まあその通りだが、別段大した話ではないさ。せっかくこうして時間を持て余しているのだから、今の内に聞いておくかと、その程度の内容だ」
「回りくどい前置きは結構だ。さっさと話せ、アーチャー」
「だから、喧嘩腰はやめろっつーの」
アーチャーは苛立たしげなセイバーの挑発を聞き流し、
「では単刀直入に訊こう。遊佐司狼――君はこの聖杯戦争にどの程度関わる気でいるのだ?」
「あん?」
「君の目的が黒円卓の打倒にあることは聞いた。だが、聖杯戦争そのものに対する君のスタンスはまだ聞いていなかったのでね」
「そうですね。それは私も気になります」
「まあ確かに、お前さんらとしては気になるところではあるわな」
とはいえ、聖杯戦争の存在とその詳細を聞き及んだのはついさっきのことである。正直その件については何も決まっていなかったし、そもそも考えてすらいなかった。
なので投げやりに、逡巡そのままを口にする。
「まあ連中の出方にもよるが、現状聖杯戦争そのものにちょっかいを出す気はねえな。こちとら黒円卓の相手だけで手一杯なわけで、余計な敵を増やしてる余裕なんざねえし。ああ、つってもランサーは別だぜ」
「つまり、基本的には不干渉ということでいいのだな?」
「まあな。少なくともあんたらの邪魔をするつもりはねえさ」
「なるほど、おおむね満足のいく回答だ。――結構。さしあたってはそれだけ聞ければ十分だ」
用は済んだとばかりに、アーチャーは霊体へと戻った。
「私からも一つよろしいでしょうか?」
と、セイバー。
「何なりとどうぞ」
「黒円卓が聖杯そのものを狙ってくる可能性はあると思いますか?」
「そうさな。少なくとも奴らの親玉と黒幕は、万能の願望機なんつー俗物的な代物に興味をもつような手合いじゃねえな。今回黄金錬成の舞台としてこの冬木の町に白羽の矢が立ったのも、聖杯っつーよりは、おそらく聖杯戦争のシステムそのものが気にいったからだろうさ。まあもっとも、あの神父や他の下っぱ連中はその限りじゃねえだろうけど」
「そうですか」
と、それきり黙りこむセイバー。
特に話すこともなくなって、司狼は夜空にのぼる紫煙を何とはなしに目で追いながら、ぼんやりと思惟にふけった。
苦笑まじりのその声に、司狼は携帯を懐にしまいながら傍らを振り返った。
何もない虚空に、男の姿が浮かび上がる。
腕を組んで佇むアーチャーの顔には、やれやれと呆れの色が浮かんでいた。
「まあ何、意気込みってやつは大切だぜ」
にやにやと冗談っぽく肩を竦める司狼の物言いに、アーチャーは一層呆れた様子で吐息する。
「それで、あなたの仲間は何と?」
問いを発したのはセイバーだった。
鋭い視線にうながされ、司狼は蓮とのやりとりをかいつまんで説明する。
「やっこさんも俺と同意見さ。今回の聖杯戦争には、十中八九黒円卓が絡んでるってな。今から押っ取り刀で駆けつけるが、到着までには二日三日かかるってよ。まあ、ちょうどいいさ。どのみちしばらくは情報収集に徹するしかないわけだし。……にしても、遅えな、あいつら」
くわえた煙草に火をつけながら、長々と続く上り坂を見上げる司狼。
他の建物や角度の問題でここからでは窺い知れないが、凛の話ではこの丘の頂上辺りに聖堂教会の支部があるらしい。
士郎と凛の二人が向かったのはまさにそこだ。この冬木の地において聖堂教会は聖杯戦争の監督役を担っているらしく、衛宮邸での情報交換のおり、士郎に対しマスターの心得や自身の置かれた立場をとつとつと説いて聞かせた凛は、最後の締めとして彼をここへと連れてきたのだった。
マスターが外出するとあらば当然それに付き従うのがサーバントである。また、黒円卓のメンバーと誤解され、いっしょくたに裏社会から手配を受けている司狼としても、不要な横槍を避けるため、この地における教会勢力の所在を把握しておくのは有益だった。
かくして一同は深夜の新都郊外に繰り出すことと相成ったわけだが、中立地帯である冬木教会にサーバントは伴えない。司狼にいたっては言わずもがなだ。
ゆえに三人は、こうしてペナルティを食らわない程度の距離をおき、手持無沙汰に二人のマスターの帰還を待っているのであった。
「どうやら監督役の長話に付き合わされているようだな」
「分かるのか?」
「ああ。マスターとサーバントは契約によってレイラインで結ばれている。重ねて言えば、私のマスターはああ見えて魔術師としては抜群に優秀だ。五感を共有する程度は造作もない」
「ふーん。んじゃあ、屋敷でのやりとりも聞いていたわけかい?」
「無論だ。私は凛ほど楽観的ではないからな。君たちが妙な真似におよんだらすぐにでも狙撃できるよう、しっかりと聞き耳を立てていたし、目も光らせていた」
