【C83サンプル】エチュードを一緒に
一緒にいたい人たち
それは三限目だっただろうか。お昼前で集中力がどうしてもとぎれてしまう授業だ。比較的教室の後ろの席に座っているまどかはふと教室を見回してみた。クラスメイトの多くはまじめに授業を受けているように見る。教室の一番前に座るほむらもその一人だった。
『ほむらちゃん今いいかな?』
まどかは意識を集中してテレパシーで話しかけた。自分と相手が魔法少女だからこそできる方法。ほむらに対してははじめて使うけれどもたぶん届いているだろう。そう思っていったん集中を解いてほむらを見る。まどかからは彼女の背中しか見なかったからまるで何も変わらなかった様に見えたけれどもすぐに答えは返ってきた。
『なに?まどか。今授業中だよ?』
まどかは再び言葉を贈ることに集中する。
『あの。そうなんだけど……ほむらちゃんにお願いしたいことがあって』
『休み時間じゃだめなの?』
『えっと……あの、なかなか二人っきりになれないから。そのあの』
『仕方がないなあ。なんでしょうまどかさん?』
息継ぎをするようにまた集中を説いて教卓前のほむらを見る。テレパシーを送るために意識のほとんどをそちらに向けているまどかと違って、彼女はまるで何事もなかったようにしっかり授業の要点をノートにまとめ続けている。そういう姿を見ると本当に――マミさんとは別の意味でベテラン魔法少女なんだなと改めて思った。
まどかは多人数への短距離送信ならばともかく、遠くへ話しかけたり、近くでも特定の誰か一人にテレパシーを使うのには、まだ残念ながらかなり集中を要するので、何かをしながらというわけには行かなかった。再び外部の感覚を遮断して意識をそちらに集中しする。
『あの……あのさ。ほむらちゃん、マミさんと私と一緒に戦ってくれないかなって思って』
これまでいつも学校で話しているときのような明るい口調でテレパシーが返ってきていたからまどかはちょっと期待した。もしかしたらあっさりいいよって言ってくれそうな気がしていた。けれども少し間をおいて返ってきた声は少し低くなっていた。
『ごめんね。それは無理なの』
あの魔法少女姿の時の突き放すような口調ではないけれど、それでもまどかにはしっかりとした拒絶が感じられた。
『なんでなのかな?』
まどかは自分が思っていたよりも寂しさを感じながら聞いた。
『たとえば……もし今、私と巴マミの意見が対立したとき。まどかはどっちの意見に同意する?』
『どちらか正しいと思る方の意見を』
『内容はぜんぜん反対で間をとることはできないのにどちらも同じくらいに正しく思える意見だったらどう?』
まどかは躊躇した。答えは決まっている。だから伝えるのを躊躇した。
『……巴マミの側につくでしょう?』
ほむらの言葉の後、永遠のような一瞬がすぎた。まどかの答えは指摘されたとおりだ。迷うまでもない。でもほむらちゃんのことも本当に大事に思っているからこそ、簡単にそれを言い出せなかった。
『ごめん』
まどかはその短い言葉を伝えるのが精一杯だった。
『いいの。この世界に生きてきたあなたが、どれだけ私のことを信じてくれたとしても結局あなたの命を救ってくれた恩人を裏切ることはできない。そう考えなければあなたらしくない。それでまどかの選択はあっていると思う。……でも私にはそれがつらいの』
その言葉がすべてだった。ほむらちゃんはたとえどんなことでも自分ではなくマミさんの側に私が立つのを見たくないんだ。きっとそれだけ未来の私と強い絆で結ばれていたんだ。私は自分の友達がみんな仲良くしてくれたらすごい幸せなだな。ただそう無邪気に思ってそんなことを聞いて。
でも今気がついた。それは私のエゴだ。私と仲良くできる人は私が好きなのであって、決して私と同じ人を好きになってはくれない。マミさんはただ私の恩人なだけでほむらちゃんの恩人じゃないんだ。
『それに――』
ほむらちゃんは続けてとても重要なことを告げた。
『さっきからまどか、先生に指名されてるわよ?』
え?
あわてて意識を戻す。とたんに少し怒りがこもった先生の声が聞こえてきた。
「おい鹿目。どうした。聞いてるのか?」
あわてて教科書を持ったまま立ち上がる。
「は、はい!」
「続きを読みなさい」
どうしようどこから?私聞いてなかった……。
『二〇ページ八行目の頭から』
ほむらちゃんが助け船を出してくれた。急いで教科書のページをめくり、指定の場所に目を滑らせる。確認すると朗読を始めた。
「さらりと当然のように言う彼女の何気ない発言に真琴(まこと)と織音(おりね)はツッコミを入れざるをえなかった――」
作品名:【C83サンプル】エチュードを一緒に 作家名:佐倉羽織