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FATE×Dies Irae2話―2

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 諏訪原における黄金錬成から二十年。
 これまでも幾度か小規模な小競り合いはあったが、ここまで本格的なアルス・マグナ(大魔術儀式)が絡んでくるのは、あれ以来はじめてのことだった。儀式(聖杯戦争)の規模といい、連中好みの趣向といい、十中八九本命と見て間違いあるまい。
 この二十年、カール・クラフトの息のかかった聖遺物の使徒たちを相手に、幾度となく死線をくぐりぬけてきた司狼たちである。聖遺物の扱いにも熟達し、魂の総量も、この二十年で文字通り桁違いに増している。おそらく、今ならヴィルヘルムやカインとまっこうからぶつかっても決して引けはとるまい。
 しかし、それでも幹部クラスを相手取るとなればまだまだ力不足は否めなかった。
 ゆえにこそ、これはまたとない好機だった。
 聖杯の招きによって馳せ参じた、古今東西の英雄英傑。
 彼らの協力をとりつけることができれば、あるいは三騎士、ひいてはラインハルト・ハイドリヒやカール・クラフトとも互角に渡り合えるやもしれない。実際セイバーにいたっては、あの聖餐杯に、致命傷となり得るほどの亀裂を与えていた。
(……他力本願ってのは性分じゃねえが、千載一遇のこの機会、逃す手はねえわな)
 今度こそ黒円卓を打倒し、カール・クラフトを――■■を僭称する忌まわしき魔術師を滅殺する。魂を蝕む、この既知の呪いとの決別を果たすために。
 司狼は決意をあらたに、深々と紫煙を吐き出した。


      ◆◆◆


「なあおい、何かあったのかよ?」
 教会をあとにし、家路をたどるその道すがら。
 出し抜けに投げかけられたその問いに、士郎は傍らの少年を振り返った。
「何だよ藪から棒に? と言うか、何かって、何が?」
「だから、それを聞いてるんじゃねえか。その様子じゃあ、教会から出てきてからこっち、自分がどんだけ不機嫌な面ぶら下げてるか気づいてねえようだな」
「…………」
 どうやら顔に出てしまっていたらしい。士郎はむっつりと唇をへの字に曲げ、
「別に何かあったってわけじゃない。ただ、あそこを預かる神父のことが、どうにも気に入らないだけだ。と言うか、生理的に受け付けない」
 我ながらひどい物言いだとは思うが、本当のことなのだから仕方が無い。
 言峰綺礼。第五次聖杯戦争を監督する、聖堂教会のエージェント。
 士郎自身、自分がどうしてこれほどまでにあの男を毛嫌いするのか、明確な理由は判然としない。
 持って回った陰険な口ぶり。人を見下した態度。そういった表面的な要因も確かに理由の中には含まれているが、それだけじゃない。そもそも毎日のように慎二の相手をしている士郎にしてみれば、ただそれだけの手合いなど、もはや不快の対象にはなり得ない。
 いずれにせよはっきりとしているのは、衛宮士郎と言峰綺礼は、たとえ天地がひっくり返ったとして決して相入れることはないだろうという、絶対の確信だけだった。
「まあ確かに、衛宮くんみたいなまっすぐな人種にとって、あの神父は鬼門よね。私もあの神父、嫌いだし」
「ふーん。そっちの姉ちゃんはともかく、お前までそう言い切るってことはろくな野郎じゃなさそうだな」
「……何か引っかかるわね、その言い方」
 膨れっ面を浮かべる凛。
「でも本当に良かったのか? あいつにあのことを黙っておいて?」
 あのこととは、もちろん黒円卓のことだ。
「それならさっき説明しただろ? 黒円卓相手に、足並みの揃わない有象無象が徒党を組んでも仕方がねえって。連中の力はお前もついさっき身をもって味わったばかりだろ? ぶっちゃけあの神父ですら、連中の中ではせいぜい中堅レベルなんだぜ。だったら、他の勢力を引っ張り込むよりも、サーバントの助勢を得るほうがよほど懸命だ。んでもって、こいつらの力を借りる以上、聖杯戦争を破綻させかねないような采配は振るえねえ」
 言いながら、司狼はちらりとセイバーを一瞥する。
「まあ、そういうことね。もちろん、霊呪を使えばサーバントを従わせること自体はできるわ。けど、意に沿わぬ形での服従だと必ずどこかで破綻をきたすことになる」
橋を渡り、深山町へと足を踏み入れる。
 そして程なく、別れ道の交差点へとさしかかった。
「じゃあ、私はこれで失礼させてもらうわ。本当は今夜のうちにもっと色々詰めておきたいところだけど、流石に衛宮くんも今日はお疲れでしょうし。今後の詳しい打ち合わせは、また明日ということにしましょう」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「んじゃ俺も、ここらで退さ――」


「凛」
「士郎」


 瞬間、にわかに実体化したアーチャーと、それまで黙然と口を閉ざしていたセイバーが、同時に鋭く警句を発した。それに一呼吸遅れるかたちで司狼が物腰を硬く一変させ、三者の視線をたどった凛が表情を凍りつかせる。
 士郎もまた、その段になってようやく、尋常ならざるその気配を察知した。
「――――」
 まっすぐに伸びる上り坂の上。その頂点に二つの影が佇んでいた。
 雲が流れ、月が顔をのぞかせた。
 降りそそぐ白光が、二つの影の正体を浮かび上がらせる。
「あれは……」
 呆然と息をのむ。
 あらわになったその姿は、年端もいかぬような幼い少女と、人のサイズを逸脱した巌のような巨漢。
 少女のほうには見覚えがあった。今朝がた、士郎に意味深な警告を放ったあの少女だ。
 そして、巨漢のほうは――
「バーサーカー……!」
 士郎の予想を裏付けるように、凛はサーバントに与えられるクラスの呼称――その一つを忌々しげに吐き捨てた。
 警戒もあらわに身を強張らせる一同とは対照的に、銀髪の少女はスカートの裾をつまみ上げ、優雅に一礼する。
「こんばんは、お兄ちゃん、そして凛。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「! アインツベルン!」
 ぎょっと目を剥く凛を尻目に、イリヤと名乗った少女の視線は司狼へと固定された。
「あら? マスターでもサーバントでもない魔術師が一人紛れ込んでるみたいだけど……まあいいわ」
 小首を傾げていたイリヤは、イレギュラー(部外者)たる司狼からあっさりと興味を失い、


「やっちゃえ、バーサーカー」


『――――――』
 無邪気に放たれた死刑宣告をきっかけに、三人の英霊が弾かれたように一斉に動き出す。
 今宵最後の戦の火蓋は、こうして切って落とされた。
 
作品名:FATE×Dies Irae2話―2 作家名:真砂