「はっ! そいつはおっかねえ。で、わざわざんなことを公言するのは釘をさすためかい?」
「そう受けとってもらって構わない。ことがことゆえ同盟を結ぶ運びにはなったが、私はこれっぽちも君たちのことなど信用してはいないのでね」
司狼の口から黒円卓にまつわる詳細を聞き及んだ士郎と凛は、片や義憤に駆られ、片やこの街の管理を担うセカンドオーナーとして、黒円卓を排除するまでという期限付きで、互いに休戦と結託、そして司狼への協力を約束したのだった。
そして彼らに付き従う二人のサーバントも、その決定に異論は唱えたりはしなかった。
さもあらん。
表と裏の別なく、黒円卓を付け狙う勢力はこの世界中に吐いて捨てるほど存在する。
黒円卓の聖杯戦争への介入が外部へと露見したが最後、各勢力はすぐさまこの冬木の地に殺到し、その煽りを食って、聖杯戦争は瞬く間に破綻への坂道を転がり落ちることになるだろう。聖杯に願いを託し、その招きに応じたサーバントとしては、当然捨て置ける事態ではない。
聖杯戦争に臨む者たちにとって、聖槍十三騎士団黒円卓の存在は、何を置いても最優先で取り除かなければならない病巣なのだ。
「重ねて言えば、そちらのセイバーとはいずれケリをつけねばならない間柄だ。無暗やたらに足並みを乱すつもりはないが、かと言って必要以上に馴れ合うつもりもない」
「それはこちらも同じことだ、アーチャー」
剣呑な視線をぶつけ合い、激しく火花を散らせる二人のサーバント。
「やれやれ、それくらいにしときな。ただでさえ目立つメンツが雁首揃えてんだ。あんまはっちゃけてると、おまわりさんに補導されちまうぜ」
時代錯誤な装いのアーチャー。
身に帯びた武具を隠すべく、雨でもないのにすっぽりと雨合羽を着こむセイバー。
そして、チンピラ以外の何者でもない司狼。
「一応俺のほうで隠形の結界を張っちゃいるがよ。ぶっちゃけこの手の小細工は専門外なんだわ。何がきっかけでほつれるか分かんねえから、まあ自重してくれや」
『…………』
互いに苦虫を噛み潰したような仏頂面で、ついっと視線を逸らすサーバントたち。
「――でだ、アーチャー。お前さん、俺か、そっちの姉ちゃんにかは知らないが、何か用があるんじゃないのかい? まさか、あの程度の釘を刺すためだけにわざわざ実体化したわけでもねえだろ?」
「まあその通りだが、別段大した話ではないさ。せっかくこうして時間を持て余しているのだから、今の内に聞いておくかと、その程度の内容だ」
「回りくどい前置きは結構だ。さっさと話せ、アーチャー」
「だから、喧嘩腰はやめろっつーの」
アーチャーは苛立たしげなセイバーの挑発を聞き流し、
「では単刀直入に訊こう。遊佐司狼――君はこの聖杯戦争にどの程度関わる気でいるのだ?」
「あん?」
「君の目的が黒円卓の打倒にあることは聞いた。だが、聖杯戦争そのものに対する君のスタンスはまだ聞いていなかったのでね」
「そうですね。それは私も気になります」
「まあ確かに、お前さんらとしては気になるところではあるわな」
とはいえ、聖杯戦争の存在とその詳細を聞き及んだのはついさっきのことである。正直その件については何も決まっていなかったし、そもそも考えてすらいなかった。
なので投げやりに、逡巡そのままを口にする。
「まあ連中の出方にもよるが、現状聖杯戦争そのものにちょっかいを出す気はねえな。こちとら黒円卓の相手だけで手一杯なわけで、余計な敵を増やしてる余裕なんざねえし。ああ、つってもランサーは別だぜ」
「つまり、基本的には不干渉ということでいいのだな?」
「まあな。少なくともあんたらの邪魔をするつもりはねえさ」
「なるほど、おおむね満足のいく回答だ。――結構。さしあたってはそれだけ聞ければ十分だ」
用は済んだとばかりに、アーチャーは霊体へと戻った。
「私からも一つよろしいでしょうか?」
と、セイバー。
「何なりとどうぞ」
「黒円卓が聖杯そのものを狙ってくる可能性はあると思いますか?」
「そうさな。少なくとも奴らの親玉と黒幕は、万能の願望機なんつー俗物的な代物に興味をもつような手合いじゃねえな。今回黄金錬成の舞台としてこの冬木の町に白羽の矢が立ったのも、聖杯っつーよりは、おそらく聖杯戦争のシステムそのものが気にいったからだろうさ。まあもっとも、あの神父や他の下っぱ連中はその限りじゃねえだろうけど」
「そうですか」
と、それきり黙りこむセイバー。
特に話すこともなくなって、司狼は夜空にのぼる紫煙を何とはなしに目で追いながら、ぼんやりと思惟にふけった。
作品名:FATE×Dies Irae2話―2 作家名:真砂